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第2章 開かない箱

24 テンプトン村 1

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「エドガーさん、お手柄じゃないですか」

 一時間後、俺たちは宿の前で落ち合うと、そのままテンプトン村に向かうことになった。

 テンプトン村は、キシュヴァルドの街から一時間弱くらいだ。馬車に揺られながら考え事をしている間に、あっという間にテンプトン村についてしまった。

「すごい、山がもうすぐ近くなんだね」

 村の入り口で馬車を降りると、牧歌的な風景が広がっていた。
 雪を被った高い山々。集落の家々の、オレンジ色に塗られた屋根。なだらかな丘陵地帯には牛や羊が放牧されている。

「わあ、なんだかかわいい景色。パメラに見せてあげたいな」
「とりあえず、村の人を探しましょうか」
「村役場とかないかな」

 三人で喋りながら村の中心に向かって歩いていると、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。
 俺はエミルと顔を合わせると、人影に駆け寄って行った。歩いていたのは、感じの良さそうなおばあさんだった。

「あの、こんにちは」
「あら、旅行の人? 山を見に来たの? あの山を越えたら隣国なのよ。小さな村で何もないけど景色だけはサンズベルクいちだからねえ」

 おばあさんがほがらかに笑う。
 俺はカバンの中から、ミシェルさんのからくり箱を取り出した。

「すみません、この箱なんですけど、なんでもこの村で造ってるって聞いたんですけど……」
「そうよ。冬場の農閑期に作るの。おもしろい箱でしょ?」

 俺とエミルは顔を合わせた。
 やっぱりこの村でからくり箱を造っているのは、間違いないんだ。じゃあジークさんがこの村にいるかもしれない。
 どう切り出そうか迷っていた時、エミルが一歩前に出た。

「この村にジーク・ベナークというお医者さんはいますか?」

 エミル、相変わらず単刀直入にいくなあ。
 感心しながら様子を見守っていると、おばあさんの顔色がさっと変わった。

「それを聞いてどうするの?」

 おばあさんの態度が、まるで手の平を返したようなよそよそしいものに変わって、俺は言葉を失っていた。
 さっきまで親しげな感じだったのに、ジークさんの名前を出した途端、どうして……?

 怪訝な顔でエミルを警戒しているおばあさんに、俺はあわてて取り繕った。

「お、俺、王立大学の医学科で勉強してるんです。で、卒業生のジークさんにお話を伺いたくて、観光がてら尋ねてきたんです」
「……あらそう。後輩の方なの」

 見学なんていうのは、とっさについた嘘だった。後ろめたいけどこの際、仕方がない。

 なんとか納得してもらったけど、おばあさんの顔からは笑顔が消えたままだった。
 だけどこの反応、おばあさんは確実にジークさんのことを知っている。ということは、やっぱりジークさんはこの村にいるんだ……。

「こっちよ」

 おばあさんに導かれるままに歩いてたどり着いたのは、集落と同じオレンジ色の屋根をした小さな診療所だった。

「ここが村の診療所」

 おばあさんはちょっと待っててと言い残し診療所に入っていくと、すぐに診療所から出てきた。

「もう少しで診療が終わるから、外で待ってて欲しいそうよ」
「は、はい。どうもありがとうございました」

 おばあさんに礼をいい、頭を下げる。けれどおばあさんは最後まで、笑顔を見せてはくれなかった。

「すっかり警戒されてしまったようですね」

 おばあさんの後姿を見送りながら、エミルが言う。

「最初は親切な感じだったのに……。ジークさんの名前を出してからだよな……」
「村の立ち入った人間関係には触れられたくないんじゃない?」

 と、これはグラディス。

「どうでしょう。医学科の後輩が先輩を訪ねてきたという差しさわりのない理由を告げても、警戒は解かれませんでしたから」
「じゃあジークさん本人に問題があるってこと? 実は村の問題児とか……」

 エミルは小さく肩をすくめた。

「さあ。とりあえずジークさんに会えばわかるでしょう」
 
 
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