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第2章 開かない箱
44 エピローグ③ 真実
しおりを挟むそれから数日後、俺たちはミシェルさんに招待されてマルヴォー一座の最終公演を観に行った。
公演に行くのは俺とエミルとグラディスとパメラ。
イルミナさんも招待されたけど「ノエルは私が見ててあげるからエミル、行ってらっしゃいな」とのことで、道具屋で留守番をしている。イーデンには「行きたいけど忙しいから」と断られてしまった。
「へえ、ここが円形劇場か……」
円形劇場は浅いすり鉢状になっていた。もう半年くらいこの城下町に住んでいるけど、円形劇場に来たのは初めてだ。舞台がよく見渡せそうな席に、四人並んで座る。
「どうしたのよ、グラディス。暗い顔して」
パメラに声を掛けられたグラディスが大きなため息をついた。
「だってミシェルさんの公演、今日が最後なんだもん。それに、せっかく二人が会えると思ったのにぃ……」
二人というのはジークさんとミシェルさんのことだ。
ジークさんの鼻歌を聞いたミシェルさんは、ジークさんに会いに行くことはやめて、もう一度初心に戻って宮廷歌人を目指す事にしたらしい。
「あの箱さえ開けなかったら、会えてたのに……」
「仕方ないでしょ。本人が決めたことなんだから」
やっぱりあの箱は「呪い」なんかじゃなかった。
ジークさんは最初から最後まで、ずーっとミシェルさんの背中を押していたんだ。
パメラが言ったように、ミシェルさんが箱を壊して中身を取り出す可能性もあった。
ミシェルさんが夢に挫けそうになった時、開かない箱を手に取って初心を思い出すように。そしてミシェルさんが箱を壊した場合も、当時誓った夢を思い出せるように……。
「始まる前から泣いててどうするのよ。ほら、拭いてあげるからこっち向いて」
「うん……」
パメラがグラディスの涙をぬぐい終わった頃、舞台が始まった。
歌、踊り、道化師、火吹き男……。あ、火吹き男は、馬車を覗き込んでいた俺を怒鳴った人だ。
出し物が次々に披露され、ついに大トリの劇が始まった。
劇はよくある悲恋の物語だった。隣り合った国の王子と王女が、戦争のために引き裂かれる話。
俺はこういう恋愛ものは興味ないんだけど、お互いを想い合う王子と王女がジークさんとミシェルさんに重なって見えて、胸が締め付けられた。
王子は手紙を鳥に託し、ミシェルさん演じる王女は鳥から手紙を受け取ると、封を切って読み始め……。
手紙。
蝋の封……?
「違う」
その時、俺はずっと胸に引っかかっていた魚の小骨のことを、突然思い出した。
そうだ、手紙だ。ジークさんが用意していた、箱の開け方が書かれた手順書。
どうしてわざわざ封をしていたんだ?
村の人に見られても困るものじゃない。
ミシェルさんが万にひとつジークさんを訪ねて来ることがあっても、ジークさんは自分で箱を開けてあげればいいんだ。
わざわざ封をしてしまい込む必要なんかない。それなのに、手紙には蝋でしっかりと封が施してあった。
「やっぱり好きだったんだ……」
もしミシェルさんが自分を訪ねて来たとしても、手紙を手渡して追い返すつもりだったんじゃないか?
『自分で開けてごらん』、そう言って。
そして箱の封印を解いたミシェルさんは、結局あの鼻歌を聞いて初心を取り戻す。
「うっ……」
涙が込み上げてきて、我慢できなくなった。俺は席を立つと、誰もいない一番後ろの席まで歩いていった。
グラディスの話を恋愛脳呼ばわりして、二人の関係を友情だと勝手に決めつけていたのは、やっぱり俺の方だ。
ジークさんはずっとずっと応援していたんだ。味方がいないミシェルさんが夢に挫けてしまわないように。
そして自分の想いは、あの箱に閉じ込めたんだ。ミシェルさんの夢の邪魔しないように。誰にも知られないように……。
ジークさんが箱に本当に隠したかったものは、ミシェルさんへの想いだ――。
その時、歓声と拍手が起こった。舞台が終わったらしかった。
ミシェルさんをはじめ、マルヴォー一座が全員舞台の上に上がって観客にお辞儀をする。
俺は涙でぼやける視界を拭った。
再び夢を取り戻したミシェルさんが、満面の笑みを観客に向けていた。
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