王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

雲の行き先 14 感じる違和感

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 エルメウス家一行は山道を下り終え、ボウエーンという都市に足を踏み入れる。
 道中でのドロフの言葉が気になり何度か質問を繰り返すが、「これから嫌というほどそれについて経験するから、存分に味わってくれ」とだけ言われた。嫌というほどという言葉をそのままの意味で受け取れば、一度ではないのは想像できる。
 先ほどの話から女王は民から慕われているのは理解できるので、そんなことはあるのだろうか。女王を傀儡として扱う者がいたら、その者を民が許すはずがない。それこそ暴動なり起きるのではないだろうか。
 いつものドロフの冗談なのか、これから起こりうる出来事に対してリュゼーの心の葛藤を楽しみにしているのか、上手くはぐらかされてしまい判断がつかない。
 色々と考えていたのだが、その考えも初めて見る他国の都市に興味が移り、次第に片隅に追いやられていった。
「こんにちはー」
「あっ、こんにちは」
 リュゼーは、親に手を引かれた笑顔の可愛いらしい子供に挨拶を返す。他国からの使者が物珍しいのか、通りに見にきたのだろう。
「そんな顔をしてどうした?何か面白いものでも見つけたのか?」
 ドロフがリュゼーに話しかける。
「いえ、同じ言葉を使うのだなと思いまして」
 多少のアクセントは違うものの、使われている言語はエルドレと同じものらしい。
「それはそうだろうな。他国とは言っても、文化や習慣などは基本的にエルドレとそれほど変わりはしない」
「そうですよね」
 服装や民族的な顔立ちはエルドレと何ら変わりはない。違いを挙げるとすれば、建物に煉瓦が多く使われており、山にほど近いこの都市でも木材による建物が少ないという点だろうか。これはエルドレの都市部にも多く見られるのだが、開拓により森林が失われ樹木は燃料に使われるのだろう。
「この街はな、先ほど通り過ぎた旧砦を含んだ防衛設備を管轄する要塞都市として築かれ、その後に景勝地となった砦の宿泊地と峠越えの宿場町として発展したんだ」
「詳しいんですね」
「まあな。知識というのはどれだけあっても困るものではないからな」
 一団は目抜き通りに入り、その先にある丘の上に築かれた一角へと馬を進める。
「これだけの街が旧市街地と呼ばれるとは、何とも羨ましい話ですね」
 先ほどの話の続きでドロフから説明を受けたのだが、これ程の規模を誇る街が、今では旧市街地となっているらしい。山から眺めた景色も、麓にあるこの街よりも扇状地の中に築かれた街の方が大きく、屋敷も数多く建てられていた。
「昔はこの街を基準にして付近一帯をボウエーンとよび、穀物を貯蔵する倉庫が数多くあった場所を示す言葉としてあの辺をデポンと呼んでいたんだ。街道が整備され両国の貿易が活発になると、デポンに商人が屋敷を構え始め、人が集まりこの街より発展していったんだ。街を管轄していた貴族がデポンに移り住んだことがきっかけとなり、デポネルとして新たな都市が誕生したのだ。リチレーヌにおいて今なお発展を続けている都市の一つだから覚えておくといい」
「街の成り立ちにも色々とあるのですね」
 ボウエーンというこの街から、軍事施設の名残は丘の上にある防御壁以外には見当たらない。
 趣のある宿場町として、街は姿を変えたみたいだ。
「この国では兵の数が少ないとは言っても、街道を含めた周辺の治安維持のために貴族が兵を所有している。大半が丘の上に詰めているから、あの場所は軍事施設として残されているのだぞ」
 貴族も城を捨て、平地に屋敷を構えるとは平和とは実にいいものだ。
「この国では貴族が重要なんですね」
「貴族が管轄する土地が大切にされている感はある。災害も多く移住が頻繁に行われるエルドレでは、家という人の集合体が大切にされているが、リチレーヌでは穀物が富を生み出すため所領が大きければ大きいほど良いと考えられているな。国土の大半が山に覆われているエルドレと違い、人が住む場所が溢れているからそのように考えるのかもな」
「勉強になります」
 土地を切り開きその土地に人を住まわせ、人を使って富を作り出すことが良い領主と考えられている、エルドレとは考え方が違うのだろう。
「今宵、あの場所に世話になる際に、物見から眺めてみるといい。デポネルは夜になっても明かりが落とされることはなく、活気にあふれているのが見られるだろう」
「それは楽しみですね」
「何なら行ってみるか?」
 これは、いつものドロフの冗談だろう。
「そうですね。是非行ってみたいです」
 リュゼーは笑顔で返す。
「そうか」
 ドロフは本気とも冗談とも取れる返事をする。
 使節団の役割を担う本家の一団が丘の坂道を登っていく。リュゼーたちは、坂の手前で待機しながら式典用の風服に着替えその姿を見上げている。
 防御壁は堅固なものではあったが、必要最低限の補修しかされていない感じであった。エルドレ王国の東の要、ルエンターニュ地方にある要塞とは雲泥の差を感じた。
 本家からの合図を受けて、待機していた馬車が坂を登り始める。丘の上では王からの親書を受け渡したり色々なことをするらしいのだが、「そんなことは俺達に関係のないことだから、気にする必要はない」とドロフは笑っていた。
 門をくぐると、王家かと見間違えるような質の良い服を身に纏った者たちに出迎えられる。
「我が都市へよくお越しになられた」
 取り分け仕立ての良い服を着た、恰幅の良い男が福々しい笑顔でリュゼーたちを迎える。隣に立っている隊を統括する本家のディレクが些か見窄らしくも感じるほどに、男の衣装は際立っている。
 本家の風服も式典用の衣装なので華やかではあるが、旅をする衣装なので過度な装飾などは施されていない。男が着る服もそれに合わせる様に過度な装飾は施されていなく、この手の者にありがちな貴金属も身に着けていない。しかし、知識のないリュゼーにすら質の違が分かる。気温に合わせた涼しげな衣服もさることながら、日差しを避けるために羽織っている衣が実に見事だ。陽の光に合わせてさまざまな色に輝く。あのようなものは見たことがない。
 リュゼーがそれに見惚れていると、それに気がついた恰幅の良い男が優しく微笑み返す。リュゼーは慌てて頭を下げ、その前を通過する。
 男の笑みから違和感を感じたが、その違和感が何なのか、この後の出来事により分かるこことなる。
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