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第2章 開かない箱

27 テンプトン村 4

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 ジークさんを責めるような口調。これは、エミルが真意を探ろうとする時によく使う手だ。
 頼むから挑発しすぎてジークさんを怒らせるようなことはしないでくれよとハラハラしながら、二人の様子を見守る。

 ジークさんは少し考えるような顔をしたけれど、やがてその顔を上げた。

「妹さんのことは気の毒に思うよ。でも、それは君らの事情であって、私には関係ないだろう。そんなに大事な妹ならそれこそ箱に入れてしまっておいた方がいい」

 ジークさんの、子供を諭すような静かな口調が続く。

「私の気持ちをなぜ、初対面の君たちに洗いざらい話さなくてはならないんだい。誰にだってしまっておきたい気持ちはあるはずだ」

 それを言われると、弱いんだよな。だって、本当のことだもの。
 俺にだって、思い出したくもないような嫌な思い出なんか山ほどあるし、口には出せない想いもいくらでもある。

 俺たちが何も言えないでいると、ジークさんは立ち上がり、診療所の扉を開けた。

「力になってやれなくてすまないね。だけど私が君たちに語れることはもう何もないんだ」

 開けられた扉は、早く出て行ってくれ、と無言で俺たちに告げていた。


   *


「取り付く島なしって感じだったなあ……」

 診療所を出た俺たちは、村の入り口に向かって歩いていた。足取りが重い。
 ジークさんの居場所が分かっただけでも大収穫、のはずなんだけど……。

「ま、初日はこんなものでしょう」
「エミルは相変わらず余裕だね」
「予想できた展開でしたからね。とりあえず問題を整理してから、また明日来るとしましょう」
「ねえ、街に戻ったら夕食どうするの? また市場?」
「そうですねえ……」

 グラディスとエミルが今日の夕食について話し出したところで、俺は足を止め、村を振り返った。
 エミルはまた明日っていうけど、明日訪ねて来ても同じように追い返されるだけなんじゃないかな。それほどにジークさんの態度はかたくなだった。

「グラディスやパメラの時と違って、相手は人生経験豊富な大人だもんなあ」

 俺みたいな人生経験の浅いガキんちょに、大人のひとの悲しみを癒すことなんて無理なんじゃないだろうか。

 ため息をつきながらエミルたちの後を追おうとした時、突然背後から腕を引っ張られた。

「うわっ?」

 強い力で腕を引かれ、そのまま近くの家畜小屋に連れ込まれる。遠くから「エドガー!」というグラディスの叫び声が聞こえた。

 地面に乱暴に放り投げられ、恐る恐る目を開ける。
 俺はどうやら家畜小屋のワラの上に放り投げられたようだった。どうりでさほど痛みを感じなかったわけだ。

「つつつ……」

 強く握られた腕をさすりながら顔を上げると、俺の目の前には複数の人影が立ちはだかっていた。
 一人、二人……五人?

「え、えっと、あの……?」

 何? なんだよこれ? 俺、なんでこんなことになってんの!?
 
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