道具屋探偵ファンタジア ～古道具を売りに行ったら探偵の助手として雇われました～

第２章 開かない箱

29 馬車の中にて ２

　
　窓からこっそりと診療所を覗いた時、ジークさんとお年寄りたちの関係はとても良好に見えた。
　そしてローザさんたちも、ジークさんの事を実はとても気にかけていたようだった。

『あの子のひどく疲れた様子、おかしいじゃないか。もう開放してあげるのが親心ってもんじゃないのかい』
『でもあの子がいなくなったら村はどうなる？　病が流行ったら村は全滅だ』
『あの子は俺たちの手で育ててやったんだ。こんなことは言いたくはねえが、恩は返してもらうのが筋ってもんじゃないのか』
『もう充分返してもらったじゃないか』
『そうは言うが、あの子は俺たちの息子も同然なんだ。村を出て行ったら、何より寂しいじゃないか』
『じゃあ、いつまでもこの辺鄙な村に縛りつけておくつもりかい』

　そんなふうに、俺たちをよそにローザさんたちの喧々諤々はしばらく続いた。それはもう、俺たちがあ然として見守ることしかできないくらいに。

　しばらくしてお年寄りたちが語りつくして黙り込んだあと、ローザさんが俺たちに言った。

『あの子にとっては無理やり行かされた大学だったのよ。あの子は何も言わなかったけど、本当は他にやりたい事があったのかもしれない。孤児は他にもいたけど大学に通えそうな賢い子はジークだけだったからね。だから村を出てサンズベルクに行った時、もしかしたらあの子はもう村に帰って来ないかもしれないと覚悟していたの。それなのに……』

　ローザさんが言葉を詰まらせ、俺とエミルは顔を見合わせた。
　ジークさんは戻ってきたんだ。約束どおり、大学で医者の勉強をして。



「グラディスさんはジークさんのこと、どう思います？　乙女の意見も聞きたいです」

　考え事に没頭していた俺は、エミルの声で我に返った。
　グラディスは「うーん」と首を傾けた。

「ジークさんって、ミシェルさんのこと好きだったんじゃないかなあ」
「はあ？」

　ついトゲを含んだ声が出てしまった。
　確かにミシェルさんは女性と見まごうくらいに綺麗な人だけど、男性だぞ？　しかも会話してみればわかるけど、性格はかなり男っぽい人だぞ？　まったく、グラディスは恋愛脳なんだから……。

「なんでもかんでも恋愛に結び付けようとするなよ。二人とも男だろ？　そういう勝手な推測、失礼だよ。軽々しく口にするような事じゃないだろ」
「勝手な憶測なんかじゃないよ」

　グラディスがむっとして言い返す。

「ちゃんと根拠のある考えなんだから」
「ジークさんは友人としてミシェルさんを応援してたんだよ。簡単に夢を諦めないようにって。だから、なかなか開けられない箱をプレゼントしたんだよ。友情だよ。男の友情。わかってないんだから」
「友情か愛情かなんて、そんなの誰にもわからないじゃない。勝手に決めつけてるのはエドガーの方でしょ」

　俺とグラディスが言い合っていると、まあまあとエミルが間に入った。

「グラディスさんの考え、僕は聞きたいです。そのために来てもらったんですから」

　……ああ、護衛以外にグラディスを連れて行く理由があるって言ってたけど、これのことだったのか……。まあ確かに、俺は恋愛のことは疎いもんな。

「エドガーさん、そんな顔をしないでください。適材適所ってやつです」
「俺は別に……。他人の色恋沙汰なんてデリケートな問題にずけずけ入り込むのはどうかなって思うだけで……」
「しかし、ジークさんの問題はミシェルさんのことと無関係ではなさそうです」

　エミルはむくれる俺をよそに、グラディスに続きを促した。

「それで、ジークさんがミシェルさんのことを好きだと思った根拠とは？」
「うん、だってね……。凝った贈り物をするっていうことは、普通、好きっていうことじゃない？　私は男同士の友情はよくわからないけど、普通、男同士で凝った物を贈り合ったりする？」
「あまりないでしょうね。それもただの開かない箱ならともかく、あの箱は何重にも鍵が掛けられている」