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第2章 開かない箱

33 夜に潜む 2

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 火事かと思ったのは、小さな炎がちらちらと揺れているのが見えたからだ。

「いえ、あれは松明の炎でしょう。堀の方へ集まっているみたいですね」

 俺の隣で窓の外を覗き込んでいたエミルが言う。

 キシュヴァルドの街は、山から流れてくる川を利用して堀を作り、街を囲っている。エミルの言うとおり、確かに松明は街の中心部から堀の方へ続々と集まっていた。

「人がどんどん集まってる……。川で何かあったのかな。人が溺れたとか……」
「あるいは、隣国が攻め入って来たとか」
「や、やめてよ、そういう事言って脅かすの」

 よりにもよって俺たちが街に滞在しているときに、物騒な騒動が起こるだなんて……。
 他の泊まり客も騒ぎに気づいたようで、部屋の外の廊下からざわめく話し声が聞こえて来た。
 
「そうだ、宿屋のおかみさんに聞いてみようよ。何か知ってるかも」

 廊下に出ると、同じように廊下に出てきたグラディスとばったり鉢合わせた。

「あ、エドガー! この鐘の音、なに?」
「いや、俺もまだ全然……。けど、堀のほうに人が集まってるみたい」

 廊下に出ていた他のお客たちもみんな不安そうな表情を浮かべていた。そのうちの数人が廊下を降りて行こうとした時、階下から宿屋のおかみさんの声が聞こえてきた。

「皆さん、どうか落ち着いて聞いてください。街の外に魔物が現れたそうです。兵士たちが対応していますから、皆様はどうかお部屋にいてください」
「魔物だって?」

 泊まり客たちから一斉に不安げな声が上がる。

「また魔物……?」

 そういえばエミルが、魔物は闇に潜むと言っていた。キシュヴァルドに向かう途中でも魔物に襲われたし、ここら辺は魔物の出現が当たり前になって来ているのかもしれない。
 その時、俺の隣で佇んでいたグラディスが踵を返した。

「私、着替えてちょっと行ってくる!」
「えっ、ちょ、ちょっと! グラディス!」

 グラディスは俺が止めるのを聞きもせず、自分の部屋に戻ってしまった。

「たかが見習い騎士が行っても、プロの足手まといにしかならないって」

 グラディスを止めようとして廊下を歩いて行くと、部屋からエミルが出てきた。

「あ、エミル」
「魔物だそうですね」
「うん。でも街って、魔物が入り込めないように結界が張られてるんじゃないの?」
「そのはずですよ。ですが術を掛けた術士の実力にも寄ります。数で押されたらどうなるか」

 エミルの手には杖が二本握られていた。一つは炎を噴く赤い魔石、もう一つは白い魔石がはめこまれた杖だ。って、エミルまで何するつもり……?

「魔物は魔力に引き寄せられる性質を持っています。そしてこの街のように人が多いほど魔力は集中しますから、結果的に魔物を引き寄せるんですよ。大きな明かりに引き寄せられる羽虫のようなものと言えば分かりやすいでしょうか」

 皆が慌てふためいているさなか、いつにも増して冷静沈着なエミルが俺の前をスタスタと通り過ぎてゆく。不安げな客たちの間を縫って階段を降りはじめ、俺は慌ててその後を追いかけた。

「待ってよ! エミルまで行くつもり?」
「イルミナ姉さんのズボラがこんなところで役に立つとは思いませんでしたよ」

 そう言ってエミルは白の魔石の杖を掲げてみせた。
 ああ、そういえば街道で魔物に遭ったときに、杖から巨大な炎が噴き出して前髪を焦がしていたっけ。

「じゃあ白い方の杖も、イルミナさんが調整ミスってるってこと?」
「ええ。普通の魔石の何倍も明るく照らせそうです。魔物は光に弱いですから、役に立つでしょう」

 そのとき、背後から階段を駆け下りてくる足音が聞こえてきた。

「あれっ、エミルも行くの?」

 振り向くと、剣を携えたグラディスが階段を降りてきたところだった。

「ええ」
「待ってよ二人とも。街の兵士に任せておこうよ。危ないって」

 だけどエミルもグラディスも俺の言うことなんて聞いてやしない。階段を降りきったところでようやく宿屋のおかみさんに止められた。

「ちょっと、あなたたち。外へ出ちゃ駄目よ。お部屋の中にいなきゃ」

 その時、松明と武器を持って通りを走る人たちから切羽詰まった声が上がった。

「変異だ! 変異したぞ!」
 
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