王国戦国物語

遠野 時松

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本編前のエピソード

兵の道 13 開かれた道

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 再び、木剣のぶつかる音がしだす。しかし先ほどより音は弱い。
 相変わらずこちらが後手後手なのは変わりないが、これなら怖くない。
 お互いの木剣が当たると同時にリュートは器用に手首を返し、相手の力を利用して腕ごと払い上げる。剣先で弧を描き、空いた脇に木剣をめり込ませる。軸足となった左膝の少し上を叩きながら、振り下ろされてきた木剣を躱すために後ろへ飛ぶ。
 十分距離を取り、相手の様子を観察する。
 痺れているのか、手に力が入っていないように見える。これで足に続いて、腕の自由も奪った。卑怯かと思うかもしれないが、力の差を武が上回ったと考えて欲しい。
 今後の未来についてボンシャに相談した時の会話が頭をよぎる。まだまだ、力の足りないところがある。これからも精進しなければならない。マルセールで感じた木剣の冷たさを賊の頭にも感じさせてやろうかなんて考えたが、やはりこれでいこう。
 リュートは上段に木剣を構える。
 剣筋がばれてとしても別に良い、素早さに長けた者が大剣を扱ったり、怪力の者が短剣を扱ったりするのは愚の骨頂。ただ真っ直ぐ剣の腕を磨いていくしかない。
 リュートは力を込めて木剣を振る。
 賊の頭と目が合う。口元が微かに笑っているのに気が付く。時の流れが急速に遅くなる。
 嵌められた。
 それに気が付いたところで、どうにもできない。振り下ろされた木剣は空を切る。
 賊の頭はリュートの腹を薙ぎ払う。
 体を横にくの字に曲げながら、リュートは自ら後ろに飛ぶ。痛みのために真っ直ぐ立つことができない。それでも耐えながら構える。
「ブラボー」
 シャルルイが手を叩きながら柵の中に入り、舞台の中心に立つ。
 リュートは必死に首を振り、力強く構える。
「途中までならお前の勝ちだ。だがこれは喧嘩だ。最後に勝てばいい。あいつらに言わせたら、「欲を掻いて負けたお前が悪い」だ」
 ボンシャの言葉で、リュートは堰を切ったようにゴホゴホと咳き込む。
「いやいや、良い劇が見られた」
 恍惚の表情をシャルルイは浮かべる。
「ウルク殿、本当にわたしが劇をやる際には、是非とも出演をして頂きたい。礼金は弾むぞ」
「いやいや」ウルクは手を振る。「酔狂なことを好む御仁ゆえ興味から付き合いましたが、劇事はこの度で十分に味わい尽くしました」
「その風貌といい言い回しといい、良いアクセントになると思うのだが、仕方ない。それに比べてあのお方はウルク殿とは違った意味で楽しませてくれる」
 シャルルイはソルダに視線を送る。
「いつまでも座っておらずに、こちらに来られてはどうです?」
 ソルダはゆっくりと立ち上がると、不自然に歩き出す。
「初めてのことで緊張しているとは申していたが、これほどとは思いもしなかったですぞ」
「頭の中では分かっているのですが、不思議と体が動いてくれないのです。あのような状態で何か話すなどは無理というもの。何から何まで初めてで、良い経験ができました」
 さっきまでずっと不機嫌な顔をしていたソルダだが、憑き物が落ちたようにすっきりとした顔をしている。
「ビーク殿の立ち振る舞いも、素晴らしかった」
 ビークは頭を下げて、礼を示す。
「民を給金で雇うなど、余程の派手好きだとお見受けする。金を貰ってこれほど良いものが見られたら、民は嬉々としてこの話を広めるでしょう」
 ビークはシャルルイと目を合わせる。
「自分のため、自分のためと仰られてますが、我が家の名誉の為にありがとうございました」
 シャルルイは笑顔で応える。
「ボンシャと言ったな、良い働きであった。名を覚えたぞ」
「ありがとうございます」
 ボンシャは子供のように顔を綻ばせる。
「いやいや、わたしの我儘からこのようなことをさせてしまい申し訳なかったが、十分楽しませて頂いた。街の住人含めて皆に感謝したい」
 待てども、リュートはシャルルイに名を呼ばれない。自分の不甲斐なさに歯を食い縛る。歯に力を込めれば込めるほど、腹がズキズキと痛む。
 再び蚊帳の外に置かれている賊の頭は、苛つきを積もらせていく。
「おい」
 ボンシャは頭の肩を掴む。
「お前はもう負けたんだ。跪かされないだけありがたいと思え」
 ボンシャは肩に置いた手を荒っぽく離す。
「お前たちをどうしようか決めている時に、あのお方が最近嵌っている『大衆演劇』というものが観たいと申してな、何から何まであのお方が決められた。言うなれば、俺たちにとってはただの暇つぶしだ。お前たちは真面目に迎え打つほどの相手では無い」
 賊の頭は、奥歯を噛む。
「さてと」
 シャルルイの言葉を受けて、ボンシャ以外の風がシャルルイの近くに整列する。
 ボンシャは賊の頭の襟元を握り、顔を近付ける。
「格の違いが分かっだろ?しょうがねえから、そんなお前に一つだけ忠告してやる。髭面は面白いやつだった。周りから頭などと呼ばれているんだったら、それなりの言動をしろよ」
 ボンシャは皆の元に歩き出し、ビークより一歩引いた位置で姿勢を正す。その横でリュートは人目も憚らず洟を啜る。
「しょうもな。賊の頭、ピンピンしてるじゃねえか」
 リュートの目が見開かれる。目から汗が溢れないように、瞬きせずに力を入れる。
 シャルルイが賊の頭に歩み寄る。
「わたしは普段、軍に勤めているのだが、我が家で預かっている者が、このたび軍に取り立てられることとなってな。まあまあ、こちらの勝手で其方たちは知らぬことだと思うが、誉な事ゆえにわたしの様な者が街の長へ手紙を届けるのが習わしでな、今はこの様な格好をしておる」
 だから何だ?と賊の頭が睨む。
 それを楽しそうにシャルルイは見返す。
「軍と風が仲良しこよしの話など…」
「おい、お前」
 シャルルイは途中で言葉を遮る。
「こんなところでこんなことして、燻っているつもりはないよな?」
 賊の頭は口を開けたまま顔を顰め、真意を探るように睨む。
「どうだ、軍に入らぬか?」
 それを聞いた途端、馬鹿にするなと賊の頭は首を小さく振り、目を見開いてシャルルイを睨みつける。
「いい具合に跳ね返っておるな、良いぞ」
 シャルルイは笑顔を見せると、真っ直ぐ目を見据える。
「おい、お前。こんなことを続けてても先は無いのは分かっておるよな?安心せよ、下のものも軍で面倒をみる。そうだ。仲間になるのを渋ってる奴の中で、お前が軍に行くと言えばついてくる奴もいるだろ?そいつらまとめて連れてこい。一つの部隊として、わたしの隊に加えてやる。こちらはお前らみたいな跳ねっ返りは大歓迎だ」
「悪くないが信用できない」
「お前たちが嫌いな風が、商で最も大事にしているのは「約束をしっかりと守る」というのは知っておろうに。わたしの隊が嫌なら他の隊を紹介してやるが、どうだ?」
 聞く限りではとても良い条件なのだが、賊の頭は首を縦に振らない。
 チッ、とボンシャの舌打ちが聞こえる。
「おいおい。もしかしての話だが、ボンシャがさっき伝えた言葉の意味が、分からぬわけでは無いであろう?」
 賊の頭は、やっとここで気が付く。視線を送ると、ボンシャは表情を無くし、ただ真っ直ぐと前を見ていた。
 憧れの場所に、勝てそうだった相手が取り立てられていく。腹の痛み以上に絶えず湧き出てくる悔しさが、リュートの胸を苦しめる。
「それに、おのれ次第でどんどんと部下を増やせられるぞ」
 賊の頭はシャルルイと一度だけ目を合わせてから、しばし考える。事の成り行きを見守る仲間の二人に目を遣り、柵の外に視線を投げる。
 それから深々と頭を下げ、右足を一歩前に出して跪く。
「これより俺たちは、貴方の隊にお世話になります」
「承知した」
 リュートは己とは違う道の歩み方で、軍に召し抱えられる者を見た。

 この日を境に、リュートは劇的に力をつけていく。
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