夏の思い出

遠野 時松

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寛明のヒーロー

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「いたいた」
「あっちゃんほんと?どこどこ?」
「ヒロいいかよく見ろ。あそこに枝を切った跡があるだろ、その少し下にいる」

 敦仁は人差し指で指し示す。

 僕はあっちゃんの腕に顔を近付け、指を照準器にして獲物を探す。

「えーっと…、ホントだ」
「よし、行ってこい」

 僕はこくりと頷いた後に、虫取り網を胸に抱え忍足で近寄る。
 ジジ、ジジジ…ジ…ジジジジジ。

「よっしゃー」

 獲物が逃げないように枠を返した網の中で蝉が元気よく羽をバタつかせている。

「よし、ナイス」

 弟子の成長を喜びながら敦仁は歩を進める。

「一旦上から手で包み込んで、頭の方の硬い部分を掴むんだぞ。羽、傷つけんなよ」
「うん、分かってる」

 敦仁は、生命の力強さを手の平で感じている寛明に向かって親指を立ててウィンクする。



 暦が八月に変わってから最初の土曜日、僕はあっちゃんと昆虫採集に来ている。
 今日は丸一日虫取りに関して色々な事を教わると同時に、夏休みの自由研究をやっつけてしまう予定で、蝉捕りから始まり日中はザリガニ釣りとヤゴ捕り。夕方以降は一番楽しみにしているカブト・クワガタ捕りと、聞いただけで心踊る内容となっている。カブトムシが捕れたら卵を産ませて来年の夏休みの自由研究にするつもりだ。

 先程から熱心に技術指導をしている敦仁は寛明の叔父にあたる。とはいっても四人兄弟の末っ子である敦仁は26歳になったばかりで去年まで同じ家に住んでいた為、面倒見の良い敦仁は寛明を弟のように可愛がった。
 憧れのお兄ちゃんは、寛明の父親を含め三人の兄貴から小突かれながら色々なことを教わったおり、自然遊びに関しては何でも知っていて小学校四年生からしたら師匠でもあり特撮物のヒーローに近い存在でもある。

「そこにもいるぞ」
「もう見つけたの?すげー」
「こんだけ騒がしかったらその辺にうじゃうじゃいるよ。さっき教えたろ?あっちから聞こえてきたなと思ったら、首振って、一番大きな音がする方を探すんだよ」

 僕は車中で教わった事を思い出す。

「木の真ん中じゃなくて縁をよく見る。見つからなかったら場所を変えて見てみる…。いた!」

 今までよりも数倍早く見つけられた。逃げられまいと素早く獲物に近付く。

「バカ、音立てたら逃げちまうぞって、ほら逃げられちまったじゃねえか」
「クソー」
「何やってんだよ、お前には理性ってもんがねぇのか。見てろよ」

 敦仁は差し出された網を手で制し、猫の様に静かに獲物との距離を詰める。

「すげー、手だけで捕まえた」
「俺クラスになったらこんなもんよ」

 敦仁は捕まえた蝉を空に放った。

「僕も手で捕まえたい。教えて」
「お前まだ背ぇちっこいじゃん。手が届くところにいたら教えてやんよ」
「チビじゃない」

 僕は胸を張って姿勢を正す。

 直ぐに子供扱いをする敦仁に対しての意思表示だ。

「いや、チビだろ」
「チビじゃない」
「そんならあそこに毛は生えてんのかよ?」

 僕は黙り込む。

「クソガキじゃねぇかよ」

 敦仁はカッカッカッと笑う。

 早く一人前になったと認められたくても、こればっかりはどうしようもない。生えてこないものは生えてこない。サンタクロースにこっそりお願いしても、初詣でお賽銭を少し奮発しても半年以上何の変化もない。
 僕はいつものように口を尖らせていると、帽子の上からガシガシと頭を撫でられた。

「もう少ししたら早めの昼飯食って池に行くぞ」

 今回の虫取りに関しては以前からしつこくお願いをしてやっと実現した。道具やら何やら全てあっちゃんが用意してくれて、最後の美味しいところだけ僕が任される。そんなお大尽みたいな遊び方がつまらなくなって、自分で仕掛けを作りたいと願い出たのが去年の話だ。会う度に自分の有能さをアピールし、言い渡されたお風呂掃除も頑張った。その結果、10歳になったら教えてやる。と念願かなって免許皆伝の許しが出た。誕生日に貰った虫取り網と虫籠を従えて今日という日を迎えたのである。

 僕はは無言のまま頷くと、新たな獲物を見つけるために辺りを見回した。
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