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本編前のエピソード
雲の行き先 13 美しい国には闇がある
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「誓います」
リュゼーは真っ直ぐドロフの瞳を見つめる。
「本当だな?」
「はい」
「それならお前の本気度を試されてもらおう。大声で、本家なんかクソくらえ。とでも叫んでもらおうかな」
リュゼーは頷くと、躊躇わずに大きく息を吸う。
「よせ、冗談だ」
ドロフは慌ててリュゼーを止める。その姿を見てリュゼーは不敵に笑う。
「お前まさか、やりやがったな」
「はい。ドロフさんの教えを守りました」
ドロフも不敵に笑い返す。
「それならば教えてやろう」
ドロフは頭を掻く振りをしながら、周囲を見渡した。
「今から話をするのは、この国の女王に関する話だ。忘れろと言った意味は分かるな」
「分かりました」
おそらくこの国では禁忌として取り扱われているものなのだろう。なぜドロフがそのことを知っているのかについては謎であるが、逆説的に考えると周知の事実として知られているのかもしれない。
「この国の女王であられるグラリス・ド・メアリー様はそれはそれは素敵なお人でな、常に民のことをお考えになられて、神に祈りを捧げておられる。俺の母より年上なのだが、笑顔がとてもチャーミングで聖女のように笑われる。このように表現しては、不敬になってしまうかもしれんがな」
ドロフの笑顔から察するに禁忌として扱われないように思うのだが、違うのだろうか。
「当然ながら。そのお人柄により国民からも慕われておる。この国の民は、女王の徳により国は富み他国は恐れをなして攻め込んで来ないと教え込まれている」
他国が攻め込んで来ないなど、そんな都合の良い話はない。リチレーヌと国境を接しているのは、エルドレとハオスである。それが直接の原因だと考えれば分かりそうなものではある。
この話は女王の人柄を表す事例の一つなのであろう。
「ところがな、ほとんどの民は本気でこれを信じている」
「えっ?」
リュゼーは慌てて顔を擦る。
「顔に出ていたわけではない。誰でも、そんな上手い話があるわけないと考えるのが普通だ。ところが、お前がリチレーヌのことを知らなかった様に、リチレーヌの民も他の国のことなど知らない。誰しもがそう言っているのなら、そういうものなのだなと考えるのが人の性というもではないか?」
「確かに」
エルメウス家は仕事柄、他国の情報を良く耳にする。それがなければ、この様に考えなかっただろう。
「そのため、リチレーヌという国は国軍を持たない。女王が所有する軍隊も私兵扱いだ。反乱など滅多に起きぬが、それの鎮圧にはエルドレから兵が出される。リチレーヌには我が軍を食い止める兵力は持ち合わせていない。しかし、リチレーヌとしては誰もそれに意を唱えない。これがどういう意味か分かるか?」
元は一つの国とはいっても、今は違う国として対等な立場になっている。反乱の鎮圧といえども、独立している国が他国の兵を自国に入れるということが、どれだけ異常なのか考えれば分かる。
下手したら侵略されてしまう。
「女王は侵略されないための存在、ということですか?」
「全部とは言わないが、大体合っている。女王の徳により平和が保たれているという考え方は、あながち間違っているとは言えないかもしれないな」
理屈は分かるが、腑に落ちない。
「リチレーヌ側からすれば国防での軍事についてはそれでいいかもしれませんが、我が国にとっては負担しかないように思えますが?」
「質問に質問で返すが、肥沃な土地の少ない我が国にパンが行き届いているのはなぜだと思う?」
答えは直ぐに見つけられた。しかし、胸につかえているもやもやは晴れない。
返す言葉が無いのを感じ、ドロフは「そういうことだ」と締め括る。
「ですが、鎮圧に際し命を落とすのは我が軍の者ですよ。その対価として穀物というのは割りに合わない気がします」
リュゼーは納得しようとするが、若さがそれを拒む。
「そうだよな。親しい人が戦場に散ってしまったら、悲しまない者などいないだろう。しかし、食べ物がなければ人は生きていけない。飢えるとは本当に苦しいものだぞ。怪我や病に冒されると人は意識を失うが、飢えにより意識は失われない。頭がはっきりとしている状態で、死を迎えるのは非常に苦しいものだぞ」
リュゼーは唇を噛む。
「なんだかしっくりきません。ドルリート王の功績により原野が切り開かれたのですよね。それなのにそれを使ってこちらの負担ばかりが増えることをして、恥ずかしいとは思わないのですか?」
ボンシャの目つきが変わり、表情が厳しくなる。
「恥ずかしい?今、恥ずかしいと言ったな。それではお前は何をしたというのだ?一本でも木を切り倒したのか?一振りでも土を耕したのか?先人の功績をさも自分がしたことのように語るな。今の言葉をドルリート王が聞かれたら、嘆き悲しまれると俺は思うがな」
「ですが…」
そこまで言ってリュゼーは再び唇を噛む。
これ以上は一線を超えてしまうと、言葉を飲み込む。
「ですが何だ、それでは侵略すればいいと言いたいのか?」
「いえ、そこまでは言いません」
自分の考えを代弁するかたちとなったのに、ドロフの言葉に嫌悪感を覚えてしまう。
「そこまではということは、それに近いことは良いということだな。女王を傀儡として扱えというのか?民から愛される女王をその様に扱う国に対して、お前は忠誠を誓えるか?」
「無理です」
「そうだよな。それこそ内乱を引き起こすことになり、多くの血が流れることになる。国防とは簡単なものではないのだ」
「はい」
己の不用意な一言によりこうなることは予想できたが、人から言われることにより、漠然としたものが瞭然へとかわり、愚かな考えがリュゼーの心に深く突き刺さる。
「お前の性格上、こうなることは予想できた。リチレーヌに対して変な考えを持って欲しくなかったから話を忘れろと言った。出来るな?」
「はい。誓いましたので約束します」
「そうか。ならば良し」
そう言うと、いつものドロフに戻る。対してリュゼーは口を固く結び、眉間に皺を寄せる。
「おい、俺の教えは何だった?」
「はい、『敵に遅れをとらない』ためには自分を演じるです」
リュゼーの顔が、いつもの気の良いガキ大将然とした自信に満ちた清々しい笑顔に戻る。
「そうだ、それがお前の根っこにあるお前自身だ。それを忘れるな。これからお前は出会う人に合わせて、いくつもの仮面をかぶることになる。だが安心しろ、その根っこがぶれなければお前は何者にもなれる」
「はい」
リュゼーの顔が歳に似合わない紳士然たる顔に変わり、身のこなしもまだ不慣れだが、洗練されたもに近づいていく。
「そうだ。俺たちに求められているものは、その姿だ。こんなの本当の自分じゃないなどと考えるな。心配するな、それすらもお前なんだ。本当の自分を忘れそうになったら大切な人の前で曝け出せばいい。お前のことを大切だと思ってくれるなら、それすら愛おしいと思ってくれるはずだ。そう思ってくれないなら、そんなやつ無視すればいい」
「はい。相手が敵ならば、敵に都合の様に演じてこちらの思い通りに動かします」
「上出来だ」
ドロフが器用に手綱を操ると、馬が気持ちよさそうにブルルと鳴いた。
もう直ぐ今日の目的地に到着する。
「そうだ、女王を傀儡の様に扱えば良いと話をしたな。その様な者が本当にいたとしたら、お前はどうする?」
ドロフが不敵に笑った。
リュゼーは真っ直ぐドロフの瞳を見つめる。
「本当だな?」
「はい」
「それならお前の本気度を試されてもらおう。大声で、本家なんかクソくらえ。とでも叫んでもらおうかな」
リュゼーは頷くと、躊躇わずに大きく息を吸う。
「よせ、冗談だ」
ドロフは慌ててリュゼーを止める。その姿を見てリュゼーは不敵に笑う。
「お前まさか、やりやがったな」
「はい。ドロフさんの教えを守りました」
ドロフも不敵に笑い返す。
「それならば教えてやろう」
ドロフは頭を掻く振りをしながら、周囲を見渡した。
「今から話をするのは、この国の女王に関する話だ。忘れろと言った意味は分かるな」
「分かりました」
おそらくこの国では禁忌として取り扱われているものなのだろう。なぜドロフがそのことを知っているのかについては謎であるが、逆説的に考えると周知の事実として知られているのかもしれない。
「この国の女王であられるグラリス・ド・メアリー様はそれはそれは素敵なお人でな、常に民のことをお考えになられて、神に祈りを捧げておられる。俺の母より年上なのだが、笑顔がとてもチャーミングで聖女のように笑われる。このように表現しては、不敬になってしまうかもしれんがな」
ドロフの笑顔から察するに禁忌として扱われないように思うのだが、違うのだろうか。
「当然ながら。そのお人柄により国民からも慕われておる。この国の民は、女王の徳により国は富み他国は恐れをなして攻め込んで来ないと教え込まれている」
他国が攻め込んで来ないなど、そんな都合の良い話はない。リチレーヌと国境を接しているのは、エルドレとハオスである。それが直接の原因だと考えれば分かりそうなものではある。
この話は女王の人柄を表す事例の一つなのであろう。
「ところがな、ほとんどの民は本気でこれを信じている」
「えっ?」
リュゼーは慌てて顔を擦る。
「顔に出ていたわけではない。誰でも、そんな上手い話があるわけないと考えるのが普通だ。ところが、お前がリチレーヌのことを知らなかった様に、リチレーヌの民も他の国のことなど知らない。誰しもがそう言っているのなら、そういうものなのだなと考えるのが人の性というもではないか?」
「確かに」
エルメウス家は仕事柄、他国の情報を良く耳にする。それがなければ、この様に考えなかっただろう。
「そのため、リチレーヌという国は国軍を持たない。女王が所有する軍隊も私兵扱いだ。反乱など滅多に起きぬが、それの鎮圧にはエルドレから兵が出される。リチレーヌには我が軍を食い止める兵力は持ち合わせていない。しかし、リチレーヌとしては誰もそれに意を唱えない。これがどういう意味か分かるか?」
元は一つの国とはいっても、今は違う国として対等な立場になっている。反乱の鎮圧といえども、独立している国が他国の兵を自国に入れるということが、どれだけ異常なのか考えれば分かる。
下手したら侵略されてしまう。
「女王は侵略されないための存在、ということですか?」
「全部とは言わないが、大体合っている。女王の徳により平和が保たれているという考え方は、あながち間違っているとは言えないかもしれないな」
理屈は分かるが、腑に落ちない。
「リチレーヌ側からすれば国防での軍事についてはそれでいいかもしれませんが、我が国にとっては負担しかないように思えますが?」
「質問に質問で返すが、肥沃な土地の少ない我が国にパンが行き届いているのはなぜだと思う?」
答えは直ぐに見つけられた。しかし、胸につかえているもやもやは晴れない。
返す言葉が無いのを感じ、ドロフは「そういうことだ」と締め括る。
「ですが、鎮圧に際し命を落とすのは我が軍の者ですよ。その対価として穀物というのは割りに合わない気がします」
リュゼーは納得しようとするが、若さがそれを拒む。
「そうだよな。親しい人が戦場に散ってしまったら、悲しまない者などいないだろう。しかし、食べ物がなければ人は生きていけない。飢えるとは本当に苦しいものだぞ。怪我や病に冒されると人は意識を失うが、飢えにより意識は失われない。頭がはっきりとしている状態で、死を迎えるのは非常に苦しいものだぞ」
リュゼーは唇を噛む。
「なんだかしっくりきません。ドルリート王の功績により原野が切り開かれたのですよね。それなのにそれを使ってこちらの負担ばかりが増えることをして、恥ずかしいとは思わないのですか?」
ボンシャの目つきが変わり、表情が厳しくなる。
「恥ずかしい?今、恥ずかしいと言ったな。それではお前は何をしたというのだ?一本でも木を切り倒したのか?一振りでも土を耕したのか?先人の功績をさも自分がしたことのように語るな。今の言葉をドルリート王が聞かれたら、嘆き悲しまれると俺は思うがな」
「ですが…」
そこまで言ってリュゼーは再び唇を噛む。
これ以上は一線を超えてしまうと、言葉を飲み込む。
「ですが何だ、それでは侵略すればいいと言いたいのか?」
「いえ、そこまでは言いません」
自分の考えを代弁するかたちとなったのに、ドロフの言葉に嫌悪感を覚えてしまう。
「そこまではということは、それに近いことは良いということだな。女王を傀儡として扱えというのか?民から愛される女王をその様に扱う国に対して、お前は忠誠を誓えるか?」
「無理です」
「そうだよな。それこそ内乱を引き起こすことになり、多くの血が流れることになる。国防とは簡単なものではないのだ」
「はい」
己の不用意な一言によりこうなることは予想できたが、人から言われることにより、漠然としたものが瞭然へとかわり、愚かな考えがリュゼーの心に深く突き刺さる。
「お前の性格上、こうなることは予想できた。リチレーヌに対して変な考えを持って欲しくなかったから話を忘れろと言った。出来るな?」
「はい。誓いましたので約束します」
「そうか。ならば良し」
そう言うと、いつものドロフに戻る。対してリュゼーは口を固く結び、眉間に皺を寄せる。
「おい、俺の教えは何だった?」
「はい、『敵に遅れをとらない』ためには自分を演じるです」
リュゼーの顔が、いつもの気の良いガキ大将然とした自信に満ちた清々しい笑顔に戻る。
「そうだ、それがお前の根っこにあるお前自身だ。それを忘れるな。これからお前は出会う人に合わせて、いくつもの仮面をかぶることになる。だが安心しろ、その根っこがぶれなければお前は何者にもなれる」
「はい」
リュゼーの顔が歳に似合わない紳士然たる顔に変わり、身のこなしもまだ不慣れだが、洗練されたもに近づいていく。
「そうだ。俺たちに求められているものは、その姿だ。こんなの本当の自分じゃないなどと考えるな。心配するな、それすらもお前なんだ。本当の自分を忘れそうになったら大切な人の前で曝け出せばいい。お前のことを大切だと思ってくれるなら、それすら愛おしいと思ってくれるはずだ。そう思ってくれないなら、そんなやつ無視すればいい」
「はい。相手が敵ならば、敵に都合の様に演じてこちらの思い通りに動かします」
「上出来だ」
ドロフが器用に手綱を操ると、馬が気持ちよさそうにブルルと鳴いた。
もう直ぐ今日の目的地に到着する。
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