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とある王国の エピソード
神話 都市攻略
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水汲み場の近くで数人の女性が、籠を手に持ち情報交換に勤しんでいる。
「ねぇ、聞いた?」
我が子の話や誰それの婚儀の話、夫や姑の愚痴を笑いながら話した後に、西の森に木苺が成り始めた話になると、娘が国に勤めている女性が話題を変える。
「聞いたわよ、それってやっぱり本当なの?西からオウエスたちが押し寄せてるんでしょ?」
オウエスとは西方の民族を侮った表現方法として使われる。つまり王国軍のことである。
「そうみたいなのよ」
遠く離れた西の土地を蛮族が荒らし回っているとの噂は、どうやら本当の話らしい。
「この街は大丈夫なの?」
違う女性が尋ねる。
「それがね、この街まで来そうだって言うのよ」
「やだ、怖い」
「半月はかかる見込みだから、今の内に荷物をまとめていた方がいいかもって。最悪街を離れることになるかもしれないらしいの」
「娘さんから?」
「そう」
当の娘からもたらされた情報だ、女性たちの顔が曇るのも当然である。
その数日後、都市ラビオンの南西方向に馬の砂塵が立騰る。ほどなくして、本体が都市に到着する。
「セレウコナよ、ラビオンの星空はどうであった?」
「王よ、それはそれは綺麗でしたぞ。ラビオンの民も我らに気を遣ってか、大人しくしていてくれました」
騎兵が到着後、ラビオンの門は固く閉じられ、一度も開かれることはなかった。騎兵しかいないこの状態でラビオン側が攻撃を仕掛けたのならば、まだ勝機はあったかもしれない。しかし予想を遥かに超えた速度で敵が現れたことにより、戦闘の準備が整っていなかったラビオン側は籠城を選んだ。
それにより、都市の中に多くの民を抱えた状態となる。
「今宵は幕に入らずに、セレウコナから星座の話でも聞くとするかな」
「そうですな。王のために、新たな星座の物語でも作りましょうぞ」
幼い頃から馬の背に寝転びながら星空を眺めていたセレウコナは、星読みの知識を持っている。ここ数日間の晴れと、二日後に天候が崩れることを予言している。
「皆の者よ良く聞け、天を操るセレウコナからの神託じゃ。それまでに終わらせるだ」
王の指示を受けた工兵たちは、ラビオン側に見せつける様に、手際良く攻城兵器を組み立て始める。後方では堀と土塁が築かれ始め、完成へと近付いている。
「その様に申されては、女神トゥテクレの機嫌を損ねてしまいますぞ」
「女神は祖の母上であろう?安心せい、我が家の家訓は『子を甘やかす』じゃ」
「またその様なことを申されて」
セレウコナは呆れて笑う。
次の日、完成した攻城兵器が城の周りを囲む。ラビオンの兵は、城壁の上から指を咥えてそれを見つめることしかできなかった。
全ての準備が整い、太陽が西に傾いた頃に王軍から勧降の使者が派遣される。ラビオン側からの返答は拒否。
到着から三日目、開戦を迎える。
東の空が明るくなるのを待ってから、王はゆっくりと櫓に登り始める。
開戦を知らせるラッパが吹かれ、王国兵たちは鬨の声を上げる。王が櫓の上に立ち敵を見据えると同時にそれらが止み、かき消されていた敵の声が聞こえてくる。
王はその声が止むのを待つ。
「ラビオンの民よ、ワシは人が生まれたスリジより舞い立った、女神トゥテクレを祖に持つ者じゃ。東の果てには神の国に繋がる道があると聞く。ご先祖様に挨拶をしたくて旅を続けている」
およそ、敵方がする話ではない。城壁の上にいるラビオン兵の視線が、ドルリートに集まる。
「どうだ?」
王は交渉を仕掛ける。
「一緒に旅をせぬか?」
子供の様に笑う。
「働きに見合った給金は出す。秀たる技術があれば、それに似合った上乗せはする」
櫓の一番近くにいるレイモンドが声を上げる。
「今まで経験したことのない出来事の連続じゃぞ?」
「兵以外にも、多種多様な者の参加を歓迎する。仕事はいくらでもある。まだ見ぬ地を見たい者は名乗り出てくれ」
王に続いて、レイモンドが声を上げた。
「できる限り食うに困らぬ様にはしてやる。この飢饉でさえ、我が国は飢えなかったことを知っておるよな」
王はゆっくりと壁の上を見渡す。
「金銀財宝が見つかるかもしれんぞ?」
「稼いだ金は責任を持って家族の元に届ける。しっかり管理して運ぶ故に、安心してもらいたい」
「着いてきたい者は名乗り出てくれぬか?」
当然、名乗り出るものなどいない。
「いないのか?」
一人の王国兵が声を上げる。
「末代まで語られる話になるぞ」
別の兵が声を上げる。
各所で参加を促す声が上がる。
王はラビオンの様子を眺める。
西側から季節外れの暖かい風が運ばれて来る。
「きたようじゃな」
王は一人呟く。
「静まれ!」
レイモンドの声が響き渡る。
場が静まり返る中、一呼吸置いてから王は話し始める。
「そんな都合の良い話などないと申すのか?ところがそんな都合の良い話があるのだよ。信じてもらえぬ様なので致し方ない。信じてもらえる様にするしかないな」
風がまた変わる。
吹く風の温度が上がることにより、ラビオンの兵たちにはドルリートの熱意が街を包んでいく様に錯覚させる。
「神の御子の子孫だというのを、証明すれば良いかな?」
陽の光を浴びるドルリートの後ろから、黒い雲が立ち上り始める。次第にラビオン兵たちは言葉を失っていく。
「まだ信じてもらえぬか?」
黒い雲は瞬く間に西の空を覆い尽くす。
その光景は、西の国より雲の魔人が王の元に駆け付けている様にすら見える。
王と城壁の間に、先に飾りがつけられた、とても背の高い槍の様なものが立てられる。
「しばらくの間楽しまれよ」
けたたましい音と共に、その槍に落雷落ちる。
城壁内から悲鳴が聞こえる。
ポツリ、ポツリと城壁に雨のしみができる。瞬く間に雨足が強まる。
「放て!」
レイモンドの力強い声が響く。投石機による攻撃が始まる。使われる石には火がつけられていて、日中とは思えない暗闇の中、豪雨と共に火球が降り注ぐ。
この世の終わりと思われる光景を目の当たりにしたラビオン兵は、強風と強い雨に視界を奪われながら逃げ惑う。
程なくして雨が止んだ。
見るも無惨に破壊された城壁に付いた土は、綺麗に雨に流されて泥の小川を作っている。
この部族の荼毘服に袖を通した城主が、裾を泥で汚しながら王の元に跪いた。
「ねぇ、聞いた?」
我が子の話や誰それの婚儀の話、夫や姑の愚痴を笑いながら話した後に、西の森に木苺が成り始めた話になると、娘が国に勤めている女性が話題を変える。
「聞いたわよ、それってやっぱり本当なの?西からオウエスたちが押し寄せてるんでしょ?」
オウエスとは西方の民族を侮った表現方法として使われる。つまり王国軍のことである。
「そうみたいなのよ」
遠く離れた西の土地を蛮族が荒らし回っているとの噂は、どうやら本当の話らしい。
「この街は大丈夫なの?」
違う女性が尋ねる。
「それがね、この街まで来そうだって言うのよ」
「やだ、怖い」
「半月はかかる見込みだから、今の内に荷物をまとめていた方がいいかもって。最悪街を離れることになるかもしれないらしいの」
「娘さんから?」
「そう」
当の娘からもたらされた情報だ、女性たちの顔が曇るのも当然である。
その数日後、都市ラビオンの南西方向に馬の砂塵が立騰る。ほどなくして、本体が都市に到着する。
「セレウコナよ、ラビオンの星空はどうであった?」
「王よ、それはそれは綺麗でしたぞ。ラビオンの民も我らに気を遣ってか、大人しくしていてくれました」
騎兵が到着後、ラビオンの門は固く閉じられ、一度も開かれることはなかった。騎兵しかいないこの状態でラビオン側が攻撃を仕掛けたのならば、まだ勝機はあったかもしれない。しかし予想を遥かに超えた速度で敵が現れたことにより、戦闘の準備が整っていなかったラビオン側は籠城を選んだ。
それにより、都市の中に多くの民を抱えた状態となる。
「今宵は幕に入らずに、セレウコナから星座の話でも聞くとするかな」
「そうですな。王のために、新たな星座の物語でも作りましょうぞ」
幼い頃から馬の背に寝転びながら星空を眺めていたセレウコナは、星読みの知識を持っている。ここ数日間の晴れと、二日後に天候が崩れることを予言している。
「皆の者よ良く聞け、天を操るセレウコナからの神託じゃ。それまでに終わらせるだ」
王の指示を受けた工兵たちは、ラビオン側に見せつける様に、手際良く攻城兵器を組み立て始める。後方では堀と土塁が築かれ始め、完成へと近付いている。
「その様に申されては、女神トゥテクレの機嫌を損ねてしまいますぞ」
「女神は祖の母上であろう?安心せい、我が家の家訓は『子を甘やかす』じゃ」
「またその様なことを申されて」
セレウコナは呆れて笑う。
次の日、完成した攻城兵器が城の周りを囲む。ラビオンの兵は、城壁の上から指を咥えてそれを見つめることしかできなかった。
全ての準備が整い、太陽が西に傾いた頃に王軍から勧降の使者が派遣される。ラビオン側からの返答は拒否。
到着から三日目、開戦を迎える。
東の空が明るくなるのを待ってから、王はゆっくりと櫓に登り始める。
開戦を知らせるラッパが吹かれ、王国兵たちは鬨の声を上げる。王が櫓の上に立ち敵を見据えると同時にそれらが止み、かき消されていた敵の声が聞こえてくる。
王はその声が止むのを待つ。
「ラビオンの民よ、ワシは人が生まれたスリジより舞い立った、女神トゥテクレを祖に持つ者じゃ。東の果てには神の国に繋がる道があると聞く。ご先祖様に挨拶をしたくて旅を続けている」
およそ、敵方がする話ではない。城壁の上にいるラビオン兵の視線が、ドルリートに集まる。
「どうだ?」
王は交渉を仕掛ける。
「一緒に旅をせぬか?」
子供の様に笑う。
「働きに見合った給金は出す。秀たる技術があれば、それに似合った上乗せはする」
櫓の一番近くにいるレイモンドが声を上げる。
「今まで経験したことのない出来事の連続じゃぞ?」
「兵以外にも、多種多様な者の参加を歓迎する。仕事はいくらでもある。まだ見ぬ地を見たい者は名乗り出てくれ」
王に続いて、レイモンドが声を上げた。
「できる限り食うに困らぬ様にはしてやる。この飢饉でさえ、我が国は飢えなかったことを知っておるよな」
王はゆっくりと壁の上を見渡す。
「金銀財宝が見つかるかもしれんぞ?」
「稼いだ金は責任を持って家族の元に届ける。しっかり管理して運ぶ故に、安心してもらいたい」
「着いてきたい者は名乗り出てくれぬか?」
当然、名乗り出るものなどいない。
「いないのか?」
一人の王国兵が声を上げる。
「末代まで語られる話になるぞ」
別の兵が声を上げる。
各所で参加を促す声が上がる。
王はラビオンの様子を眺める。
西側から季節外れの暖かい風が運ばれて来る。
「きたようじゃな」
王は一人呟く。
「静まれ!」
レイモンドの声が響き渡る。
場が静まり返る中、一呼吸置いてから王は話し始める。
「そんな都合の良い話などないと申すのか?ところがそんな都合の良い話があるのだよ。信じてもらえぬ様なので致し方ない。信じてもらえる様にするしかないな」
風がまた変わる。
吹く風の温度が上がることにより、ラビオンの兵たちにはドルリートの熱意が街を包んでいく様に錯覚させる。
「神の御子の子孫だというのを、証明すれば良いかな?」
陽の光を浴びるドルリートの後ろから、黒い雲が立ち上り始める。次第にラビオン兵たちは言葉を失っていく。
「まだ信じてもらえぬか?」
黒い雲は瞬く間に西の空を覆い尽くす。
その光景は、西の国より雲の魔人が王の元に駆け付けている様にすら見える。
王と城壁の間に、先に飾りがつけられた、とても背の高い槍の様なものが立てられる。
「しばらくの間楽しまれよ」
けたたましい音と共に、その槍に落雷落ちる。
城壁内から悲鳴が聞こえる。
ポツリ、ポツリと城壁に雨のしみができる。瞬く間に雨足が強まる。
「放て!」
レイモンドの力強い声が響く。投石機による攻撃が始まる。使われる石には火がつけられていて、日中とは思えない暗闇の中、豪雨と共に火球が降り注ぐ。
この世の終わりと思われる光景を目の当たりにしたラビオン兵は、強風と強い雨に視界を奪われながら逃げ惑う。
程なくして雨が止んだ。
見るも無惨に破壊された城壁に付いた土は、綺麗に雨に流されて泥の小川を作っている。
この部族の荼毘服に袖を通した城主が、裾を泥で汚しながら王の元に跪いた。
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