夏の思い出

遠野 時松

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思い出の写真

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「ねえねえ、あっち側遠くまで田んぼが繋がってる」

 トコトコと、ホームの反対方向に歩いて行った日和が戻ってきた。

「山も大きくていろんな緑があって綺麗だよ」

 そう言って僕のTシャツを引っ張る。指は来た方向を指差している。

「ママは荷物番してるね」

 直ぐ様、お母さんは日和に声をかける。

「ちょっと、何よその顔?」

 続け様に、お母さんは僕に言う。笑いながらだからか、声が少し変だ。

 お母さんに見えるように『やっぱりね、僕がさっき言った通りじゃ無いか』という顔をしたまま、日和に促されるままついていく。
 コンクリートのトンネルみたいになっている新幹線のホームを見上げていると、日和にグイッと服を引っ張られた。

「ね、綺麗な景色でしょ」

 どこどこが綺麗だとか、あれがこうだとか言ってこない。僕にこの景色を見せたかった訳ではなくて、一人で見ているのが心細くなったみたいだ。
 いつもの事だと、日和の麦わら帽子の上に手を置いて一緒に景色を眺める。

「何だか風で稲が踊っているみたい」
「そうだな」

 日和にはそういう風に見えるみたいだ。
 日和が何も言ってこないから、僕も何も言わなかった。

 駅や車からの生活音が途切れた時には、葉の擦れる音や鳥の鳴き声と共に水路を流れる水の音が微かに聞こえてくる。

 僕たちは黙ったまま目の前の景色を眺めた。

 側道から山の麓まで広がる背丈の揃った鮮やかな緑は、風に戦ぐ度に身を翻して色の濃さをかえる。
 奥に鎮座する山の斜面には、重なり合った針葉樹の深い緑と、生命力溢れる広葉樹の葉の緑が目に映る。山ぎわの白く靄がかかった水色は、視線を上げるたびに夏の青へと変わっていく。ぽっかりと浮かんだ雲は、山の上をかすめるように形を変えながらゆっくりと流れていく。
 静と動との対比が、より一層山の雄大さを物語る。

 日和の好きなドライブコースに似ている。きっと、こんな風景が好きなんだろうな。

 僕的には、新幹線の駅舎の白色がこの景色をより良いものにいている。自然と人の営みの調和というやつだ。

 日和が通り過ぎる新幹線の方に目をやった。

「なあなあ、見てみな。線路に電線がないんだぜ!」

 僕は日和にこれでもかと鼻を高くして話しかける。 

「電気の力じゃなくてディーゼルの力で動いてるんだぜ」
「ディーゼルって何?」
「ディーゼルって燃料のことだよ。ここの列車は車みたいにそれを燃料にして走ってるんだよ」

 列車の部分をあえて少しだけ強調する。

「電車ってのは電気の力で走るから電車って言うんだぜ」

 自分なりに決まったと思う。

「何で電気じゃないの?」

 しまった。妹のなぜ?なぜ?が始まった。
 前に電車好きのたっつんが小湊鐵道に乗ってきた時に話した内容をそのまま言っているので、そこまでは知らない。

「どうしてってそこまでは知らないけど、同じようなものが静岡にもあって、そこには機関車トーマスが走ってたんだぜ」
「ふーん」

 日和はこっちを一度も見ずに答える。

 あれ?全然、興味がない。さっきは新幹線のことをあんなにも楽しく聞いていたのに。
 トーマスのアニメは、お前も楽しそうに観てるだろ。おままごとや人形遊びなんかより、電車や昆虫の方が絶対カッコいい。何でそれが分からないんだろう。こっちとしては何が違うのか教えて欲しいぐらいだ。

 妹の考えている事は全く分からない。

 僕は日和の気を引く事をやめて、たっつんに自慢するために色々と情報収集をすることに決めた。
 色々と聞かれても答えられるように、今いる駅の雰囲気を頭の中に入れる。次に、釜石線の上にドンと建てられている新幹線のホームを見上げてから、それを支える巨大な柱をなぞるように見る。張り巡らされている配管や、保安をするための足場などを注意深く観測する。
 たっつんならどんどん質問をしてきてくれるだろうから、今から楽しみだ。

「そろそろ電車来るわよ」

 お母さんが僕たちに声をかける。

「はーい」

 僕をここまで連れてきた張本人は、こちらを見ることなくお母さんお方へ駆けていく。

 あれ?何かがおかしい。この世の中、変な事ばかりだ。
 でも、僕はお兄ちゃんだし、日和はかわいい妹だ。

 さっきの日和を思い出す。日和はかわいい。

 一緒にお手伝いをしてくれた日和を思い出す。日和はかわいい。

 あちゃんと遊んだ時を思い出す。日和は、うん、かわいい。

 一緒におままごとをしている日和を思い出す。……。

 ダメだダメだと首を振る。
 歩きながら自分自身に言い聞かせる。

 日和はかわいい。日和はかわいい。日和はかわいい……か?

 新幹線に乗る前と同じく、旅の記念にと駅に入ってくる列車と一緒になるように、お母さんに写真を撮ってもらった。

 後で見てみたら、笑顔の日和の横に、難しそうな顔をした僕が写っていた。
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