86 / 86
第2章 開かない箱
45 エピローグ④ 秘密
しおりを挟む舞台を観終わった後、俺たちはいったん道具屋へ戻ることになった。マルヴォー一座は片付けを終えたら、次の街へと旅立って行くそうだ。
「すごく良かったぁ~……」
グラディスは舞台が終わってからも泣きどおしで、目を真っ赤にしていた。
イルミナさんが出してくれた紅茶とパメラが持ってきてくれたジンジャークッキーをアンティークテーブルに置いて、俺たちは舞台の余韻にひたっていた。
「そんな顔で明日どうするの? いい加減泣き止まなきゃ」
パメラがグラディスの背中をさする。
「わかってるけど、寂しくて……。ミシェルさん、結局ジークさんにはもう会わないのかな……」
ぽつりとつぶやくグラディスに、エミルがジンジャークッキーに手を伸ばしながら言った。
「ま、ミシェルさんは才能に溢れたひとですから、宮廷歌人の夢もそう遠くはないでしょう。そうすれば今度こそジークさんに会いに行くんじゃないですか」
俺は、舞台を観ながら考えたことは、誰にも言わずに胸にしまっておくことにした。それがジークさんの願いだと思うから……。もしミシェルさんが女性だったら、また違った結果になっていたのかもしれない。
お茶を飲み終わったグラディスとパメラは「それじゃあまた」と言って道具屋を出て行った。賑やかな女性陣がいなくなった道具屋は、静けさがいや増して感じる。
しんと静まり返った道具屋で、二人が出て行った扉を見つめながら、俺は拳をぎゅっと握りしめた。
言わなきゃ。
道具屋のバイトを辞めるって。
もう嫌なんだ。
ノエルを助けるためとはいえ、罪を犯してもいない人を問いつめたり追いつめたりして傷つけるのは。
パメラの時もジークさんの時も、たまたま相手が寛容だっただけだ。
エミルのような強引なやり方を続ければ、相手を傷つけるだけ傷つけて終わる時がきっと来る。
それを分かっていながらエミルを手伝うことは、俺には出来ない。
「エミル、俺、話があるんだけど……」
「ちょうど良かった。僕もエドガーさんに話があるんです」
はぁ……。言いにくいけど、はっきりと伝えなきゃ。
俺は顔を上げずに、のろのろとエミルの方へ振り向いた。
「その……。言いにくいんだけどさ。俺、道具屋を辞め……」
思い切って顔を上げた時。
あるはずのない光景に、俺は一瞬、言葉を失った。
「ノ、ノエル……?」
ノエルがエミルの背中にしがみついて、きょとんとした顔で俺を見上げていた。
「い、いつから、いたの……?」
「エドガーさん。ノエルはずっとここにいました」
「ず、ずっと……? い、いや、だって……」
ずっとって……。グラディスたちがここでしゃべっていた時には、まだノエルの姿はなかった。
それに、あれだけノエルに会いたがっていたグラディスが、ノエルを見過ごすわけがない。
エミルが座っているアンティークテーブルは、道具屋の奥、カウンターとは反対側だ。
グラディスたちが帰った後にノエルが居住スペースから出てきたとしても、俺の近くを通らなきゃテーブルまでたどり着けない。
それなのに俺はまったく気づかなかったし、扉が開いた音もしなかった……。
「ちょっとエミル。エドガー君をイジメるのはやめてあげなさいな」
横から助け舟を出したのは、カウンターで頬杖をついていたイルミナさんだった。
「イ、イルミナさん。どういうことですか、これ……。て、手品とか……? あっ、テーブルの下に隠れてたとか?」
「ねえ、エドガー君。この道具屋へ初めて来た日のこと、覚えてる?」
「お、覚えてますよ。たった二、三か月前のことじゃないですか……」
俺が生活費に困って、この道具屋レイツェルに古着や古本を売りに来て……。
「俺が古着やなんかを売りに来て、それでイルミナさんが査定してくれて……」
「それから?」
「そ、それから、エミルとノエルがカウンターの奥の扉から顔を出して……。それでイルミナさんが、あらあなた、って……。子ども好きなのって言って……」
イルミナさんが俺にいたずらっぽい顔を向けて言う。
「あら、あなた……」
それから、実に楽しそうな顔でふふっと笑った。
「二人見えるの?」
「……は?」
今なんて言った?
二人見える……?
「って言いそうになったんだけどねぇ。エミルに足を蹴飛ばされて慌てて言い直したの。子ども好きなの?って」
「イルミナ姉さんこそ、エドガーさんを虐めるのやめたらどうですか」
涼しい声が聞こえて俺はエミルを振り返った。
「エ、エミル、これいったい、どういう……」
「ノエルは人には見えません」
エミルはノエルのふわふわの金髪をなでながら、とんでもないことをさらりと言ってのけた。
人をからかう時の顔じゃない。キシュヴァルドでの夜、ノエルの話をしていた時の、あの怖いくらい真剣な顔だ。
「な、何言ってるんだよ、そ、そこにいるじゃないか……」
「そうです。ノエルはずっと僕のそばにいました。グラディスさんたちがいる間も、ずっと僕の背中に」
ふいに、グラディスの言葉が脳裏をよぎった。
――ねえエミル。ノエルちゃんは今日も休んでるの?
――今日は会えると思ったのにな。
「う、嘘、だろ……」
「ノエルを見ることが出来るのは僕とイルミナ姉さんだけの筈でした。……あなたがここに来るまでは」
エミルは椅子から立ち上がると、俺の目をまっすぐに射た。
「エドガーさん、あなたはいったい何者なんですか?」
「た、ただの、貧乏学生ですけど……」
俺はそう答えるだけで精一杯だったんだ――。
(※時間を置いてもう少し続きます)
0
お気に入りに追加
9
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !
本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。
主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。
その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。
そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。
主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。
ハーレム要素はしばらくありません。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

ゴブリン戦記
木下寅丸
ファンタジー
これは復讐の物語。
あることがきっかけで、3人のゴブリンは人間の少年を育てることになる。
育てることになった少年は、少々感情の乏しい子ではあったが、3人は大事に育てた。
心を開いたのか、徐々に笑うことが多くなった少年。そんな時に住んでいるゴブリンの村が、勇者一行の襲撃を受ける。
そこで、育て親であるゴブリン達が死んでしまう。ボロボロになりながら、ひたすら西へ逃げる少年は、心に復讐を誓った。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
インフィニティ~私の師匠は世界最強の魔法使いです!~
白井銀歌
ファンタジー
主人公のメイ・マリネールは魔法学校の劣等生。
ある日、彼女にインフィニティという特殊能力があることが判明し、校長の薦めで世界最強の魔法使いに弟子入りすることになった。
普段は少々だらしないが、ここぞという時にはイケメンな師匠のジュリアス・フェンサーに弟子として大切にされるメイ。
さらには超美形の王子様にも気に入られて、平凡だったメイの日々は大きく変わっていく……
彼女は立派な魔法使いになれるのか!?
2021年3月5日追記:完結しました!ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
まだ全部読みきれてませんが、久しぶりに読みやすい・読んでて頭にスッと内容が入ってくる小説に出会いました!
じおさん、感想ありがとうございます!
読みやすい文章を心がけているのでそう言って頂けて嬉しいです。ただ後半になるにつれ少し雑になってくるかも…^^;
最後までお楽しみ頂けましたら嬉しいです。