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本編前のエピソード
未来の将達 5 赤き炎、白き炎、青き炎
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「頼んだぞ」
「そっちこそヘマしてやられるんじゃねえぞ」
憎まれ口を叩くリュートが動き出してから少し間を置き、ファトストもイノを引き摺り始める。
力あるリュートは進む先が坂上であるにも関わらず、グングンとイノを引き摺っていく。それに対し、森の奥の方へ引いていくファトストの速度は遅い。しかも生えている草が邪魔なのか、足元は覚束ない。そうなれば当然として狙われるのはファトストの方だ。
マクベは迷う事なくファトストの方に近付いていく。
「そうだ、こっちに来い」
ファトストはリュゼーの陽動により知り得たマクベの臨界距離が近付くとイノを引くのをやめ、立ちはだかるようにイノとマクベの間に位置し迫り来る相手を見据える。
次に大声を出し威嚇をするように体を大きく揺すが、マクベの視線はそれを無視するかのうようにイノに向けられている。
「だよな。食べたくてしょうがねえよな」
ファトストの口が僅かに歪む。
その後も続くファトストの威嚇に対してマクベは立ち止まらずに、尚も前進を続ける。
堂々としていて威圧的な態度は、この森の主たる存在だと自負していることが窺える。それもそのはず、森の狩人たるロウさえも退けるのだから、牙を剥く獣はいないのであろう。
「俺って弱そうだもんな」
ファトストが他のマクベであったりロウであったのなら考えられない行動であり、リュゼーの陽動により三人が自らを危険に貶める存在ではないと誤認させた証でもある。
ファトストの目が鋭くなる。
「かかったな」
ファトストの表情が、先程見せた険しい顔に変わる。
ファトストはマクベをギリギリまで引き付けた後、イノを残してその場から離れる。
マクベはイノを越えて、尚もファトストを追い払う。
ある程度進んだところで立ち止まり、一度だけ唸り声を上げるとゆっくりとイノの方へと戻っていく。
ファトストはその後ろ姿を睨みつける。
オソ爺の仇がそこにいる。
抑え込んでいた憎悪に胸が焼き尽くされそうになる。それを唇を強く噛み、自制する。
ファトストは目を瞑り下を向く。
その時間はいつもより長い。
「何を勝ち誇っている?」
ファトストの目に蒼き炎が宿る。
「己の力を過信し、思い上がった愚かものよ。その身をもって知るがいい」
ファトストは鋭い目をマクベに向ける。
「窪地は死地だ」
ファトストはゆっくりと手を挙げる。
それを合図に風を切り裂く音が聞こえる。
次の瞬間、強奪した獲物を食そうとイノを押し付けたマクベの肩口に矢が突き刺さる。
鈍い呻き声と共にマクベは顔を上げる。
間を置かずに小高い崖の上から放たれた矢がマクベの左脇腹に刺さる。
マクベは再び呻き声を上げ、身を捻じなせながら矢が飛んできた方向に顔を向ける。すぐさまその頭目掛けて矢が射られる。矢は骨に弾かれ、地に刺さる。
突然の反撃によりマクベは慌てふためく。反撃をしようにも射手は小高い崖に位置しているため、為す術はない。
崖を登ろうとするマクベに新たな矢が突き刺さる。マクベが首を振ると新たな矢を番えているファトストの姿が瞳に映る。
「リュート、ありったけを撃ち込め」
「分かってるよ」
同時に放たれた矢がマクベの体に突き刺さる。
「リュゼー行ったぞ」
「見えてるよ」
来た道の方へ逃げ出したマクベの右の後ろ脚に矢が刺さる。
「リュート、次」
「おう」
リュートは崖から飛び降りる。
「リュゼー、逃すなよ」
「逃すかよ」
リュゼーは木々の間から飛び出すと、矢が刺さったまま逃げ続けるマクベの先を横切るように通過し、左の後ろ脚を射る。
両脚を射抜かれたマクベは急速に動きを鈍らせる。しかし、動きを止めるまでには及ばず、退路を塞ぐリュゼーを追い払おうと立ち上がって右手を挙げ威嚇する。
「やはり長弓が欲しかったな」
リュゼーは愚痴をこぼすと、いともたやすく掌球を射抜く。「騙してごめんな。実はこの中で、一番弓が上手いのは俺なんだ」
マクベは反撃を試みるが、直ぐにリュゼーに距離を取られてしまい吠え立てるだけになってしまう。
「おいおい、そんなに怒るなって。それともなにか?俺達もイノを狩るじゃないかって言いたいのか?」
リュゼーは、距離を詰めて襲い掛かろうと地におろされたマクベの左手を射抜く。「生きるためにオソ爺のシップを食ったんなら百歩譲って我慢する。でも、お前のやったことは違うよな?力を使って人の物を奪うってことは、ご自慢の力を他のやつに使われても文句は言えねえってことだぜ」
柔らかな口調であるが飄々とした雰囲気はそこになく、氷のように冷たい視線が向けられている。
リュゼーは、動くのを止めたマクベに近付く男に視線を移す。
「おい」
ドスの利いたリュートの声が響く。
「今日は三対一なのにファトストの策も使った。俺はそれが気に入らない。お前もそうだよな?」
マクベは今日一番の唸り声を上げる。
「やっぱりそう思うよな。たが、考えてもみろよ。俺の武人としての名声が高まれば高まるほど、三人がかりでやっと倒したお前の名も上がるってもんだろ?」
リュートの赤く燃え上がる気に反応するように、マクベは牙を剥く。
「約束する。俺はこの世で最高の武人になる。お前はそれを楽しみにあの世で待ってろ」
言い終わると同時に、渾身の大鎚が振り下ろされた。
ファトストは静かに目を閉じる。
「終わったな」
「ああ」
リュートとリュゼーは顔を見合わせる。
「こいつの一番の敗因は怒らせちゃいけないやつを怒らせたってことだよな」
リュゼーは覚束無い足元でイノを引きずる男を見る。
「ああ、味方にしたら心強いが、敵に回すと厄介なやつのな」
リュートも同じく生真面目な顔が似合わない男を見る。
「おい、リュート。話すのが終わったら崖近くに残してあるイノを取りに行ってくれよ」
「ああ、直ぐ行くよ。それより上手くいって良かったな」
リュートはファトストを労う。
「相手が獣だったから上手くいっただけで、人間だったらこう上手くいかなかっただろう」
「褒めたんだから素直に喜べよ」
リュートは笑う。「相手が人間だったらまた違う策を捻り出してたんだろうけれどな」
ファトストは苦笑いを浮かべる。
「でもよ、結果としてイノ二頭にマクベ一頭なんて、思ってもみない戦果だよな」
リュゼーの表情はいつもの飄々としたものに戻っていた。
「どうやって運び出すかの問題は増えたけれどな」
ファトストは生真面目に答える。
三人がどうするか相談をしていると、遠くから蹄の音が聞こえてくる。
「そっちこそヘマしてやられるんじゃねえぞ」
憎まれ口を叩くリュートが動き出してから少し間を置き、ファトストもイノを引き摺り始める。
力あるリュートは進む先が坂上であるにも関わらず、グングンとイノを引き摺っていく。それに対し、森の奥の方へ引いていくファトストの速度は遅い。しかも生えている草が邪魔なのか、足元は覚束ない。そうなれば当然として狙われるのはファトストの方だ。
マクベは迷う事なくファトストの方に近付いていく。
「そうだ、こっちに来い」
ファトストはリュゼーの陽動により知り得たマクベの臨界距離が近付くとイノを引くのをやめ、立ちはだかるようにイノとマクベの間に位置し迫り来る相手を見据える。
次に大声を出し威嚇をするように体を大きく揺すが、マクベの視線はそれを無視するかのうようにイノに向けられている。
「だよな。食べたくてしょうがねえよな」
ファトストの口が僅かに歪む。
その後も続くファトストの威嚇に対してマクベは立ち止まらずに、尚も前進を続ける。
堂々としていて威圧的な態度は、この森の主たる存在だと自負していることが窺える。それもそのはず、森の狩人たるロウさえも退けるのだから、牙を剥く獣はいないのであろう。
「俺って弱そうだもんな」
ファトストが他のマクベであったりロウであったのなら考えられない行動であり、リュゼーの陽動により三人が自らを危険に貶める存在ではないと誤認させた証でもある。
ファトストの目が鋭くなる。
「かかったな」
ファトストの表情が、先程見せた険しい顔に変わる。
ファトストはマクベをギリギリまで引き付けた後、イノを残してその場から離れる。
マクベはイノを越えて、尚もファトストを追い払う。
ある程度進んだところで立ち止まり、一度だけ唸り声を上げるとゆっくりとイノの方へと戻っていく。
ファトストはその後ろ姿を睨みつける。
オソ爺の仇がそこにいる。
抑え込んでいた憎悪に胸が焼き尽くされそうになる。それを唇を強く噛み、自制する。
ファトストは目を瞑り下を向く。
その時間はいつもより長い。
「何を勝ち誇っている?」
ファトストの目に蒼き炎が宿る。
「己の力を過信し、思い上がった愚かものよ。その身をもって知るがいい」
ファトストは鋭い目をマクベに向ける。
「窪地は死地だ」
ファトストはゆっくりと手を挙げる。
それを合図に風を切り裂く音が聞こえる。
次の瞬間、強奪した獲物を食そうとイノを押し付けたマクベの肩口に矢が突き刺さる。
鈍い呻き声と共にマクベは顔を上げる。
間を置かずに小高い崖の上から放たれた矢がマクベの左脇腹に刺さる。
マクベは再び呻き声を上げ、身を捻じなせながら矢が飛んできた方向に顔を向ける。すぐさまその頭目掛けて矢が射られる。矢は骨に弾かれ、地に刺さる。
突然の反撃によりマクベは慌てふためく。反撃をしようにも射手は小高い崖に位置しているため、為す術はない。
崖を登ろうとするマクベに新たな矢が突き刺さる。マクベが首を振ると新たな矢を番えているファトストの姿が瞳に映る。
「リュート、ありったけを撃ち込め」
「分かってるよ」
同時に放たれた矢がマクベの体に突き刺さる。
「リュゼー行ったぞ」
「見えてるよ」
来た道の方へ逃げ出したマクベの右の後ろ脚に矢が刺さる。
「リュート、次」
「おう」
リュートは崖から飛び降りる。
「リュゼー、逃すなよ」
「逃すかよ」
リュゼーは木々の間から飛び出すと、矢が刺さったまま逃げ続けるマクベの先を横切るように通過し、左の後ろ脚を射る。
両脚を射抜かれたマクベは急速に動きを鈍らせる。しかし、動きを止めるまでには及ばず、退路を塞ぐリュゼーを追い払おうと立ち上がって右手を挙げ威嚇する。
「やはり長弓が欲しかったな」
リュゼーは愚痴をこぼすと、いともたやすく掌球を射抜く。「騙してごめんな。実はこの中で、一番弓が上手いのは俺なんだ」
マクベは反撃を試みるが、直ぐにリュゼーに距離を取られてしまい吠え立てるだけになってしまう。
「おいおい、そんなに怒るなって。それともなにか?俺達もイノを狩るじゃないかって言いたいのか?」
リュゼーは、距離を詰めて襲い掛かろうと地におろされたマクベの左手を射抜く。「生きるためにオソ爺のシップを食ったんなら百歩譲って我慢する。でも、お前のやったことは違うよな?力を使って人の物を奪うってことは、ご自慢の力を他のやつに使われても文句は言えねえってことだぜ」
柔らかな口調であるが飄々とした雰囲気はそこになく、氷のように冷たい視線が向けられている。
リュゼーは、動くのを止めたマクベに近付く男に視線を移す。
「おい」
ドスの利いたリュートの声が響く。
「今日は三対一なのにファトストの策も使った。俺はそれが気に入らない。お前もそうだよな?」
マクベは今日一番の唸り声を上げる。
「やっぱりそう思うよな。たが、考えてもみろよ。俺の武人としての名声が高まれば高まるほど、三人がかりでやっと倒したお前の名も上がるってもんだろ?」
リュートの赤く燃え上がる気に反応するように、マクベは牙を剥く。
「約束する。俺はこの世で最高の武人になる。お前はそれを楽しみにあの世で待ってろ」
言い終わると同時に、渾身の大鎚が振り下ろされた。
ファトストは静かに目を閉じる。
「終わったな」
「ああ」
リュートとリュゼーは顔を見合わせる。
「こいつの一番の敗因は怒らせちゃいけないやつを怒らせたってことだよな」
リュゼーは覚束無い足元でイノを引きずる男を見る。
「ああ、味方にしたら心強いが、敵に回すと厄介なやつのな」
リュートも同じく生真面目な顔が似合わない男を見る。
「おい、リュート。話すのが終わったら崖近くに残してあるイノを取りに行ってくれよ」
「ああ、直ぐ行くよ。それより上手くいって良かったな」
リュートはファトストを労う。
「相手が獣だったから上手くいっただけで、人間だったらこう上手くいかなかっただろう」
「褒めたんだから素直に喜べよ」
リュートは笑う。「相手が人間だったらまた違う策を捻り出してたんだろうけれどな」
ファトストは苦笑いを浮かべる。
「でもよ、結果としてイノ二頭にマクベ一頭なんて、思ってもみない戦果だよな」
リュゼーの表情はいつもの飄々としたものに戻っていた。
「どうやって運び出すかの問題は増えたけれどな」
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