道具屋探偵ファンタジア ~古道具を売りに行ったら探偵の助手として雇われました~

荒久(あららく)

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第2章 開かない箱

38 地獄に天使 1

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「何から話してよいものやら……」

 ジークさんに呼び止められ、俺は再び診療所に戻っていた。
 ジークさんが追いかけてきたのは、俺を怒るためじゃなかった。パニックになって逃げようとする俺を捕まえてこう言ったのだ。

『待ってくれ。話を聞いてもらえるかい』

 でも色々と失礼なことを言ってしまった手前バツが悪くて、俺は今、診療所の隅に椅子を置いてちんまりと座っている。

 ちなみにジークさんにどんな心境の変化があって、箱のことや自分のことを話してくれる気になったのか、その理由はまだ聞いていない。聞いていないけど、グラディスが俺の顔を見るなりプッと噴き出したから、俺が笑いものになったって事なんだろう。まあ、いいけどさ。結果オーライってことで。

「ジークさんがお話ししやすい事からで構いません」
「そうですね。私も話しながら自分の気持ちの整理をしていきたいので……」
「では、ミシェルさんに贈った箱についてはどうでしょう? ミシェルさんは中に何が入っているのかを気にしていました」

 そうエミルが促すと、ジークさんは小さくうなづいて静かに語りはじめた。

「あのからくり箱は、私が大学を卒業する時にミシェルに贈った物です。箱の中に大した物は入っていませんよ。夢を叶えたミシェルには無用の物でしょう」

 ジークさんは机の引き出しを開けると、奥の方から何かを取り出した。それは、蝋で封をした封筒だった。

「箱の開け方の手順が書いてあります。封印の術は当時の魔法科の友人に頼んで掛けてもらった、一番オーソドックスな術です。これで箱を開けられるはずです」

 ジークさんが差し出した封筒を、エミルが「ミシェルさんに必ずお渡しします」と言って受け取った。

「ちなみにあのからくり箱はジークさんが作ったものですか? キシュヴァルドの土産物屋でこのからくり箱を見てもらったところ、売り物よりも複雑な仕組みに出来ていると聞きました」

 そうだった。あのからくり箱はお店の人ですら手順書がないと開けられないと言っていた。

「ええ、あれは私が作ったものです。両親を流行り病で亡くしてから、私は村の人たちに育ててもらいましてね」

 そう言うと、ジークさんは棚に飾ってあった小さな箱を取って、すいすいと部品をズラして見せた。これもからくり箱なんだ。箱はいくつかの手順を踏んだあと、隙間から木の実をころりと転がり落とした。

「私たち孤児はいろいろな仕事を手伝いました。畑、牛や羊の世話、薪拾い……。そして冬場の農閑期には、からくり箱を組み立てていました。

「私はこのからくり箱の組み立てが好きでね。色塗りや組み立ての作業だけじゃ物足りなくなって、自分で作るようになったんですよ」

 手の中のからくり箱を元の形に戻しながら、ジークさんが微かに笑う。

 普通のからくり箱だって複雑な仕組みなのに、それより更に手の込んだ箱を自分で作ってしまうなんて、やっぱり頭がいい人なんだな。

「あのぅ……」

 その時、控えめな様子で発言したのはグラディスだった。

「ミシェルさんのこと、どう思っていたのか聞いてもいいですか? もしかして好き……だったりしたんですか」

 グラディスの質問に俺はため息をつきたくなった。
 たぶんエミルが焚きつけたんだろうけど、俺には絶対にできない質問だ。エミルがグラディスを連れてきたのは正解だったんだろうな。

 ジークさんは顔を上げると、さらりと言った。

「ええ。一目惚れでした」

 え……。随分あっさりと認めるんだ……。

「ミシェルを初めて見かけたのは大学の解剖室でした。解剖室の前を通りがかったときに歌が聞こえてきましてね。それは綺麗な歌声だった。

「解剖室を覗き込んでみると、清掃服を血まみれにしたミシェルが部屋の真ん中で歌っていました。血と肉塊と腐臭と蠢く虫……。地獄のような場所に舞い降りた天使のようでしたよ」

 目を閉じて訥々と話すジークさんの、遠い昔に想いを馳せている様子が伝わってくる。

「そのときのミシェルはまだ十六、七歳。華奢で、腐臭のために布きれで口元を隠していました。だから私はミシェルを女の子と信じて疑わなかった。その後、彼が男と分かったときのショックと言ったら……。三日、飯が喉を通らなかったほどでしたよ」

 ジークさんが苦笑する。
 今でさえ女性と見まごうくらいの容姿だもんな。十代の頃ならきっと女の子にしか見えなかったんだろう。
 
「それきりミシェルのことは忘れようと思いました。ただ、あれほど美しい容姿と声に恵まれた彼が、なぜあの地獄のような解剖室の清掃をしているのか……。ふと、興味が湧いたんです。

「そして少しずつ話をする内に、ミシェルは性別を超えた魅力的な人間だということが分かって魅かれていきました。ひたむきさと野心、芯の強さ。天使のような容姿と歌声を持ちながら、時折見せる悪魔のような表情。

「忘れようと思っていた感情は、やはり手放さないでいようと思いました。それが恋心だったのか友情だったのかは今となってはもう分かりませんが……」

 ジークさんの気持ちは、俺には分かる気がした。
 カリスマ性っていうのかな。俺も数回しか話してないけど、ミシェルさんは外見だけじゃなく内面も凄く興味深い人で、その心の内で一体何を考えているんだろうと人を惹きつけるところがあった。

「じゃ、じゃあ、簡単に開けられない箱を贈ったのは、やっぱりミシェルさんの夢を応援するためだったんですか?」
 
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