王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

雲の行き先 43 話し合い 上

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「タダでここまで教えてもらえるとは、お前はついているな」
 ドロフは笑う。
 確かにそうである。が、先ほどの話を含めると、しかし、がどうしてもついてしまう。
「ありがとうございます」
 先ほどとは違い、笑顔の作り方を忘れたリュゼーは不細工に顔を引き攣らせる。
「お前が隠している密談の内容を、お礼としてイルミルズ殿に話をしたらどうだ?」
 揶揄いを込めたドロフの言葉は思いの外大きく、後ろで待つ者たちの体をぴくりと動かす。
「おっ、何を話したんだ?」イルミルズは話に乗る。「商人たちが『北の方が騒がしい』と口にしだしたから、ご機嫌取りにお主たちがこの国に来たことぐらいなら知ってるぞ。何を聞かせてくれる?」
 リチレーヌ側も馬鹿ではないと言いたいのだろう。しかし、あの話がどこまで広がっているのか分からない状態で話すのは禁物だ。
「そんな国と国が絡む様な、重大なことは聞いていないです。挨拶の仕方を教わっただけです」
「そうか、そうか。で、教わりながら何を話したんだ?」
「ですから……」
 リュゼーは言葉を詰まらせる。
「お前には、感謝するという気持ちは無いのか? お前の師という者は、全く浮かばれないな」
「ドロフさん煽らないで下さい。本当に何も聞いていないのです」
「おかしいな、酔ってしまったかな。お前から直接、何か聞いたと耳にしたはずだったがな」
 何を言っているんだ、この人は。
「ドロフ殿、それは本当か?」イルミルズは大袈裟に眉を上げる。「リュゼーよ、嘘はよくないぞ。師が悲しむ」
 イルミルズは、同意を求める顔をドロフに向ける。
「師は俺では無い」
「何と、てっきり師とは貴殿のことかと思ったぞ」
 先ほどと同様に驚いた顔をするイルミルズに、ドロフは手を振る。
「人に対して感謝できない者を弟子にするほど、俺は落ちぶれてはいない」
 それを聞いたリュゼーは、ドロフの顔を見つめる。
「何だ?」
「いえ、何もありません」
 二人の遣り取りから、イルミルズは何かを感じ取る。
「ドロフ殿の言う通りだ。何事も、感謝をする気持ちを持つことは大切だな。弟子を取るならそれは重要だ」
「そうだろ?」
「ああ」
 イルミルズは深く頷き、ドロフは笑い、リュゼーは唇を固く結ぶ。
 これは、手にした情報を大切にせよと、教えてくれた人がする話では無い。酒というのは、こうも人を変えてしまうものなのだろうか。
「一つだけ、よろしいですか?」
「おっ!」
「何だ?」
 イルミルズとドロフの言葉が重なる。
 リュゼーは気圧されそうになるのを堪える。
「帝国はどれぐらい本気なんでしょうか?」
 その言葉を聞いたドロフは、口をへの字に曲げて視線をテーブルへと向ける。その目は高級そうな酒瓶を捉えている。それを見たイルミルズは、口で笑いながらドロフを肘で突く。ドロフは首を傾げて肩を竦め、呆れ顔でそれに応える。
「特に深い意味は無く、興味を持っただけです。教えて下さいますか?」
「早速、駆け引きの練習か? お前は勉強熱心なんだな」
 イルミルズは、興味を失ったドロフからリュゼーへと、暇つぶしの相手を変える。その口調は明らかに、砕けたものなっている。常日頃からドロフと接しているリュゼーは、イルミルズからも同じものを感じる。
「イルミルズ様、違います」リュゼーは慌てて首を振る。「心配になって聞いただけです。駆け引きなど、そんなつもりはありません」
「それなら、それについてはそっちの方が知っていると思うぞ。帝国に関する噂話を耳にした時には、エルドレから使者がくるとの報が届いていたからな」
 イルミルズは目だけ先に投げ、「その辺はどうなんだ?」と、ゆっくりとドロフへ顔を向ける。
「婚儀に関しては嘘や偽りはありません。しかし、それに別の思いを乗せる輩はいるかもしれませんね。それについては、そちらも同じことだと思いますよ、イルミルズ殿」
 飄飄として、ドロフは笑みを浮かべる。
「そちらを悪者にしようとはしていない、聞いただけだ。帝国はどこまで進めている?」
 ドロフはその問いかけに答えず、リュゼーに顔を向ける。
「どうなんだ?」
 イルミルズは、リュゼーに改めて訊ねる。
「帝国は敵対する勢力に集中するため、憂いとなるエルドレを抑えにくるのではと予想しています」
「憂いとな? エルドレは帝国に攻め込むつもりか?」
「私が答えて良いものか分かりませんが、そんなつもりはありません」
「それだと、色々と辻褄が合わなくならないか?」
 イルミルズはリュゼーと目を合わせる。ドロフは、分かりやすく顎をしゃくり、リュゼーを促す。
「申し訳ありません。帝国の狙いはリチレーヌの潤沢な食糧だと思われます」
「そうだよな。それだからエルドレの悪い大人たちは、色々と手を回しているんだよな」
「それについては、本当に知りません」
 リュゼーは、見据えたままのイルミルズを真っ直ぐ見返す。しばらく見つめ合った後、イルミルズは鼻から息を吐き出す。
「まあ、どちらにせよ、帝国は仕掛けてくるだろうな」
「はい。正に今現在、トンポンは渦中に巻き込まれている最中だといえます」
「何れはハオス共々、リチレーヌもそうなるだろうな」
「その通りだと……」
 リュゼーはここで、不用意に言葉を止める。
 トンポンのみならず、ハオスも厳しい状態であることを伝えようか考えたが、確証が取れない段階では流言の類になってしまう。
 イルミルズは「ふーむ」と、腕を組む。
「国が割れると困るのは、どの国も一緒ですからね」
「お主の言う通りで、権力争いに勝ったとしても遺恨が残り、後の禍に繋がる。苦労するのは民草で、得をするのは帝国みたいな輩たちだけだ」
「他にもいるだろ」
 ドロフが口を挟む。
「帝国に与する者たちですか?」
 リュゼーの問いにドロフは答えず、奥のテーブルに目を向ける。
「まさかヘヒュニ様が?」
 リュゼーは必死になって声を抑える。
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