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面白メガネ
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「面白いもの?」
「そう、面白いもの」
「何?」
「それは見てのお楽しみ」
「またそうやって僕のことを騙そうとしてるんでしょ?」
「またそうやって人聞きの悪いこと言って」
おうむ返しをする時のお母さんは要注意だ。
嬉しいことがあったり気分が高揚している時のお母さんは、子供みたいにいたずらっ子になる。この手のいたずらに散々悩まされてきた僕だからこそ分かる。
父ちゃんがいればそれを引き受ける役目は父ちゃんになるんだけれど、いない場合の矛先は僕に向けられる。
父ちゃんは口数少なく、お母さんの攻撃を受け切る。あっちゃんが言ってた「惚れた方の負け」なのかも知れない。面倒臭そうにしている時もあるけれど、嬉しそうにしている時がほとんどで、僕は理解に苦しんでしまう。
お母さんの事が好きだから?その場が楽しい雰囲気だから?それともお父さんの趣味趣向?
謎は深まるばかりである。
「だってそうじゃないか、いつも僕ばっかり」
「いつもヒロばかりじゃないでしょ?」
確かにそうだ。父ちゃんにもやる。
「そうだけど…。……。騙してばっかりで嫌になるんだよ」
「お母さんは騙してはいないでしょ?」
うん、騙してはいない。程度の差はあれ、いたずらばっかりだ。
「そうだけど」
「そうでしょ?」
僕は次の一手を考えながら、お母さんから横に座っている日和に視線を移す。
日和は『我関せず』と窓の外を見て、長閑な列車旅を満喫している。「あそこで何かを言い返すから、ママも楽しくなってどんどんひどくなっていくんだよ」前にこんなことを言われた。要領だけはどんどんと良くなっていく。
「ほら、あの時だっ」
「いつ?」
お母さんは僕が喋り終える前に、言葉を被せてくる
ビックリ箱で僕を驚かせてきた話をしようとしたら、先を越されてしまった。あれはいたずらだけれど、騙すうちに入りそうだからだ。
「…て。えーっと」
やられた。
言葉が止まった瞬間そう思った。
お母さんもいつだったか聞きたい訳じゃなくて、僕もいつかなんてそんなの覚えていない。日にちを言ったとしても、何時何分?とか、地球が何周回った頃?みたいな意地悪な事は絶対に言ってこない。
僕は話の腰を折られた途端、言葉が止まってしまう。順序立てて話をしないと嫌だから、一旦考えてしまう。父ちゃんもこれをやられて主導権を失った途端に、蟻地獄にはまっていく。取り返そうと焦れば焦るほど底の方に落ちていき、最後はガブリとやられてしまう。
もがけばもがくほど絡みつく、蜘蛛の糸とおんなじだ。
僕達が慌てふためく様子を十分楽しんだ後に、ピシャリと話を終わらせる。最後は決まって、僕達は何も言い返せなくなる。
今も僕は、楽しそうに笑うお母さんに向かってフーーンと大きな鼻息を出すだけだ。
「人の言うことは信じて、見てみるものよ」
お母さんはここで話を切り替える。
気になったのは、新花巻駅で新幹線がスピードを上げて通過するのを見た時の感想を、お母さんがそのままなぞった事だ。
「ほらもう直ぐよ」
お母さんは、外を見ろと指を指す。
面白いものって何だろう。今までの道のりも十分面白かった。僕の思い出袋はパンパンだ。
ここまで期待を膨らませてきて大丈夫なのかと心配にもなる。あの新幹線と同じくらいの興奮が起こるなんて到底思えない。陽の光がポカポカと気持ちい。窓から見えるのは、道沿いに並ぶように建てられた民家と中央線のない生活道路。ほのぼのとしていい景色だけれど、何か変わった建物が建っている様子もない。期待をしすぎて落胆する可能性の方が高い。
捕るのは無理だろうと適当に虫取り網を振ったら、虫がその中に飛び込んで来た、ぐらいのいいものとして期待しておく。
はっ、と僕は気が付いてしまう。どうせいつものいたずらなんじゃないかと警戒する。「わっ」とか言って驚かしてきたり、しょうもない事を思いついたんだろう。外を見ろってのも怪しい。お母さんの方を見ないようにさせて、待ちくたびれた時に作戦決行だろうな。なんて考えていたら、スッと目の前から陸地が消える。
「川の上を走ってる」
進行方向を向いて座っている日和が、窓の下を覗くようにして声を上げる。
その声を聞いて、慌てて僕も窓に齧り付く。
真下に大きく曲がった道路が見える。
その横を切り立つ崖に身を寄せるように川が流れていた。
直ぐに垂直に草木が生えている崖が近づいてくる。
急いで反対の窓を見ると見下ろすように街並みが見えた。
列車が飛んでる。
ガタンゴトンと鉄道橋を列車が走っている音がする。
音はしているのに、橋の柵や骨組み、電線が見えない。
耳から入ってくる情報と、目の前の映像がいつもと違う。
ボルトの形や大きさ、骨組みの形状、鉄の厚さに錆と塗装のグラデーション。いつものお楽しみを脳が勝手に探している。探しているけれど、目の前には無い。でも、音はしているし、列車の振動も感じる。
この列車は飛んでいる?
そんなことないとは分かっているはずなのに、脳が勝手に勘違いをする。
ありえない現実なのにそれ以外に説明がつかない。
あれ?と思った瞬間再び陸地が現れて、樹木の緑が僕を現実に引き戻す。
僕は周りを見回しながら、頭の中を整理する。
さっき川の上を通ったよな?
僕の疑問は日和の「すごかったねー」という言葉で解決する。
僕は起きながらに夢を見てしまったみたいだ。
「めがね橋って言うのよ」
「めがね橋?」
「そう、橋の形がメガネみたいだから、めがね橋」
あ母さんはスマホを僕達に見せる。
「本当だー!」
「かっけー!!」
ライトアップされた橋の上を、蒸気機関車が煙をモクモクと上げて走っている。
「これ、見たい!」
「残念、今は走ってないの」
「えー」
「ヒロがいい子にしてたら、また走るかもね」
「そんなサンタさんへのお願いみたいなので叶うの?」
「もちろん叶うわよ」
僕の冷めた目に、お母さんは胸を張って答える。
お母さんの子供騙しのスキルは、ご覧の通りだ。
「そう、面白いもの」
「何?」
「それは見てのお楽しみ」
「またそうやって僕のことを騙そうとしてるんでしょ?」
「またそうやって人聞きの悪いこと言って」
おうむ返しをする時のお母さんは要注意だ。
嬉しいことがあったり気分が高揚している時のお母さんは、子供みたいにいたずらっ子になる。この手のいたずらに散々悩まされてきた僕だからこそ分かる。
父ちゃんがいればそれを引き受ける役目は父ちゃんになるんだけれど、いない場合の矛先は僕に向けられる。
父ちゃんは口数少なく、お母さんの攻撃を受け切る。あっちゃんが言ってた「惚れた方の負け」なのかも知れない。面倒臭そうにしている時もあるけれど、嬉しそうにしている時がほとんどで、僕は理解に苦しんでしまう。
お母さんの事が好きだから?その場が楽しい雰囲気だから?それともお父さんの趣味趣向?
謎は深まるばかりである。
「だってそうじゃないか、いつも僕ばっかり」
「いつもヒロばかりじゃないでしょ?」
確かにそうだ。父ちゃんにもやる。
「そうだけど…。……。騙してばっかりで嫌になるんだよ」
「お母さんは騙してはいないでしょ?」
うん、騙してはいない。程度の差はあれ、いたずらばっかりだ。
「そうだけど」
「そうでしょ?」
僕は次の一手を考えながら、お母さんから横に座っている日和に視線を移す。
日和は『我関せず』と窓の外を見て、長閑な列車旅を満喫している。「あそこで何かを言い返すから、ママも楽しくなってどんどんひどくなっていくんだよ」前にこんなことを言われた。要領だけはどんどんと良くなっていく。
「ほら、あの時だっ」
「いつ?」
お母さんは僕が喋り終える前に、言葉を被せてくる
ビックリ箱で僕を驚かせてきた話をしようとしたら、先を越されてしまった。あれはいたずらだけれど、騙すうちに入りそうだからだ。
「…て。えーっと」
やられた。
言葉が止まった瞬間そう思った。
お母さんもいつだったか聞きたい訳じゃなくて、僕もいつかなんてそんなの覚えていない。日にちを言ったとしても、何時何分?とか、地球が何周回った頃?みたいな意地悪な事は絶対に言ってこない。
僕は話の腰を折られた途端、言葉が止まってしまう。順序立てて話をしないと嫌だから、一旦考えてしまう。父ちゃんもこれをやられて主導権を失った途端に、蟻地獄にはまっていく。取り返そうと焦れば焦るほど底の方に落ちていき、最後はガブリとやられてしまう。
もがけばもがくほど絡みつく、蜘蛛の糸とおんなじだ。
僕達が慌てふためく様子を十分楽しんだ後に、ピシャリと話を終わらせる。最後は決まって、僕達は何も言い返せなくなる。
今も僕は、楽しそうに笑うお母さんに向かってフーーンと大きな鼻息を出すだけだ。
「人の言うことは信じて、見てみるものよ」
お母さんはここで話を切り替える。
気になったのは、新花巻駅で新幹線がスピードを上げて通過するのを見た時の感想を、お母さんがそのままなぞった事だ。
「ほらもう直ぐよ」
お母さんは、外を見ろと指を指す。
面白いものって何だろう。今までの道のりも十分面白かった。僕の思い出袋はパンパンだ。
ここまで期待を膨らませてきて大丈夫なのかと心配にもなる。あの新幹線と同じくらいの興奮が起こるなんて到底思えない。陽の光がポカポカと気持ちい。窓から見えるのは、道沿いに並ぶように建てられた民家と中央線のない生活道路。ほのぼのとしていい景色だけれど、何か変わった建物が建っている様子もない。期待をしすぎて落胆する可能性の方が高い。
捕るのは無理だろうと適当に虫取り網を振ったら、虫がその中に飛び込んで来た、ぐらいのいいものとして期待しておく。
はっ、と僕は気が付いてしまう。どうせいつものいたずらなんじゃないかと警戒する。「わっ」とか言って驚かしてきたり、しょうもない事を思いついたんだろう。外を見ろってのも怪しい。お母さんの方を見ないようにさせて、待ちくたびれた時に作戦決行だろうな。なんて考えていたら、スッと目の前から陸地が消える。
「川の上を走ってる」
進行方向を向いて座っている日和が、窓の下を覗くようにして声を上げる。
その声を聞いて、慌てて僕も窓に齧り付く。
真下に大きく曲がった道路が見える。
その横を切り立つ崖に身を寄せるように川が流れていた。
直ぐに垂直に草木が生えている崖が近づいてくる。
急いで反対の窓を見ると見下ろすように街並みが見えた。
列車が飛んでる。
ガタンゴトンと鉄道橋を列車が走っている音がする。
音はしているのに、橋の柵や骨組み、電線が見えない。
耳から入ってくる情報と、目の前の映像がいつもと違う。
ボルトの形や大きさ、骨組みの形状、鉄の厚さに錆と塗装のグラデーション。いつものお楽しみを脳が勝手に探している。探しているけれど、目の前には無い。でも、音はしているし、列車の振動も感じる。
この列車は飛んでいる?
そんなことないとは分かっているはずなのに、脳が勝手に勘違いをする。
ありえない現実なのにそれ以外に説明がつかない。
あれ?と思った瞬間再び陸地が現れて、樹木の緑が僕を現実に引き戻す。
僕は周りを見回しながら、頭の中を整理する。
さっき川の上を通ったよな?
僕の疑問は日和の「すごかったねー」という言葉で解決する。
僕は起きながらに夢を見てしまったみたいだ。
「めがね橋って言うのよ」
「めがね橋?」
「そう、橋の形がメガネみたいだから、めがね橋」
あ母さんはスマホを僕達に見せる。
「本当だー!」
「かっけー!!」
ライトアップされた橋の上を、蒸気機関車が煙をモクモクと上げて走っている。
「これ、見たい!」
「残念、今は走ってないの」
「えー」
「ヒロがいい子にしてたら、また走るかもね」
「そんなサンタさんへのお願いみたいなので叶うの?」
「もちろん叶うわよ」
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