道具屋探偵ファンタジア ~古道具を売りに行ったら探偵の助手として雇われました~

荒久(あららく)

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第2章 開かない箱

31 馬車の中にて 4

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「確かに、あの箱を目にするたびにミシェルさんはジークさんの事を思い出す。夢が叶ってあの箱を必要としなくなる時まで、ジークさんの事を忘れられない……」
「でしょ? ジークさんも自分のことを忘れて欲しくなかったんじゃないのかなあ。それにジークさんの格好、無頓着って感じだったでしょ。多分、独身だと思うんだ」
「まあ、奥さんがいたらもう少し清潔な服装をさせるでしょうね」
「もしもミシェルさんを想い続けて独身を貫いていたとしたら、ロマンチックじゃない?」

 グラディスは両手を胸の前で組むと、ほうとため息をついて妄想に浸りだした。

 だけど、俺はどうにも納得できないでいた。
 ジークさんはそんな自分勝手な人かな……。

 自分を育ててくれた村の人たちを裏切ることもせず、望まれたままに医者をやっているジークさんが?

 もしかしたら他に夢があったかもしれないと、ローザおばあさんは言っていた。そうやって自分を押し殺してまで村に尽くしているジークさんが?

 夢を追いかけるミシェルさんを応援するんじゃなくて、自分を忘れないように仕向けるなんてことするか……?

「もしグラディスさんがミシェルさんの立場だったら、開かない箱をどうしますか?」
「え? そうだなー。私だったら……」

 グラディスが人差し指をあごに当てて、小首を傾げる。

「ジークさんに会いに行っちゃうかな。で、どうして開かない箱なんかをプレゼントしたのかとか、私のことをどう思ってるかとか聞く」
「でも、ジークさんは自分の故郷の場所をミシェルさんには伝えませんでした」
「私もそれがよく分からないんだよね。もしミシェルさんに会いに来て欲しいなら、自分の故郷がどこかを伝えるはずだもん」
「でも、調べればジークさんの居場所は分かったわけだろ? 実際、こうして俺たちがジークさんと会えたんだから」

 俺が口を挟むと、エミルがはっとした顔を上げて俺を見た。

「会いに行かないと開けられない……?」
「どうしたの、エミル?」
「エドガーさんは覚えていますか? ミシェルさんの言葉を」
「えっと、どの言葉?」

 俺はミシェルさんと初めて会った時のことを思い出してみた。
 道具屋へ箱を持ってきたとき、それから宿屋で会った時、イルミナさんの占いをした時――。

「開かない箱を渡された時の言葉ですよ。ジークさんからミシェルさんへの伝言、覚えていますか?」
「それは……。夢を諦めそうになったら箱を開けて欲しい、だっけ?」
に。ミシェルさんはそう言っていました。そしてジークさんもまた同じ事を言っていました。夢を完全に諦めた時にこの箱を開けて欲しい、と」
「完全に夢を諦めたとき……。なんか引っかかる言い方だな。完全に、ってところが」

 エミルがうなづく。

「ええ。僕もずっと違和感を感じていました。ミシェルさん独特の表現なのかと思っていましたが、ジークさんからも同じ言葉を聞いたとなれば、ミシェルさんの独特の言い回しでも聞き間違いでもなさそうです」
「でも、完全に夢を諦めたときって……。つまり、どういうこと?」

 俺とエミルは揃ってグラディスを見た。

「わかんないよ。私、夢を諦めたことないもん」

 グラディスはそう言って肩をすくめただけだった。
 そしてエミルもまた、それきりすっかり黙りこくって考え込んでしまい。
 結局、俺たちは答えを見いだせないまま、馬車はキシュヴァルドの街へ到着した。

 
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