夏の思い出

遠野 時松

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今度は僕がトイレの番

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 日和は窓枠に載せたアイスをスプーンで口に運ぶたび、美味しそうに口をキュッとして目をつぶって楽しそうに小刻みに揺れて窓の外を見ている。

 さっきとは打って変わって呑気なものだ。

 日和は無事トイレに間に合った。
 頑張った二人にご褒美としてアイスクリームを買ってもらった。口の中がカラカラに乾いていたからジュースが飲みたかったけれど、日和の「アイスが食べたい」の一言で二人ともアイスになってしまった。
 頑張ったのは僕の方なのにと思うけれど、不思議と、まあアイスも美味しいからイイか。と思えた。

「帰省シーズンだから混んでるね」

 お母さんが席に座り、身支度を整えながら声を掛けてきた。

「そうだね」

 さっきまでの出来事でドキドキしていたけれど、平気なふりをして答える。

 車内は楽しそうに会話しているグループや、僕たちみたいな家族連れで段々と混んできた。お母さんの横を色々な人が通っていく。
 男の人に守られるように車内を歩く女の子の姿が目に留まった。純粋に旅を楽しんでいる笑顔だった。父親と思われる男の人は、切符と座席番号を見比べて真面目な顔で席を探している。

 父ちゃんの顔が一瞬頭をよぎる。

「あっ、プーさん」

 僕も窓の外を見ると、舞浜に行ってきたと思われる女の子が、大きなクマのぬいぐるみを大事そうに抱え、可愛らしい耳のついたカチューシャをかけている。

「いいなー」

 日和はそう言うと、スプーンを咥えながら女の子を目で追っていた。

 僕はビスケットに挟まれたバニラアイスを口の中に放り込む。少し大きいかなと思ったけれど、やっぱり口の中はアイスでいっぱいになった。冷たさが喉元まで広がる。
 帰ったらあっちゃんに父ちゃんの代わりは務まったか聞いてみよう。生え変わったばかりの歯でゆっくりとアイスを噛み締めた。

 アイスの冷たさからか喉の渇きが癒されたからか、僕もおしっこがしたくなってきた。

「トイレ行ってくる」
「もう少し空いてから行った方がいいんじゃない?」

 発進!といえばロボットアニメの醍醐味だ。当然、その瞬間は席に座っていたい。
 それに憧れの新幹線に乗ったのだから、少しでも長い時間、外の景色を見ていたい。

 トイレに行く理由を話したところで理解してもらえないのが分かっているから、お母さんの言葉に首を振って通路に出た。

「もう直ぐ出発するから外には出ないでね」
「分かってるよ」

 お母さんの方を見ながら歩き出すと、誰かにぶつかった。

 そっちに顔を向けると、おじいちゃんよりも太い腕が目に入った。
 僕がぶつかった相手は、ショルダーバッグを肩に担いだ、タンクトップが盛り上がるほどに体の大きな男の人だった。耳周りや襟足は肌が見えるほど刈り上げられていて、パーマが当てられた髪の毛をオールバックにしている。

「あ…」

 男の人の外見に圧倒されて、「ごめんなさい」が口から出てこない。
 お母さんが慌てて、「すみません」といつもより丁寧に声をかける。「あぁ、別に」と男の人は、つっけんどんに返事をする。

 お母さんを見ていた瞳が、ギロリと僕に向けられる。
 言葉を失って棒立ちになる僕を見て「おっ、さっきの少年」と、言ってから後ろの女の人の方に顔を向ける。

「言ってた兄妹の子?」
「そうそう」

 男の人が頷いたのを見ると、女の人は男の人の横から顔を出して僕の顔を覗き見る。
 茶色くて長い髪の毛がサラリと揺れる。胸元まで襟が大きく開いていておへそが出ている白い服の上に、薄いカーディガンみたいな服を肩が見えるように羽織っている。

「なかなかやるなお前」

 男の人はさっきと同じように無愛想なままだから、何がやるのか分からない。
 僕はどうやって返事をしたらいいか分からず、男の人を見てコクコクと頷いた。

「ほら、あんたの人相が悪いから、怖がらせちゃってるじゃない」

 女の人は男の人のほっぺを両手でむにゅっと持ち上げて、無理やり笑顔を作る。男の人は「よせや」と首を振る。

「土産屋の近くに、このおじちゃんもいたんだよ」
「お兄ちゃんな」

 今度は、男の人の肩に手を当てて女の人は笑っている。

 そういえば隣にいた人がこんな感じだったかも。それどころじゃなかったのであんまり覚えていない。

「二人のやりとりを見てたから、俺が荷物見ててやるからお母さんの所に行ってこい。なんて声かけようか迷ってたんだよ。でも声かける必要なんてなかったな。何の躊躇もなく妹の手を握って人混みの中突っ込んでいった姿は、なかなかカッコよかったぞ」
「しっかりしたお兄ちゃんだね」

 女の人は優しく語り掛けれくれる。

「妹ちゃんがああやって笑ってられるのも、お前のおかげだからな」
「ちょっと、何上手いこと言おうとしてんのよ。もしかして、見た目とのギャップで他の女を口説く練習でもしてんの?」

 女の人は人差し指で、男の人のほっぺをぐりぐりとする。男の人は「チッ」と舌打ちをして、嫌そうに首を振る。

「いや、あれはグッときてよ。俺一人っ子だったから、なんかああいうのイイなーって思ってよ」

 男の人はうんうんと頷く。
 女の人は可愛らしく、男の人へ向かって顎をしゃくる。

「君のおかげで、この人さっきから上機嫌」

 女の人も見るからに上機嫌だ。

「でも、あんたに荷物見ててやるなんて話しかけられても、見た目が怪しすぎて「お願いします」なんて言わないでしょ」
「ちげえねぇ」

 二人は顔を向き合わせて笑う。

「今からどっか行くのか?」
「岩手に行きます」
「そうか、楽しんでこいよ。俺達に子供ができたら、お前のおかげだからな」
「ちょっと子供に何言ってんのよ、バカ」

 女の人が男の人を肘で突くと、二人は僕に手を振ってから歩き出した。

「ヒロ」

 突然のことで戸惑っていた僕に、お母さんが話し掛ける。

「ちゃんと日和の事守ってくれてたんだね」

 理科室で父ちゃんの名前を見た時と同じく胸の辺りがむず痒くなった僕は、「トイレ行ってくる」とだけ残して歩き出した。
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