夏の思い出

遠野 時松

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僕と日和、父ちゃんとお母さん

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 ドアが閉まるアナウンスの後に、チャイムが鳴る。

 ついに、待ちに待った時が来た。見るのもかっこいいし、乗ってもワクワクする。新幹線という魔法の乗り物に、僕は興奮している。めちゃくちゃ興奮している。

 そんな僕の気持ちとは裏腹に、新幹線は静かにゆっくりと動き出す。日本で最速の電車なのに。

 でも、それがまたかっこいい。

 新幹線を人で例えると、あっちゃんみたいに騒がしくないから違うし、東京に住んでいる二番目のおじちゃんでもない。剣道と空手が黒帯の三番目のおじちゃんみたい。力に余裕があるからこそ心にゆとりができて、人に優しくできる。あっちゃんの言葉を借りるとそんな感じだ。

 近くの席に座っている男の人のグループから、楽し気な声と共にプシュっと缶を開ける音が聞こえた。
 電車の音は相変わらず静かなのに、気が付くとかなりスピードが出ていた。新幹線はいくつものビルの間をすり抜け、民家を見下ろしながらグングンと進んでいく。
 何番目のコースのバンカーが嫌らしい所にある。とか、池をどう攻める。とか言っているのが聞こえた。多分、ゴルフの話だろう。父ちゃんも休みの日にゴルフを観るから、僕も何となくは知っている。

「みんな休みなのに、父ちゃんは仕事で大変だね」

 僕は周りを見渡しながら、お母さんに話しかける。スーツの人もいるけれど、車内にいるほとんどの人が私服で、荷物も多いから旅行とか遊びに出掛けているんだと思う。

「そうでもないんじゃない?」

 お母さんは、スマホを操作しながら答える。

「…これでよしと」

 新幹線に無事乗れたことをメールしたらしい。

「新幹線に乗れなかったんだよ?」
「あの人も乗り物が好きだから、その点はそうかも知れないね」
「じゃあ、なんでそうでもないの?」
「休もうとしたら休める依頼だったのに、そうしなかったのはそういうことでしょ」
「……?」

 僕の顔にはクエッションマークが浮かぶ。

「あの人は一人の時間を持てないとダメな人だから、その時がたまたま来たんでしょ」
「みんなと一緒の方が絶対楽しいじゃん」
「いつもはね。でもそういうことをひっくるめるのが、夫婦を長く続ける秘訣なのよ」
「ふーん」

 大人は大人で大変らしい。あっちゃんに色々教わって成長したつもりでいるけれど、大人になるためには勉強をしなければいけないことが沢山残されている。

「せっかく岩手のみんなに会えるのに変なの」
「私の実家に行くことが嫌って訳じゃないと思うけどね。いや、それもあるかもね」

 お母さんは、ちょっとだけ意地悪な顔をした。

「お母さんは楽しい?」
「もちろんよ。ヒロは?」
「めちゃくちゃ楽しいよ」
「良かった。せっかくだから、行けば良かったって悔しがるくらいに遊んでこよ」
「うん」

 僕は、お母さんに言われた通りに、新幹線を楽しむために窓の外を見た。
 丁度、駅を通過する所だった。近くの駅の看板などを目にも止まらぬ速さで置いてけぼりにしていく。たまたま見えた男の子は、口を開けて身動き一つせずにじっとこっちを見ていた。僕の乗っている新幹線のスピードに度肝を抜かれているのだろう。

 日和が突然、窓の外に向かって手を振り始めた。視線の先を見ると日和と同じくらいの男の子が、お年寄りの男の人と一緒になって田圃道からこちらに向かって手を振っている。
 僕も窓に張り付くようにして手を振り返す。

「こっちに気づいたかな?」

 日和が今は遠くに見える男の子に向かって手を振り続けながら、声を弾ませる。

「こんだけ手を振ったんだから気付いただろ」
「だとイイなー」

 日和は窓に両手をペタリと付けて、姿が見えなくなった二人に思いを馳せている。

 男の子もきっと、新幹線にどんな人が乗っているのか想像しながら手を振っていたんじゃないかなと思う。日常生活の中では絶対に手を振り合う事が無い人同士が、新幹線という乗り物を介するだけでこんなにも簡単に繋がるのは物凄く不思議だ。

「なあなあ」
「何、お兄ちゃん?」
「さっき見えていた二人が俺たちにしか見えていなかったらどうする?」
「えっ!お化けって事?」

 日和は目を見開いて隣にいる僕の方を見る。

「違う、違う。こんな昼間っからあんなにはっきりとは見えないだろ」

 僕は笑って日和の顔を見返す。

「実はあの二人は稲の妖精だったりして」
「何それ?やっぱりお化けじゃん」
「まあ、そうなんだけどさ。子供に見えていた男の子は実は田んぼ界の王子様で、その姿を見る事ができたら幸せになるとかだったら良くない?」
「ふーん。じゃぁおじいちゃんの方は?」

 気のない返事に適当な質問。明らかに興味が無い。

「えーっと、じいやとかそんなところ?かな」
「ふーん」

 日和は外を見ながら返事をする。

 なんだよ。もう少し話にのってくれてもいいのに。自分が楽しい時には面倒くさいほど話しかけてくるのに、興味が無いといつもこうだ。
 僕は諦めて足をプラプラする。

「寛明、楽しそうね」

 お母さんがニコニコしながら話しかけてくる。

「別に」

 お母さんはフフフと笑う。

 何なんだよほんとに。
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