4 / 92
とある王国の物語 プロローグ
軍評定 中
しおりを挟む
「一人だけ事を楽しむのは感心しないな」王は笑う。「レンゼストよ、ここには帝国の戦い方を知らぬ者もいる。策を聞く前にその者達のため、帝国兵について教えてやってくれないか?」
「王がその様に申されるのであれば、喜んで」
レンゼストは振り返って皆に体を向ける。
「帝国軍と戦うとなれば、まず思い浮かぶのが中央に配置される歩兵だ。その戦い方は単純だが中々厄介でな、憎たらしいの一言だ。先ずはそれについて話をする」
レンゼストは机に体を向き直す。
「長槍と盾を手にした兵を密集させ横に列を作りそれを幾重にも重ね、唯ひたすらに前進し圧により相手を崩し、重装歩兵で決着をつける。というものだ」
ファトストは、敵の中央部にある歩兵の駒を前に進める。
「両翼の騎兵で側背を狙うこともあるが、主に相手の騎兵を封じることに使われる。弓兵や軽装歩兵もいるが援護の役割が強く、中央の歩兵が主戦力となる」
引き続きファトストは、騎兵の駒を前に出し、傭兵の駒を歩兵の両端に押し進める。
「人が密集した陣形のため側面からの攻撃に弱いが、それを防ぐために傭兵が配置される。この傭兵が敗走しそうになると、後ろに控えている重装歩兵が救済に入る。ひたすらに我慢比べをするだけの、地獄のような戦い方じゃ」
レンゼストは、顔を歪ませる。
「レンゼストよ、だいぶ嫌そうだな」
「土を耕して食物を得る民族らしい考え方をする相手だと、頭に入れて戦っておりました。イノを狩るのにも、手の込んだことをして追い詰めるぐらいだったら、矢を数本でも多く撃ち込んだ方がましだと思わないのが、不思議でしょうがありませんでした。しかし、こちらが有利と思っていても、じっくりゆっくりと戦果を挙げ、気付けば逆転してくる相手でした。植物を相手にしていると、時間の流れが違うのだなと感じました」
レンゼストは椅子に腰を掛ける。
「興味深い事を教えてもらった、例を言う。その言葉は、さすが歴戦の将と言わざるを得ないな。レンゼストには長生きしてもらわねばならないな」
「他意はござらぬな?」
「そこまで捻くれてはない」
二人は笑う。
一瞬、場が和むが、レンゼストは雰囲気を崩さず、ファトストの顔を見つめる。
「そういった奴を手玉に取るのが上手そうだが、どうなんだ?」
「あれこれ考えなくて良いので、策は考えやすくなります」
これを聞いたレンゼストは、不敵に片方の口角を上げる。
「その顔からすると、面白いことを思い付いてはいそうだ。そうだ、王よ。御自身、中央軍を率いて戦いなされ。若い内は何事も経験ですぞ。何、安心しなされ。我が王の後ろに控えるので、何かあったら直ぐにでもお助けに向かいますぞ」
己れがその場に就かなければ、勝ちは難しいという自信の表れか、自分を年寄り扱いした王へのいつもの意趣返しなのか、捲し立てるように言った後、レンゼストは声を出して笑う。
「そうか、そう言ってくれるとこちらも助かる。ファトストとそのことについて話していてな、どうやって伝えようか、ほとほとまいっていたところだ。そちらから言ってくれて助かったぞ」
王も笑う。
「おや、王よ。幼きところが出ておりますぞ」
「なに、意趣返しなどではない。レンゼストの協力で、先ほど決まったことだ」
レンゼストは、少し間を置く。
「本気で言っておられるのか? 王よ」
低く空気を震わせるレンゼストの一言で、場の空気が一瞬で変わる。
「本気だ」
王は笑顔のまま答える。
「相手は帝国兵ですぞ。何処ぞの盗賊ではないのですぞ」
「帝国式についてはファトストより教わった。策についても納得している」
「戦は盤上の話ではないですぞ」
「戦った経験のある老兵にも教えを乞うた。その者達を交えて、模擬戦を幾度もした。そして、先ほどのレンゼストの言葉は実にありがたかった。後は戦場にて認識のずれを調整するだけだ」
王の言葉には、確信めいた力がある。
レンゼストは静かに息を吸い込む。
「おい小僧、説明しろ」
ファトストは胸の前で手を重ね、レンゼストに向かって深々と頭を下げる。そして、空いた隙間に王の駒を置く。
レンゼストは、しばらくその駒を見つめる。
「レンゼスト様が率いるのであれば、敵の駒がいた位置、畑もまばらになった、比較的に平らな地が広がる場所を戦場に選びます。しかし今回は、それよりもこちら側に広がる畑を、民には申し訳ないですが使わせていただきます」
騎兵を使い広く陣を敷き、幾度となく帝国兵を退けてきたレンゼストが軍を率いるなら当然である。しかし、平地の奥には都市があり、内密に食物の提供を取り付けている。戦火が飛び火するのだけは避けたい。
「それについては理解する。敵の行軍が早く、直ぐにこちらが向かってもその場所に着くと同時に開戦になる。それなら、兵を休ませた方が利がある。そのためにも、この場所が良いというわけでだな」
「はい」
食糧を十分に確保してから、平地を越えた辺りに砦攻略の防衛陣地を築く予定だったため、ここまで休まず進軍をしてきた。当然、兵には行軍の疲れが溜まっている。
「敵も陣を引くなら、平らな地の方がいいだろう。奴らは畑程度の荒れ具合なら、ものともしないだろうな。次」
「敵が仕掛けてくるのを待ちます」
「待つか……、いや。まあ、次を聞こう」
「こちらは山や海が出身の者が多数います。畑の中で隊列を組んだ帝国兵に白兵戦を仕掛けても、こちらに勝ち目はありません。荒れた地はそのまま、敵の乱れに使います」
「もうよい、その程度ならば言わずとも理解できる。弓兵が前にいることからも、待ちなのは分かる。流れを遮らないために、言い止まったのだ」
「失礼しました」
「それから、そんな細かなことまで聞いていたら、これが終わる頃には敵兵がここまで来てしまう。必要なことを掻い摘んで申せ」
レンゼストは策の続きを促す。
「何もない畑で相対すれば、敵はこちらを侮って進軍してくるでしょう」
「確かにそうだな」
「敵が動き出したら、妨害工作を開始します」
ファトストは、木の破片で作った小さな柵を平地部分に並べた。
「王がその様に申されるのであれば、喜んで」
レンゼストは振り返って皆に体を向ける。
「帝国軍と戦うとなれば、まず思い浮かぶのが中央に配置される歩兵だ。その戦い方は単純だが中々厄介でな、憎たらしいの一言だ。先ずはそれについて話をする」
レンゼストは机に体を向き直す。
「長槍と盾を手にした兵を密集させ横に列を作りそれを幾重にも重ね、唯ひたすらに前進し圧により相手を崩し、重装歩兵で決着をつける。というものだ」
ファトストは、敵の中央部にある歩兵の駒を前に進める。
「両翼の騎兵で側背を狙うこともあるが、主に相手の騎兵を封じることに使われる。弓兵や軽装歩兵もいるが援護の役割が強く、中央の歩兵が主戦力となる」
引き続きファトストは、騎兵の駒を前に出し、傭兵の駒を歩兵の両端に押し進める。
「人が密集した陣形のため側面からの攻撃に弱いが、それを防ぐために傭兵が配置される。この傭兵が敗走しそうになると、後ろに控えている重装歩兵が救済に入る。ひたすらに我慢比べをするだけの、地獄のような戦い方じゃ」
レンゼストは、顔を歪ませる。
「レンゼストよ、だいぶ嫌そうだな」
「土を耕して食物を得る民族らしい考え方をする相手だと、頭に入れて戦っておりました。イノを狩るのにも、手の込んだことをして追い詰めるぐらいだったら、矢を数本でも多く撃ち込んだ方がましだと思わないのが、不思議でしょうがありませんでした。しかし、こちらが有利と思っていても、じっくりゆっくりと戦果を挙げ、気付けば逆転してくる相手でした。植物を相手にしていると、時間の流れが違うのだなと感じました」
レンゼストは椅子に腰を掛ける。
「興味深い事を教えてもらった、例を言う。その言葉は、さすが歴戦の将と言わざるを得ないな。レンゼストには長生きしてもらわねばならないな」
「他意はござらぬな?」
「そこまで捻くれてはない」
二人は笑う。
一瞬、場が和むが、レンゼストは雰囲気を崩さず、ファトストの顔を見つめる。
「そういった奴を手玉に取るのが上手そうだが、どうなんだ?」
「あれこれ考えなくて良いので、策は考えやすくなります」
これを聞いたレンゼストは、不敵に片方の口角を上げる。
「その顔からすると、面白いことを思い付いてはいそうだ。そうだ、王よ。御自身、中央軍を率いて戦いなされ。若い内は何事も経験ですぞ。何、安心しなされ。我が王の後ろに控えるので、何かあったら直ぐにでもお助けに向かいますぞ」
己れがその場に就かなければ、勝ちは難しいという自信の表れか、自分を年寄り扱いした王へのいつもの意趣返しなのか、捲し立てるように言った後、レンゼストは声を出して笑う。
「そうか、そう言ってくれるとこちらも助かる。ファトストとそのことについて話していてな、どうやって伝えようか、ほとほとまいっていたところだ。そちらから言ってくれて助かったぞ」
王も笑う。
「おや、王よ。幼きところが出ておりますぞ」
「なに、意趣返しなどではない。レンゼストの協力で、先ほど決まったことだ」
レンゼストは、少し間を置く。
「本気で言っておられるのか? 王よ」
低く空気を震わせるレンゼストの一言で、場の空気が一瞬で変わる。
「本気だ」
王は笑顔のまま答える。
「相手は帝国兵ですぞ。何処ぞの盗賊ではないのですぞ」
「帝国式についてはファトストより教わった。策についても納得している」
「戦は盤上の話ではないですぞ」
「戦った経験のある老兵にも教えを乞うた。その者達を交えて、模擬戦を幾度もした。そして、先ほどのレンゼストの言葉は実にありがたかった。後は戦場にて認識のずれを調整するだけだ」
王の言葉には、確信めいた力がある。
レンゼストは静かに息を吸い込む。
「おい小僧、説明しろ」
ファトストは胸の前で手を重ね、レンゼストに向かって深々と頭を下げる。そして、空いた隙間に王の駒を置く。
レンゼストは、しばらくその駒を見つめる。
「レンゼスト様が率いるのであれば、敵の駒がいた位置、畑もまばらになった、比較的に平らな地が広がる場所を戦場に選びます。しかし今回は、それよりもこちら側に広がる畑を、民には申し訳ないですが使わせていただきます」
騎兵を使い広く陣を敷き、幾度となく帝国兵を退けてきたレンゼストが軍を率いるなら当然である。しかし、平地の奥には都市があり、内密に食物の提供を取り付けている。戦火が飛び火するのだけは避けたい。
「それについては理解する。敵の行軍が早く、直ぐにこちらが向かってもその場所に着くと同時に開戦になる。それなら、兵を休ませた方が利がある。そのためにも、この場所が良いというわけでだな」
「はい」
食糧を十分に確保してから、平地を越えた辺りに砦攻略の防衛陣地を築く予定だったため、ここまで休まず進軍をしてきた。当然、兵には行軍の疲れが溜まっている。
「敵も陣を引くなら、平らな地の方がいいだろう。奴らは畑程度の荒れ具合なら、ものともしないだろうな。次」
「敵が仕掛けてくるのを待ちます」
「待つか……、いや。まあ、次を聞こう」
「こちらは山や海が出身の者が多数います。畑の中で隊列を組んだ帝国兵に白兵戦を仕掛けても、こちらに勝ち目はありません。荒れた地はそのまま、敵の乱れに使います」
「もうよい、その程度ならば言わずとも理解できる。弓兵が前にいることからも、待ちなのは分かる。流れを遮らないために、言い止まったのだ」
「失礼しました」
「それから、そんな細かなことまで聞いていたら、これが終わる頃には敵兵がここまで来てしまう。必要なことを掻い摘んで申せ」
レンゼストは策の続きを促す。
「何もない畑で相対すれば、敵はこちらを侮って進軍してくるでしょう」
「確かにそうだな」
「敵が動き出したら、妨害工作を開始します」
ファトストは、木の破片で作った小さな柵を平地部分に並べた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる