王国戦国物語

遠野 時松

文字の大きさ
上 下
33 / 92
本編前のエピソード

未来の将達 2 マクベ襲来

しおりを挟む
「嫌な音だ」
 耳の良いリュゼーが顔を顰める。「群れじゃない、一頭。しかもデカい」
 それを聞いた他の二人は目を見合わせる。
 ロウは群れで狩りをする。単独で狩りをする場合があるが体躯はそれほど大きくない。この山にもロウ以外の肉食獣は数多くいるが、そのほとんどはさして危険ではない。人里近いこの場所でリュゼーの眉根を寄せる存在といえば一つしかない。三人は共通の獣を思い浮かべる。
「マクベか?」
「多分な」
 リュートの問いにリュゼーは静かに答える。
 それを聞いたファトストが顔を歪めると、答え合わせのように音がする方から黒い塊が姿を現す。
「おいリュート、俺が思ったよりデカぞ」
「あぁ、その辺のマクベより一回りも二回りもでっかい体をしてやがる」
「お前らってやつは、全く」
 釣り上げた魚の大きさを語っているかのように、危機感の薄い二人にファトストは苦笑いを浮かべる。
 マクベは雑食のため魚や肉も食べるが、狩りが下手なため基本的に木の実などを主食としている。しかし、巨体で力は強く鋭い爪を有しているために、出会した時の危険度は高い。
「何だあいつ?こっちに向かってくるけれど、お散歩か?」
「さあな」
 巨体ゆえに直線での速度はかなり出るが、木々の間を走るとなると俊敏性に欠けるためあまり早く走れない。まだ距離が離れているというのもあるが、山間部の移動になれた二人にとってそこまでの脅威が感じられないのはそこに理由がある。
「そんな訳ないだろ」
 しかし、ファトストは違う。「俺達の方に向かってくるっていうのは、何かしらの理由があるはずだ。先ずは相手の出方をみよう」
 そう言うとファトストは威嚇のために矢を射る。しかしマクベは目の前に刺さる矢に気が付かぬかのように、三人の方へゆっくりと歩みを続ける。
「これは決まりだな。肉の味を覚えちまった個体だ」
 ファトストが二人を見る。
「あぁ、俺の手柄を横取りしようとしてやがる」
「俺達の、な。…ん?」
 リュゼーは目を少し細め、マクベをじっと見つめる。「おい、見てみろよあいつの耳」
 マクベの左の耳が矢で射抜かれたように欠けている。よく見ると背中に薄らと白い毛が混じっている。
「リュート、あいつオソ爺のシップ襲ったやつじゃねえか?」
「ああ、間違いねぇ。あいつだ」
 リュートとリュゼーの雰囲気が変わる。
 村ではマクベによる家畜や畑を荒らされる被害が起きている。リュートの遠縁にあたるオソもその被害にあった一人である。ほとんどのシップはマクベの手にかけられてしまったのだが、食べられたのはその内の数頭だけだったのである。愛する家畜を失ったオソは元気を無くし、床に臥せがちとなってしまった。
「許せねよな、あいつ」
「ああ、許せねえ」
「どんだけオソ爺がシップのことを可愛がってたと思ってんだ」
「おう。俺も水の一環でオソ爺のシップの毛刈りを何度もやったから、その気持ちはわかるぜ」
「やるか?」
「おう、それ以外にあるか?」
 リュートとリュゼーは顔を見合わせて頷きあう。
「ちょっと待ってって」
 ファトストは慌てて二人を宥める。
 ここで状況が少しだけ変わる。マクベが動きを止めたのだ。
 二人の殺気を感じたためか、逃げ出さない三人の様子を窺うためなのか。どちらにせよ三人にとって時間の余裕が生まれた。
「何言ってんだよ、冷静に考えてみろよ。ここには剣も矛も無い。イノ狩りだからって短弓しか持ってきてない。威力のある長弓じゃなければ、あいつに致命傷なんて与えられないんだぞ。悔しいけれど、この状況じゃ退く以外に選択肢は無いんだよ」
「そんなことは十分に分かってるよ。それじゃあオソ爺の仇は誰が晴らすんだ?お前は悔しく無いのか?」
「オソ爺は爺さまの従兄弟だし、俺だってオソ爺のことが好きだから悔しいよ。お前と同じく、仇を討ちたいと思っている。でも、今じゃ無いんだ。リュート、分かってくれよ」
 ファトストはリュゼーの肩に手を置く。「おい、リュゼー。お前も考え直せって」
 リュゼーはファトストの手を握ると、肩からそっと手を除けた。
「ファトスト、それは無理ってもんだよ。俺たちは決めちまったんだ」
「おいリュゼー、いつものお前はどこにいったんだよ」
「俺はいつもと変わらないぜ」
 リュゼーはいつものように、飄々と笑って答える。「お前も考えてみろって。あいつは臆病で狡賢い。耳を撃ち抜かれてからは、何度も村人総出で探しても見つからなかったのに、そいつが目の前にいるんだぜ。どうすればいいと思う?」
 ファトストはため息を吐く。
「たまにお前が分からなくなるよ」
「俺は思いついたままに行動してるだけだからな」
 リュゼーは白い歯を見せる。
 飄々としているかと思えば、核心を突いたりする。しかし、確かに言えることは、こうと決めたら動かない頑固者ということだ。
「それもそうだけどよ」
 リュートは二人の話に割って入り、そのまま捲し立てる。「あいつは大人達がいる時にはびびって隠れてるのに、俺達の前に姿を現した。それって俺達が舐められてるってことだろ?そんなの我慢ならねえ。それにみろよあいつの手慣れた態度。ああやっていつもロウの獲物を横取りしてるんだろうな。そんなの許せると思うか?」
 再びファトストはため息を吐く。
「お前達の考えは分かったよ。でもどうやってあいつを倒すんだよ」
 リュートとリュゼーはお互いに目を合わせてから、ファトストの方を向く。
 そして、二人同時に口を開く。
「それはお前が考えるんだろ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

処理中です...