夏の思い出

遠野 時松

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荷物とお土産

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 すると、突然キャリーバッグが止まり、危うくぶつかりそうになる。
 顔を上げると、視線の先にいるお母さんは大きなお土産売り場の方を見ていた。

「おばあちゃん達にお土産買っていきたいけれど…、どうしようかな」

 お母さんは手荷物の量と、売り場に並ぶ人の数とを見比べている。

「人が多いから日和とそこで待ってて」

 僕は頷くと日和の手を取り、キャリーバッグを引いて指示された場所に移動する。
 お母さんに着いて行きたそうな日和を宥め、どこかに行かないように抱き抱えてから、壁につけたキャリーバッグにもたれかかった。

 その時、やっと空気が吸えた気がした。

 こんなはずじゃなかったけれど、これが今の実力なのだろう。
 普段の生活だと、こんなにも困る事はあまり起きない。でも、いつもと違うことをすると、こんなにも難問が降り注いでくる。起きた事に対して何もできずに、狼狽えてばかりいる。
 秘伝の書に書かれていることさえ知らなかったのだから、当たり前かもしれない。でも、認めるのは何となく嫌だった。胸を大きく広げていた分、心に返ってくる反動は大きかった。

 漫画のヒーローみたいに全てを解決する必殺技を持っていない。僕にはそれが本当に悔しかった。

 そんな僕に神様は休息を与えてくれない。目の前の日和がモゾモゾと変な動きをしだす。

「お兄ちゃん…。…おしっこ」

 振り返って僕を見る日和の顔から、さっきまでの楽しそうな笑顔が消えていた。

 どこからか「この問題をどうやって解決する?」と、僕を試す声が聞こえてきた気がした。

「そんなこと言ったって…、この状況じゃ無理だから我慢しろって」
「うん」

 日和は力無く頷く。寂しそうな声に居た堪れなくなる。
 こんな言葉をかけるだけなんかじゃダメだ。そんなんじゃ何も解決できない。試されているって事は、僕にはできるって事だ。ヒーローだって頑張って頑張って努力して、血の滲むような訓練をして、やっとの思いで必殺技を手に入れるんだ。こんなものは屁でも無い。それに、カッコ悪いところを見せたら山のみんなに笑われちゃう。そう自分に言い聞かせて心を奮い立たせる。

 やることは決まった。日和を助けるために、僕は一生懸命考える。

「我慢できそう?」
「分かんない。でも頑張る」
「偉い」
「うん」

 さっきより小さな声が返ってくる。言葉とは裏腹に、僕の腕の中にいる小さい日和は、もっと小さくなっていく。

「岩手楽しみだな」
「駅弁何食べる?」

 気を紛らわすために何度も声をかける。
 初めのうちは返事をしていた日和だけれど、しばらくすると返事が無くなる。もじもじしている日和を安心しろと強く抱きしめたい。けれども、そんなのは口から出まかせになってしまうし、自分を安心させるためだということも分かっている。それに、トイレを我慢している人に絶対やってはいけない事だ。

 背中にじんわりと汗をかき始めているのに、腕から先が段々と冷たくなっていく。その腕を、近くのお店から流れてきたクーラーの風が冷たく刺激する。

 考えろ、考えろ。

 日和一人ではトイレに行けない。荷物を見ていなければならないからこの場を離れられない。頼みの綱のお母さんは、お土産を両手に抱えて長い列の後ろの方に並んでいて、当分戻ってきそうにない。
 気持ちだけが焦っていく。僕の笑顔は引き攣っているかもしれない。けれども不安な顔だけは絶対にしない。

 考えろ、考えろ…。

「お兄ちゃんもう出る」

 その一言で全てが決まった。

 僕は日和の手と、キャリーバッグの取っ手を握ると同時に歩き出す。
 横から歩いてきた人が、驚きながら立ち止まってくれた。
 僕は頭を下げて日和を刺激しないようにゆっくりと、でも急いで歩く。

「すいません、すいません」

 お土産屋さんにいる人の波を掻き分けて、一直線にお母さんの元へ進む。

 お母さんと目があった。

「どうしたの?」

 お母さんは驚いてこちらに体を向ける。

「日和がオシッコだって。もう限界みたい」

 今にも泣き出しそうな日和をお母さんに見せる。

「まあ、大変」

 お母さんも日和の顔から緊急事態なのが分かったみたいだ。

「どうしよう…」

 少しの間が空く。
 これからどうすればいいか、僕には準備ができている。

「ヒロ、これ買っておいて」

 お母さんは手に持っていたお土産と財布を、僕に渡してくる。

「分かった」

 僕の返事を聞く前に、お母さんは日和を抱えて大急ぎでトイレへと向かった。
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