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第2章 開かない箱
28 馬車の中にて 1
しおりを挟む「まったく、辺境の地で死ぬのかと思ったよ……」
キシュヴァルドの街に戻る馬車に揺られながら。
俺は大きなため息をひとつついた。
向かいの席に座ったグラディスが、そんな俺を見てぷっと噴き出す。
「笑わないでよ。本当に死ぬかと思ったんだから……」
「だって、あの時のエドガーの死にそうな顔、思い出しちゃって」
ちぇ。
「よくよく見れば危害を加えるような方々ではないと分かりそうなものですけどね。いくら暗かったとはいえ人影も小柄でしたし」
「エミルまでかよ……。逆光でよく見えなかったんだから、仕方ないだろ」
そうなのだ。
俺を突然家畜小屋へ引っ張り込んだのは、俺たちが村で最初に声を掛けたおばあさんと、診療所にいたお年寄りたちだったのだ。
俺が家畜小屋へ連れ込まれてワラの上へ投げ出され、人影に囲まれて腰を抜かしそうになっていると、ひときわ小さなひとつの影が声を上げた。
『ちょいと。手荒な真似はおやめなさいよ』
それが、俺たちが村で最初に声を掛けたおばあさん――ローザさんだったのだ。
『少し話を聞きたいだけだって言ったじゃないの』
『でもこいつらがジークのことを探っていたんだろう』
別のお年寄りの憤った声が、ローザさんに反論する。
そのとき、外からグラディスたちが追いついてきた。
『エドガー!』
家畜小屋の入り口に立ったグラディスは剣を抜いていた。エミルがいち早く状況を察して、手でグラディスを制する。
『グラディスさん、剣を収めて下さい。この方たちはさっき会った方々ですよ』
『え?』
暗がりの中にたたずむ人影が小柄なことに、グラディスも気づいたようだった。
グラディスが剣を収め、エミルが俺の方へと歩いてくると、ローザさんはエミルの方へと顔を向けた。
『あんたたち、ジークを連れて行くのかい』
『え?』
俺はエミルと顔を見合わせた。
どうも、何か勘違いされているみたいだ。
『ち、違いますよ。俺たちは本当に話を聞きに来ただけなんです。ジークさんを連れ出すなんてそんなことは……』
『そうかい』
ローザさんたちが複雑そうな顔を見合わせる。そのとき、エミルが一歩前へ出た。
『失礼ですが、少しお話を伺ってもよろしいですか?』
*
それから俺たちは、ローザさんからジークさんに関わる話を聞いたのだ。
それは、ミシェルさんからあらかじめ聞いていたジークさんの過去を補足する内容だった。
「ジークさんは流行り病で両親を亡くしたって、ミシェルさん言ってたよな」
馬車の窓の外を眺めながら、エミルに声を掛ける。
馬車は軽快に田舎道を走り、外の景色がどんどんと流れ飛んでゆく。
ジークさんは子どもの頃、流行り病で両親を亡くし、村の人の手で育てられたのだそうだ。
そして村人のたっての希望により、王立大学で医科を勉強した。
故郷の村で医者をするために。
それがミシェルさんが俺たちに聞かせてくれた話だった。
「国境沿いは人や物と一緒に病気も入り込んで来ますからね。キシュヴァルドや近辺の村は、流行り病とは切っても切り離せない歴史を歩んできたのでしょう。きっと他の街や村よりも医者の存在は重要なはずです」
――時おり遠くを見ていたジークの横顔は、どこかへ逃げ出したいように見えた。
ミシェルさんはそう言っていた。
――僕たちはお互い逃げ出したかったのかもしれない。僕は貧しさから、ジークは故郷から……。
「でも、さっきのおばあさんたちの様子だと、ジークさんは村の人たちに大事に育てられたって感じがするんだけど」
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