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本編前のエピソード
武の道 4 道
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何度かやってなんとなく理解した。首や脇、内腿といった重要な部分を突くと認められる。それに比べて胴部分は心臓の位置しか認められない。寡兵で大軍を制圧するのを目的にしているのが分かる。
仕合中に腕や膝先は何度も薙ぎ払われている、防具に守られていなければ今頃は痛くて動かせないだろう。賊との戦いならその技術だけで十分対応できる。
「次」
「はい、お願いします」
エイスロー殿は指導者としても優秀なのだろう、捌きやすいように剣を振ってくれる。隙ができるとすかさず剣が伸びてくるから、足りない箇所が直ぐ分かる。
打ち合いに慣れた今では、強者しか狙わない隙を選んで仕掛けてきてくれている。死角から剣が飛び込んでくるさまは、とても勉強になった。舞うように突かれる剣には、身を軽くするしか対処のしようがない。
「次」
「はい」
剣に頼りすぎると、今みたいにどちらかの足が餌食となる。
「お願いします」
足を踏み出すと、ガフォレ様の「これで最後だ」という声が聞こえる。
剣を上段に構え直し、とーんと地を踏み締めるように蹴る。こちらの袈裟斬りに対して、エイスロー殿は掻い潜るように右足を狙ってくる。しかし、これは囮。
剣で払うのむではなく足を引くのが正解。体は流れてしまうので、返す刀で木剣を脳天から落とす。エイスロー殿がそれを防いでいる間に立て直す。お互いに一息つく。
仕切り直し。
呼吸を整え、最後に深く息を吐く。
エイスロー殿が先に動く。
狙い所を探すように木剣は揺れ動き、こちらの動きに合わせ左胸を狙って突いてくる。それを木剣のみでいなす。これも難なく躱せるようになった。
首を狙って深く踏み込んできた突きを跳ね上げ、脇腹目掛けて木剣を払い上げたが当たる気などしない。
己の間合いまで下がったエイスロー殿に対し、両足を少しずつ動かしながら間合いを詰める。相手の動きに合わせるために、いつもより小刻みに軽快であることを意識する。中段の構えから、エイスロー殿を真似て手首のみで木剣を振るう。釣りで竿を振るう動き、言うなればそれだ。これが思いの外に走る。
そのまま腕を伸ばせば突きになるところで木剣は弾かれ、半身になったエイスロー殿に右脇を下から狙われる。流れに逆らわぬよう体を回し距離を取る。生まれた力を腕に伝え、突きを出す。
踏ん張る箇所はここ。と、足に力を入れると同時に木剣が首の横を通る。
それからゆっくりと、その冷たさが首に伝わってくる。
「何となく分かったかな?」
「はい、ありがとうございます」
木剣が首から離れてから、一旦肺の空気を全て出す。
最後は誘われた。俺は型通りの練習相手にしかならなかった。もっと頭を使え。
なぜだ?なぜあのように動いた。本当に悔しい。こんなありふれた戦い方をするやつなど、想定の範囲内なのだろう。そもそも相手に合わせずに、長剣の利点を活かして攻めた方が良かったのではないか。
賊が相手だとしたらこんな仕掛け方をしない。袈裟斬りの攻防が思いの外上手くいき、色気が出てしまったのかもしれない。己の力量を示すためにはどうしたら良かったのだ。
答えが見つからない。
「安心しろ、マルセールでは俺もエイスローには勝てぬ」
ガフォレは項垂れたままのリュートに声を掛けると、長剣を鞘から抜く。
「ありがとうございます」
リュートは渡された長剣を眺める。
見知っているはずのマルセールが、稽古後だと違う武器にさえ感じる。
刃は全体が鋭くなるように形作られていて厚みがある。突き切るのに適している。
柄は両手で持てる長さだが、片手用といったところか。
「少し、振ってみてもいいですか?」
「かまわぬよ」
重さを感じるために。手のみで軽く振る。もう一度振る。
数回、力を込めて振る。剣はヒュと音を出す。
今度は突くように腕を伸ばし、最後に手首を返す。ヒュッと風を切る音が聞こえる。
「良い音を出しよる」
ガフォレは顔を綻ばせる。「リュートといったな、覚えておくぞ。さて、家を超えての稽古は大剣が習わし」
エイスローは若き兵を呼ぶと、リュートから長剣を受け取る。
「あの者は去年、十八を超えて成人の儀を済ませると同時に俺の隊に来た」
若き兵はリュートに訓練用の木剣を手渡し、構える。
「俺の文が欲しいのだろう?それならちょうど良い相手だと思うがな」
分かりやすくて助かる。
差し出されたエイスロー殿の手に、防具をお返しする。
俺は一つのことに集中すると他が見えなくなってしまう。あいつらみたいに色々考えるのも好きじゃない。このようにふるいから落ちぬよう必死で剣を振っていれば良いというのが、一番ありがたい。
望んだものが叶わぬとしても、叶うための道は別にもあることを教えてくれる。最短なのか最長なのかは踏み出してみなければ分からない。
成人すると途端に扱いが変わる。今だけはこのように道を先人達が用意してくれている。
ありがたく、自分の選んだ道を進めば良い。
仕合中に腕や膝先は何度も薙ぎ払われている、防具に守られていなければ今頃は痛くて動かせないだろう。賊との戦いならその技術だけで十分対応できる。
「次」
「はい、お願いします」
エイスロー殿は指導者としても優秀なのだろう、捌きやすいように剣を振ってくれる。隙ができるとすかさず剣が伸びてくるから、足りない箇所が直ぐ分かる。
打ち合いに慣れた今では、強者しか狙わない隙を選んで仕掛けてきてくれている。死角から剣が飛び込んでくるさまは、とても勉強になった。舞うように突かれる剣には、身を軽くするしか対処のしようがない。
「次」
「はい」
剣に頼りすぎると、今みたいにどちらかの足が餌食となる。
「お願いします」
足を踏み出すと、ガフォレ様の「これで最後だ」という声が聞こえる。
剣を上段に構え直し、とーんと地を踏み締めるように蹴る。こちらの袈裟斬りに対して、エイスロー殿は掻い潜るように右足を狙ってくる。しかし、これは囮。
剣で払うのむではなく足を引くのが正解。体は流れてしまうので、返す刀で木剣を脳天から落とす。エイスロー殿がそれを防いでいる間に立て直す。お互いに一息つく。
仕切り直し。
呼吸を整え、最後に深く息を吐く。
エイスロー殿が先に動く。
狙い所を探すように木剣は揺れ動き、こちらの動きに合わせ左胸を狙って突いてくる。それを木剣のみでいなす。これも難なく躱せるようになった。
首を狙って深く踏み込んできた突きを跳ね上げ、脇腹目掛けて木剣を払い上げたが当たる気などしない。
己の間合いまで下がったエイスロー殿に対し、両足を少しずつ動かしながら間合いを詰める。相手の動きに合わせるために、いつもより小刻みに軽快であることを意識する。中段の構えから、エイスロー殿を真似て手首のみで木剣を振るう。釣りで竿を振るう動き、言うなればそれだ。これが思いの外に走る。
そのまま腕を伸ばせば突きになるところで木剣は弾かれ、半身になったエイスロー殿に右脇を下から狙われる。流れに逆らわぬよう体を回し距離を取る。生まれた力を腕に伝え、突きを出す。
踏ん張る箇所はここ。と、足に力を入れると同時に木剣が首の横を通る。
それからゆっくりと、その冷たさが首に伝わってくる。
「何となく分かったかな?」
「はい、ありがとうございます」
木剣が首から離れてから、一旦肺の空気を全て出す。
最後は誘われた。俺は型通りの練習相手にしかならなかった。もっと頭を使え。
なぜだ?なぜあのように動いた。本当に悔しい。こんなありふれた戦い方をするやつなど、想定の範囲内なのだろう。そもそも相手に合わせずに、長剣の利点を活かして攻めた方が良かったのではないか。
賊が相手だとしたらこんな仕掛け方をしない。袈裟斬りの攻防が思いの外上手くいき、色気が出てしまったのかもしれない。己の力量を示すためにはどうしたら良かったのだ。
答えが見つからない。
「安心しろ、マルセールでは俺もエイスローには勝てぬ」
ガフォレは項垂れたままのリュートに声を掛けると、長剣を鞘から抜く。
「ありがとうございます」
リュートは渡された長剣を眺める。
見知っているはずのマルセールが、稽古後だと違う武器にさえ感じる。
刃は全体が鋭くなるように形作られていて厚みがある。突き切るのに適している。
柄は両手で持てる長さだが、片手用といったところか。
「少し、振ってみてもいいですか?」
「かまわぬよ」
重さを感じるために。手のみで軽く振る。もう一度振る。
数回、力を込めて振る。剣はヒュと音を出す。
今度は突くように腕を伸ばし、最後に手首を返す。ヒュッと風を切る音が聞こえる。
「良い音を出しよる」
ガフォレは顔を綻ばせる。「リュートといったな、覚えておくぞ。さて、家を超えての稽古は大剣が習わし」
エイスローは若き兵を呼ぶと、リュートから長剣を受け取る。
「あの者は去年、十八を超えて成人の儀を済ませると同時に俺の隊に来た」
若き兵はリュートに訓練用の木剣を手渡し、構える。
「俺の文が欲しいのだろう?それならちょうど良い相手だと思うがな」
分かりやすくて助かる。
差し出されたエイスロー殿の手に、防具をお返しする。
俺は一つのことに集中すると他が見えなくなってしまう。あいつらみたいに色々考えるのも好きじゃない。このようにふるいから落ちぬよう必死で剣を振っていれば良いというのが、一番ありがたい。
望んだものが叶わぬとしても、叶うための道は別にもあることを教えてくれる。最短なのか最長なのかは踏み出してみなければ分からない。
成人すると途端に扱いが変わる。今だけはこのように道を先人達が用意してくれている。
ありがたく、自分の選んだ道を進めば良い。
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