道具屋探偵ファンタジア ~古道具を売りに行ったら探偵の助手として雇われました~

荒久(あららく)

文字の大きさ
上 下
85 / 86
第2章 開かない箱

44 エピローグ③ 真実

しおりを挟む
 
 それから数日後、俺たちはミシェルさんに招待されてマルヴォー一座の最終公演を観に行った。

 公演に行くのは俺とエミルとグラディスとパメラ。
 イルミナさんも招待されたけど「ノエルは私が見ててあげるからエミル、行ってらっしゃいな」とのことで、道具屋で留守番をしている。イーデンには「行きたいけど忙しいから」と断られてしまった。

「へえ、ここが円形劇場か……」

 円形劇場は浅いすり鉢状になっていた。もう半年くらいこの城下町に住んでいるけど、円形劇場に来たのは初めてだ。舞台がよく見渡せそうな席に、四人並んで座る。

「どうしたのよ、グラディス。暗い顔して」

 パメラに声を掛けられたグラディスが大きなため息をついた。

「だってミシェルさんの公演、今日が最後なんだもん。それに、せっかく二人が会えると思ったのにぃ……」

 二人というのはジークさんとミシェルさんのことだ。
 ジークさんの鼻歌を聞いたミシェルさんは、ジークさんに会いに行くことはやめて、もう一度初心に戻って宮廷歌人を目指す事にしたらしい。

「あの箱さえ開けなかったら、会えてたのに……」
「仕方ないでしょ。本人が決めたことなんだから」
 
 やっぱりあの箱は「呪い」なんかじゃなかった。
 ジークさんは最初から最後まで、ずーっとミシェルさんの背中を押していたんだ。

 パメラが言ったように、ミシェルさんが箱を壊して中身を取り出す可能性もあった。
 ミシェルさんが夢に挫けそうになった時、開かない箱を手に取って初心を思い出すように。そしてミシェルさんが箱を壊した場合も、当時誓った夢を思い出せるように……。

「始まる前から泣いててどうするのよ。ほら、拭いてあげるからこっち向いて」
「うん……」

 パメラがグラディスの涙をぬぐい終わった頃、舞台が始まった。
 歌、踊り、道化師、火吹き男……。あ、火吹き男は、馬車を覗き込んでいた俺を怒鳴った人だ。

 出し物が次々に披露され、ついに大トリの劇が始まった。
 劇はよくある悲恋の物語だった。隣り合った国の王子と王女が、戦争のために引き裂かれる話。

 俺はこういう恋愛ものは興味ないんだけど、お互いを想い合う王子と王女がジークさんとミシェルさんに重なって見えて、胸が締め付けられた。
 王子は手紙を鳥に託し、ミシェルさん演じる王女は鳥から手紙を受け取ると、封を切って読み始め……。


 手紙。
 蝋の封……?


「違う」


 その時、俺はずっと胸に引っかかっていた魚の小骨のことを、突然思い出した。


 そうだ、手紙だ。ジークさんが用意していた、箱の開け方が書かれた手順書。


 どうしてわざわざ封をしていたんだ?


 村の人に見られても困るものじゃない。


 ミシェルさんが万にひとつジークさんを訪ねて来ることがあっても、ジークさんは自分で箱を開けてあげればいいんだ。


 わざわざ封をしてしまい込む必要なんかない。それなのに、手紙には蝋でしっかりと封が施してあった。



「やっぱり好きだったんだ……」



 もしミシェルさんが自分を訪ねて来たとしても、手紙を手渡して追い返すつもりだったんじゃないか?

 
 『自分で開けてごらん』、そう言って。


 そして箱の封印を解いたミシェルさんは、結局あの鼻歌を聞いて初心を取り戻す。


「うっ……」


 涙が込み上げてきて、我慢できなくなった。俺は席を立つと、誰もいない一番後ろの席まで歩いていった。

 グラディスの話を恋愛脳呼ばわりして、二人の関係を友情だと勝手に決めつけていたのは、やっぱり俺の方だ。
 ジークさんはずっとずっと応援していたんだ。味方がいないミシェルさんが夢に挫けてしまわないように。
 そして自分の想いは、あの箱に閉じ込めたんだ。ミシェルさんの夢の邪魔しないように。誰にも知られないように……。

 ジークさんが箱に本当に隠したかったものは、ミシェルさんへの想いだ――。


 その時、歓声と拍手が起こった。舞台が終わったらしかった。
 ミシェルさんをはじめ、マルヴォー一座が全員舞台の上に上がって観客にお辞儀をする。
 俺は涙でぼやける視界を拭った。
 再び夢を取り戻したミシェルさんが、満面の笑みを観客に向けていた。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...