道具屋探偵ファンタジア ~古道具を売りに行ったら探偵の助手として雇われました~

荒久(あららく)

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第2章 開かない箱

45 エピローグ④ 秘密

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 舞台を観終わった後、俺たちはいったん道具屋へ戻ることになった。マルヴォー一座は片付けを終えたら、次の街へと旅立って行くそうだ。

「すごく良かったぁ~……」

 グラディスは舞台が終わってからも泣きどおしで、目を真っ赤にしていた。
 イルミナさんが出してくれた紅茶とパメラが持ってきてくれたジンジャークッキーをアンティークテーブルに置いて、俺たちは舞台の余韻にひたっていた。

「そんな顔で明日どうするの? いい加減泣き止まなきゃ」

 パメラがグラディスの背中をさする。

「わかってるけど、寂しくて……。ミシェルさん、結局ジークさんにはもう会わないのかな……」

 ぽつりとつぶやくグラディスに、エミルがジンジャークッキーに手を伸ばしながら言った。

「ま、ミシェルさんは才能に溢れたひとですから、宮廷歌人の夢もそう遠くはないでしょう。そうすれば今度こそジークさんに会いに行くんじゃないですか」

 俺は、舞台を観ながら考えたことは、誰にも言わずに胸にしまっておくことにした。それがジークさんの願いだと思うから……。もしミシェルさんが女性だったら、また違った結果になっていたのかもしれない。



 お茶を飲み終わったグラディスとパメラは「それじゃあまた」と言って道具屋を出て行った。賑やかな女性陣がいなくなった道具屋は、静けさがいや増して感じる。

 しんと静まり返った道具屋で、二人が出て行った扉を見つめながら、俺は拳をぎゅっと握りしめた。


 言わなきゃ。
 道具屋のバイトを辞めるって。


 もう嫌なんだ。
 ノエルを助けるためとはいえ、罪を犯してもいない人を問いつめたり追いつめたりして傷つけるのは。
 パメラの時もジークさんの時も、たまたま相手が寛容だっただけだ。
 エミルのような強引なやり方を続ければ、相手を傷つけるだけ傷つけて終わる時がきっと来る。
 それを分かっていながらエミルを手伝うことは、俺には出来ない。

「エミル、俺、話があるんだけど……」
「ちょうど良かった。僕もエドガーさんに話があるんです」

 はぁ……。言いにくいけど、はっきりと伝えなきゃ。
 俺は顔を上げずに、のろのろとエミルの方へ振り向いた。

「その……。言いにくいんだけどさ。俺、道具屋を辞め……」

 思い切って顔を上げた時。
 あるはずのない光景に、俺は一瞬、言葉を失った。

「ノ、ノエル……?」

 ノエルがエミルの背中にしがみついて、きょとんとした顔で俺を見上げていた。

「い、いつから、いたの……?」
「エドガーさん。ノエルはずっとここにいました」
「ず、ずっと……? い、いや、だって……」

 ずっとって……。グラディスたちがここでしゃべっていた時には、まだノエルの姿はなかった。
 それに、あれだけノエルに会いたがっていたグラディスが、ノエルを見過ごすわけがない。
 エミルが座っているアンティークテーブルは、道具屋の奥、カウンターとは反対側だ。
 グラディスたちが帰った後にノエルが居住スペースから出てきたとしても、俺の近くを通らなきゃテーブルまでたどり着けない。
 それなのに俺はまったく気づかなかったし、扉が開いた音もしなかった……。

「ちょっとエミル。エドガー君をイジメるのはやめてあげなさいな」

 横から助け舟を出したのは、カウンターで頬杖をついていたイルミナさんだった。

「イ、イルミナさん。どういうことですか、これ……。て、手品とか……? あっ、テーブルの下に隠れてたとか?」
「ねえ、エドガー君。この道具屋へ初めて来た日のこと、覚えてる?」
「お、覚えてますよ。たった二、三か月前のことじゃないですか……」

 俺が生活費に困って、この道具屋レイツェルに古着や古本を売りに来て……。

「俺が古着やなんかを売りに来て、それでイルミナさんが査定してくれて……」
「それから?」
「そ、それから、エミルとノエルがカウンターの奥の扉から顔を出して……。それでイルミナさんが、あらあなた、って……。子ども好きなのって言って……」

 イルミナさんが俺にいたずらっぽい顔を向けて言う。

「あら、あなた……」

 それから、実に楽しそうな顔でふふっと笑った。

「二人見えるの?」
「……は?」



 今なんて言った?


 ……?



「って言いそうになったんだけどねぇ。エミルに足を蹴飛ばされて慌てて言い直したの。子ども好きなの?って」
「イルミナ姉さんこそ、エドガーさんを虐めるのやめたらどうですか」

 涼しい声が聞こえて俺はエミルを振り返った。

「エ、エミル、これいったい、どういう……」
「ノエルは人には見えません」

 エミルはノエルのふわふわの金髪をなでながら、とんでもないことをさらりと言ってのけた。
 人をからかう時の顔じゃない。キシュヴァルドでの夜、ノエルの話をしていた時の、あの怖いくらい真剣な顔だ。

「な、何言ってるんだよ、そ、そこにいるじゃないか……」
「そうです。ノエルはずっと僕のそばにいました。グラディスさんたちがいる間も、ずっと僕の背中に」

 ふいに、グラディスの言葉が脳裏をよぎった。

 ――ねえエミル。ノエルちゃんは今日も休んでるの?
 ――今日は会えると思ったのにな。

「う、嘘、だろ……」
「ノエルを見ることが出来るのは僕とイルミナ姉さんだけの筈でした。……あなたがここに来るまでは」

 エミルは椅子から立ち上がると、俺の目をまっすぐに射た。

「エドガーさん、あなたはいったい何者なんですか?」
「た、ただの、貧乏学生ですけど……」

 俺はそう答えるだけで精一杯だったんだ――。
 





(※時間を置いてもう少し続きます)
 
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感想 1

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みんなの感想(1件)

明智風龍
2020.05.14 明智風龍

まだ全部読みきれてませんが、久しぶりに読みやすい・読んでて頭にスッと内容が入ってくる小説に出会いました!

2020.05.14 荒久(あららく)

じおさん、感想ありがとうございます!
読みやすい文章を心がけているのでそう言って頂けて嬉しいです。ただ後半になるにつれ少し雑になってくるかも…^^;
最後までお楽しみ頂けましたら嬉しいです。

解除

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