57 / 86
第2章 開かない箱
16 イルミナの占い 4
しおりを挟むイルミナさんにしては珍しいきりっとした声が道具屋に響き、見ている俺たちにも緊張感が走る。
イルミナさんは小さな籠に入れてあった葉を一枚手に取ると、それを小箱に触れさせた。
あれはパセリだ。
食用でもおなじみだけど、昔から魔除けとして使われることの多い、ハーブの一種なんだ。
イルミナさんは、パセリの葉をテーブルに置いてあった水を張った平たい皿に浮かべた。
金属で造られた平たい皿は、広さは大人の頭二つ分くらいだけど、浅さは小指の先ほどしかない。その底には、なにやら星座が描かれた天体図のようなものが描かれている。
水皿の上に浮かべたパセリの葉の上にイルミナさんが手をかざすと、小声で何かをつぶやき始めた。聞き取れないけど、何かの呪文みたいだ。
すると、パセリの葉が少しずつ動き始めた。
隣で、グラディスやパメラが息を呑んだ様子が伝わってくる。
風も吹かないこの狭い道具屋の中で、パセリの葉が動くなんて……。
パセリはしばらくの間、イルミナさんの手の下でゆらゆらと漂っていたんだけど、少しずつ進路を定め、それは水皿の右端、つまりミシェルさんが座っているのとは反対の北東の方角へと動き出し。
突然、すっと水の中に沈んだ。
えっ、嘘だろ?
パセリの葉が、まるで何かに引っ張られるみたいに沈むなんて……。
そのとき、ふう、とイルミナさんが息を吐いて、漂っていた緊張感が途切れた。
「どうやら、この小箱に染みついている念はミシェルさん、あなたではなく別の人のものみたいね」
「そうですか……」
ミシェルさんが小さなため息とともに頭を垂れる。
ということは、あの小箱にはやっぱりミシェルさんの友人・ジークさんの悲しみが染みついているってことだ。
占いが終わったイルミナさんが、よいしょ、なんて言いながら立ち上がる。
「グラディスちゃん、悪いけど少し手を貸してくれる?」
「え、あ、はい!」
グラディスがイルミナさんに駆け寄って、肩を貸す。パメラもその後をついて行った。
「大丈夫ですか? 店長さん」
「ええ、平気よ。それよりエミル、あとはお願いね」
そう言ってイルミナさんは、グラディスたちに助けられながら、奥の部屋へと戻っていった。
「エミル、占いってあんなに消耗するものなの……?」
「まあ、今回は過去を視るという慣れないことをしたせいでしょう」
「申し訳ないことをしたかな」
ミシェルさんが寄ってきて言う。
「気にしないでください。甘い物でも食べておけば、すぐに回復しますから」
「えぇ……。魔力ってそんなものなの?」
「案外そんなものですよ」
魔力の素質がない俺にとっては、なんだか夢が壊れる話だなあ。
「悲しみの大元はジークさんだということがはっきりしましたし、僕たちは今後のことを相談しましょうか」
そして俺とエミル、ミシェルさんはテーブルの上の占い道具をざっと片付けると、三人でテーブルに座り、話し合いを開始した。
小箱に染みついている悲しみは、ミシェルさんの友人、ジークさんのもの。
俺たちはノエルのために、ジークさんの悲しみを断ち切らないといけない。
問題は赤の他人の俺たちが、どうやったらジークさんの悲しみを消し去れるかなんだよな……。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと時分の正体が明らかに。
普通に恋愛して幸せな毎日を送りたい!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
魔攻機装
野良ねこ
ファンタジー
「腕輪を寄越すのが嫌ならお前、俺のモノになれ」
前触れもなく現れたのは世界を混沌へと導く黒き魔攻機装。それに呼応するかのように国を追われた世界的大国であるリヒテンベルグ帝国第一皇子レーンは、ディザストロ破壊を目指す青年ルイスと共に世界を股にかけた逃避行へ旅立つこととなる。
素人同然のルイスは厄災を止めることができるのか。はたまたレーンは旅の果てにどこへ向かうというのか。
各地に散らばる運命の糸を絡め取りながら世界を巡る冒険譚はまだ、始まったばかり。
※BL要素はありません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる