王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
上 下
7 / 113
とある王国の物語 プロローグ

献杯

しおりを挟む
 次の戦は焦る必要はない。此度の野戦で十分な戦果を得られた。
 主だった将は野営地にて王の元に集まり、今後の戦について評議が行われた。
「このまま砦を囲み、一気に攻め立てれば宜しいのでは?」
 レンゼストの意見に数名が頷く。しかし王とその傍らで己の存在を消している者は、頷く事はしない。
 王が頷かないのは分かる。皆の意見を聞き入れ、諸々を勘案しなければいけないからだ。
「お主が頷きさえすれば、事が進むというのに」
 己の視線に気が付きながらも視線を合わせようとしないファトストに向かってレンゼストは、誰が見ても不服そうな顔付きで言葉を投げつける。
 それでも尚、ファトストは朧げに視線を地に落としている。
「またあれこれと良からぬ事を考えおってからに。戦に勝ったというのに、辛気臭いやつは嫌じゃのう」
 話を振られたライロスは、無言のまま口元だけで笑いを浮かべる。
 王の御前ということもあって言葉を控えるライロスが面白くないのか、レンゼストは「ふん」と鼻を鳴らす。
 するとそこへ、馬の蹄音が聞こえてくる。
 爪音は陣幕の入り口付近で止み、ブルルとの鳴き声と馬が体を振る音と共に「よく頑張ったな」との声が聞こえる。
「やっと戻って来たか」
 リュゼーが漏らした言葉にレンゼストの顔が綻ぶ。
 兜を脱ぎながら陣幕内に入って来た男に「道草でも食っておったのか?」とレンゼストは笑い掛ける。
「レン爺、その言い草だと俺の帰りを待ち侘びてたみたいですね」
「おいチェロス、王の御前だぞ。慎まぬか!」
 チェロスはリュゼーに向かって軽く舌を出す。それを受けたリュゼーは「いつまでも子供の様なことをしおって」と、眉根に皺を寄せながら呆れ、王に向かって「私の不徳の致すところ。お許し下さい」と深々と頭を下げる。
 王は口元を緩ませる。
「よいよい、我が主はそんな些細な事など気にはせん」
 レンゼストの言葉にライロスは再び苦笑いを浮かべる。
「それよりどうだ?」
「出来る限りの敗走兵を砦の中に送り込んでおきましたよ」
 レンゼストは「そうか」と手を叩く。
「帝国兵って分かるやつには弓を射掛けて戦力は削いでおきましたので、お望み通り砦内にはタダ飯喰らいが溢れかえっている状況です。それに傭兵の影響力を強めるおまけ付きでね」
「タダ飯喰らいとな」レンゼストは片眉を上げる。「わざわざ自分の手柄を貶めよる」
「一言余計だ。だからお前は未だに隊を率いられぬのだ」
 敵国とはいえ兵に対してあまりにも礼を欠いた一言に、リュゼーは語気を荒くする。
 チェロスは悪びれもせず、王の元へと歩みを進める。
 リュゼーはチェロスの態度に苦虫を噛み潰したような顔を向けるが、跳ねっ返りが好きなレンゼストが髭を撫でながら楽しんでいる事と、傭兵と帝国兵とを人望で繋いでいた指揮兵が敗走中に戦線離脱したと報告が入っているため、奥歯を噛むだけにとどめておく。
 その他にも、戦闘中に良い動きをしていた部隊長数名がこの戦から姿を消した。
「お主にも非があるのだぞ」
 レンゼストは悪戯な顔をしてリュゼーに語りかける。
「私に『非』ですか?」
「そうだ。そうやって叱ってばかりだから臍を曲げておるのだ」
「そんな子供じみたことを」
「猟犬は褒めてやらねば育ちはせぬ。あやつが我に懐くのはそれが理由だろうて」
「そうでしょうか……」
 リュゼーはチェロスの背に目を向ける。
「王の名の下に『任』を遂行して参りました」
 チェロスは王の前で跪く。
「予定通りで問題ありません」
 続けてチェロスはファトストに告げる。
 これにて手筈は整った。そう言わんばかりにファトストの右目が微かだが細る。
「常にあの様にすればいいものを」
 チェロスは王の前では将然たる態度をとる。
「あれが答えだろうて」
 レンゼストがライロスに視線を送る。
「もしかしたら、わざとあのような態度をとってリュゼー様の元にとどまっているのかもしれませんね」
 ライロスは顔をレンゼストに近付け、声を落として答える。
「それだ。幼き頃より一緒に過ごし、兄として慕っているから尚更じゃろうて。あやつの性格はお主の方が知っておろうて。敵兵の気持ちが手に取るように分かるお主でも、分からぬ者がいるのだな」
「そんな子供じみたことを」
「子供、子供とおっしゃっていますが、私にとってチェロス様は素晴らしいお方です。お二人の間に流れる時間は、幼き頃より進んでいないのかもしれませんね」
「言い得て妙じゃ」
 ライロスの言葉にレンゼストは笑い、リュゼーは何も言い返せずに複雑な表情を浮かべる。
 チェロスは王の元から離れるとリュゼーの横に腰掛け、従者から差し出された杯を手に取り喉を潤す。口元を手で拭いながら獲物を仕留めた猟犬の目で、何も言わずにリュゼーをじっと見つめる。
 ゴン! と、鈍い音と共にチェロスは頭を押さえ、周囲から笑い声が漏れる。
「全く、嫌になるよな。素直に褒めることはできないのかよ」
 チェロスはそう言うと、笑いを堪えている従者から差し出された水差しを強引に奪い取り、リュゼーに背を向け、悪態ともとれる独り言を言いながら己自身で杯に水を注ぎ入れる。
「お前は褒められる以上に粗相が多い」
 死角から飛んできたリュゼーの拳を器用に躱すと、チェロスは杯の水を一気に飲み干す。
 二人のやりとりを楽しそうに見ていたレンゼストが「さあ、どうする?」と、急かす様に声を上げる。
 王はファトストを見る。
 それを受けてファトストは一歩前に出る。
「当初の予定通り砦の近くに陣を敷き、相手に圧力を掛けることで内乱を引き起こさせます。この策で重要なのは、こちらの損害を最小に抑えて、後々の戦を運びやすくする様に事を進めることです」
 王の前に置かれている付近図を指差す。
「先ずはこちらに陣を引き、敵に見える所で攻城兵器を組み立てていきます。心理的影響を強めるために投石機は組み上がり次第、順次投入していきます」
「砦の包囲は?」
 力攻めとなった場合、先陣を任されるリュートが質問する。
「兵糧攻めは考えていませんが、厳しくしたいと考えています。砦より兵の逃走が多くなればその分の動揺は大きくなりますが、帝国兵の割合を大きくしたくありません。しっかりと蓋をお願いします」
「揺さぶりはどうする?」
 頭の中に何やら作戦があるのか、リュゼーが問いかける。
「初期段階では考えていません。場合により離間や砦内へ侵入し流源の類を仕掛けていきますが、逃走兵が砦内へ流入した現在の様子が把握できていないので分かり次第の対応に成らざるをえません。最も、早い段階で仕掛ければ仕掛けるほどこちらの思惑通りに事が進むのは明白でしょう」
「必要だったら一部隊分の帝国兵の鎧、綺麗なの見繕って揃えてますんで言ってください」
 チェロスは、杯に水を注ぎながら告げる。
 ファトストの表情が変わる。
「そういうことは早く言え」
「兄貴だってこれぐらいのことは俺がしてくるって分かってただろ? ねえ、ファトスト様」
「利いた風な口をきくな」
 先ほどより大きなゴン! という音の後に「兄貴の褒め方は歪んでんだよ」と、チェロスは頭を強く擦る。
 ファトストはリュゼーに視線を送る。
 その視線を受けて直ぐに立ち上がり、王に頭を下げたあとにリュゼーは陣幕から出ていく。
 チェロスも立ち上がって王に頭を下げ「落ち落ち水さえも十分に飲めないのかよ。良いなぁ、レン爺はこれから酒が飲めて」と、嬉しそうにリュゼーの後を着いて行った。
「小賢しいことを」
 レンゼストは髭を撫でながら鼻で笑う。
「策は変更となりました」
 地図上に置かれている駒の位置を、ファトストは直ぐさま動かす。
「変更とは妙なことを言うのだな。今し方出て行ったわんぱく坊主が言っていた通り、これら全てが予定通りなのだろ?」
 レンゼストは駒を動かすファトストに視線を向ける。
「その駒の位置だと「こうなったら良い」と独り言の様に言いながら、この評議の前にぶつぶつと話をしていた策ではないか。お主はこれを変更だと思っているのか?」
 ファトストはそれに答えずに駒を並べ終える。
「それでは策を示します」
「その必要はあるか?」
 言葉を遮る様にして、レンゼストは周りにいる者の顔を見渡す。殆どの者が必要ないと首を横に振る。
「評定にて決まった当初の策よりも、今から説明しようとしている策の方を熱心に話していたではないか。心配性のお主が確定の様に話していれば、誰しもがこの策になるのだという察しはつく。今から同じことを聞かされるのならば必要ない、単なる無駄じゃ。それどころか、我は当初の策などすっかり忘れてしまったわい」
 レンゼストは豪快に笑うと王の顔を見る。
 王は肘掛けに頬杖をついたまま首を縦に動かし、父ほど歳の離れた、少年の様な顔をするレンゼストからの申し出を認める。
「皆の者、王より許しが出た」
 従者により水差しがさげられ、酒瓶が用意される。
 陣幕内にいる全ての者が杯を手にする。
「戦場に散った者たちのために、今宵は皆で掲げようぞ」
 レンゼストは注がれた酒を一気に酒を飲み干し、空になった杯を天に掲げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。 果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...