王国戦国物語

遠野 時松

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とある王国の物語 プロローグ

盤上戦 4

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「こいつは、人前では大人しそうにして、実は頭の中で恐ろしいことを考えている様なやつですが、外面は一応気にします。幼い頃から変人扱いされてきた経験から、事が済んでからじゃないと教えてくれませんよ」
「リュートの言う通り、ここで問い詰めても白状する男ではないな。本当に嫌なものだ」
「こちらが有利になるために、出来ることは致します」
 ファトストの口調が、少しばかり強くなる。
「冗談だ。怒るでない」
 キーヨはファトストと杯を合わせ、互いに酒を飲む。その後、リュートも同じように酒を飲ませようとするが、ファトストは首を横に振る。
「さあ、お話を続けましょう」
 二人の揺さ振りを受け流す様に、ファトストは盤上で繰り広げられている戦へと手で誘う。
「お前らすまんな。こうなるとこいつは貝よりも固く心を閉して、心を乱すための揺さ振りなど全く効かない。お前達に出来る事はこれが最後だ」
 リュートは酒を飲めと、ファトストに勧める。お互いの目が合うと同時に杯を呷る。
「そんな策士が次に打った手は、待機している帝国兵を力任せに盾ごと撃ち抜くものだ。負傷した兵と交代するために人が動く。その動きに合わせて、短弓兵が大量の矢を射る。幾ら威力を弱めたといっても、鎧の隙間を突いた矢は着実に敵を削っていく」
 ばつの塊とばつの塊との間に空けられた場所にキーヨは棒先を刺す。
「拒馬が壊れそうになると、立ち止まっていた兵達が前進をしだす。とはいってもほんの少しだけだ。隙間を空けて拒馬を越えやすくするためだと思うが、前進した敵兵の顔はどれも殺気立っていたから、気が急っていたからかもしれんな」
 キーヨは王国側に向けて矢印を書く。
「補足を頼む」
「はい、西側ではリュゼーにより、敵側有利の偽装工作が進められています。東側は皆さんがご存知の通り、今はまだ敵の攻撃を凌いでもらっている状況です」
「よろしいですか?」
 オーセンが発言を求める。
「どうぞ」
「策ではなくて、なぜそうしたのかを知りたくてになります。あの程度の河原ならば難なく馬を操れます。前だけをぶつかり合わせた理由を知りたいです」
「君たち隊は焦れてしょうがなかっただろうね、申し訳ない。それは、挟み込む必要がなかったから、かな」
 そう言われては、納得するしかない。オーセンは「ありがとうございました」と、頭を下げる。
 他に意見は無いものとして、キーヨは話を進める。
「次に拒馬の間に位置する兵へ、長弓兵から一斉射撃が開始される。前列と交代するために敵の前進が加速される。ここにきて、こちらの歩兵が投入される」
 ここでキーヨは、足元からファトストへと視線を移す。
「のだが、あそこで敵兵が暴走しなかったらどうしてた?」
「起き得なかった過去については何とも言えませんが、この度の戦の勝因は、こちらの注文通りに拒馬が壊れる頃に合わせて西側が目に見えるほど押し返されたのと、相手の心を読んで絶妙な時機に兵を出された王の勘の良さの賜物です」
 酔いを抑える様に、ファトストの口調が軍師と呼ばれる時のものに変わる。
 リュートは「つまらん」と、器に口を付ける。
「人が変わる様に、これほどまでに話が面白くなくなるのも珍しいな」
 キーヨも思い当たる節がある様で、笑いながらファトストの肩を叩く。
「キーヨ様……」
 ファトストの話を遮る様に、リュートが兵達の方へ身を乗り出す。
「突然話がつまらなくなっただろ? ここからは自分が思い描いた戦いではないから、この様な話し方になる。可愛いだろ? 童みたく拗ねているのだ」
「おい、リュート」
「違うか?」
「違う」
「それならなぜだ?」
 ファトストは口を紡ぐ。
「私もそこが気になります」スタットは訊ねる。「ファトスト様は軍議において、敵兵は崩れるとおっしゃりました。優れた指揮官ならば、上手く統率して列を乱さないことも可能だと思いますが、その場合はどう対処したのですか?」
 これぐらいならば、すでに折り込み済みだと認識しているので、これを聞くのは興味本位でしかない。もちろん、場の空気を変える目的もある。
「当初はそれを予想していました。後ろに築いた柵でも同じことをするつもりでした」
「そうだったのですね。それではなぜ?」
 言葉を選んでいるのか、ファトストは直ぐには答えない。
「我らが王の、秀でたるところによるもの。だと考えます」
 それを聞いたリュートが、揶揄う様に鼻を鳴らす。
「そうやってもったいぶるでない」取り持つ様にキーヨは笑う。「これだけ時間を稼げれば、堀は無理でも防御壁なら築ける。帝国の指揮官もそれには気が付いていたはずだ。それにより戦い方を変えてくるかもしれん。しかし、隊列が崩れたのにも関わらず、次々と前進をさせてきた。これは、西側有利と敵を見誤らせたためだ。ファトストの考えに敵が惑わされた結果だろうて」
「いえ、私の考えでは奥の柵を使って崩すつもりでした。しかし王は、敵の心理と場の空気を感じ取り、あそこで兵を出しました。これにより、二手も三手も早まりました」
「王の『勘』と表現して良いものか分かりませんが、あの場で兵を出せば敵は剣での白兵戦に打って出る。そう戦の流れを読み切った力を、先ほどの様に表現なされたのですか?」
 スタットの問い掛けに、ファトストは無言で肯く。
「擬似といえど、引いたこちらと好機と見て押し寄せた敵の士気の違いを感じ取り、西側が危ういと感じたのかもしれんな。王もまた、鬼才の持ち主かもしれん」
 キーヨは感慨深く頷く。
「いくらのろまな帝国兵が相手だとしても、刃を交える距離なら足の速さなど関係ないからな。俺達が着く頃には、多くの仲間がやられているかもしれない。王の判断は痺れたな」
 リュートが付け足す。それによりオーセンは、先ほどした問い掛けの隠された答えに気付く。
「もしものために、機動力の高いリュート隊は後方に控えていたという事ですか?」
「優しい男だと言っただろ」
 キーヨは、オーセンに向かって酒を注げと杯を向ける。
「その通りですね」
 オーセンは、出された杯に酌をする。
「それだけではないぞ。せっかちなレンゼスト殿に連れ回された結果、ファトストも優しさ以上に腕を上げた」
「と、申されますと?」
 キーヨは、お前が説明しろとリュートに向かって顎をしゃくった後、杯に口を付ける。
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