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第2章 開かない箱
37 ジークとノエル 3
しおりを挟むジークさんがあっけに取られた顔で俺を見つめていた。
ジークさんだけじゃない、グラディスも。そしてエミルも、らしくない驚いた顔で俺を見上げていた。
「そうだ、ノエルは優しいから……。誰よりも優しいから、あなたの泣き声を拾ったんだ。優しい子だから、あなたと一緒に今もまだ苦しんでいるんだ!」
どうしてだろう。
ノエルと顔を合わせたのはほんの数回で、まともに会話をしたことすらないのに。
俺には、妙な確信があった。
ノエルは誰よりも優しい子なんだ。
だから、他人の痛みを自分のことのように受け取ってしまうんだ。
「あっ、あなたが! 悲しみを一人で抱え込んで離さないからだ!」
あーあ、何やってんだ俺。
「ミシェルさんはあなたの事を心配してイルミナさんに占ってもらってました。イルミナさんだって無理して過去を占ってくれた。ローザさんたちだって、みんなあなたの事を心配してる。エミルだって、本当はこの村のことを心配して魔石を置いたに違いないんです」
ジークさんに失礼な事を言うなよって、エミルに何度も釘を刺したのは他でもないこの俺なのに。
「あなたに手を差し伸べている人がたくさんいるのに、あなたは子どもみたいに駄々をこねて突っぱねて! 自分だけが不幸だって顔をしているんだ!」
怒りにまかせて怒鳴り散らしたりなんかして。
「あなたを慕ってくる人は沢山いるのに! あなたがその人たちを信頼して愚痴の一つや二つこぼしていたら! もし村の誰かに相談していたら、ノエルはあなたの悲しみを拾わずに済んだんだ!」
本当に。
何をやってるんだよ、俺は……。
「行くよ、エミル。この人に何を言ったって無駄だよ。ノエルを救う方法なら、俺が探してあげるから!」
肩で息をしながらジークさんに背を向ける。俺は、診療所の扉を勢いよく開けて外に出た。
いい大人がいじけて、独りで悩みを抱え込んで心労で老けた?
そんなの知るか。
ローザさんたちがどんな思いでジークさんを見守ってきたと思ってるんだ。それに気づかないようじゃ、とんだ大馬鹿者だよ!
診療所を出て怒りのままに歩いていって大きな木のところで立ち止まると、木の幹を拳で叩いた。
一気にまくし立てたせいで、まだ呼吸が整わない。
高原特有の涼しい風が頬をなでていった時、ふと我に返った。頭に上っていた血がすーっと引いていって、俺は両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んだ。
「……やっちゃったよ……」
こっちから押しかけて行ってプライベートな事を聞かせて欲しいっていう無理なお願いをしておいて、要望を聞いてくれなかったら逆ギレだなんて……。
何やってんの、俺……。
「うあーもう、どうしよう……」
しかも、捨てゼリフみたいなこと言って出てきちゃったし……。
マズい、恥ずかしさで顔から火が出そうだ……。
「でも、啖呵切って出てきちゃったし、失礼なこと散々言いまくったし、もう後戻り出来ないよな……」
俺は膝に手をついて立ち上がった。
こうなったら仕方がない。俺は、腹をくくることにした。
なんとか時間を作ってノエルを救う方法を探すしかない。バイトは辞めるとして、大学の授業も後回しに出来そうな講義は休んで時間を作らないと……。
そうだ、大学の図書館に何かヒントになりそうな古い本が置いてあるかも知れない。魔力に関する本と、それから魔力が体に及ぼす影響とか、そんな感じの研究書。大学の書物庫ならありそうだ。
具体的な目標が定まってくると、前向きな気持ちが湧き起こってきた。
そうだよ、過ぎたことは仕方がない。次行かなくちゃ、次。
それにしても……。
「エミルたち遅いな。何やってんだろ……」
俺は診療所の方を振り向いた。診療所の扉が開く気配はない。
「も、もしかして、俺抜きで話が進んでたりして……」
俺は口元を引きつらせた。
その可能性は大いにある。
なんせ俺は、間が悪いことには自他共に定評のある男だし。
口元を引きつらせながら呆然と立ち尽くしていると、やっと診療所の扉が開いた。
良かった……。俺がホッと息をついて安堵出来たのは、ほんの一瞬だった。
「う、嘘だろ……」
診療所から出てきたのは他でもないジークさんだったからだ。
「ど、どうしよう。相当怒らせちゃったのかも……」
俺がオタオタしていると、走り寄ってきたジークさんが手を上げた。
「エドガー君! ちょっと待ってくれ!」
ど、ど、どうしよう!
か、隠れなきゃ! いや、逃げなきゃ!?
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