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第2章 開かない箱
14 イルミナの占い 2
しおりを挟む確かにひどい手荒れだったけど、それにしても減りが早すぎるんじゃないか? 渡して、まだ二週間くらいしか経ってないぞ。
「あのバーム、先輩たちが気に入っちゃったのよ。それで皆で使ってたから」
「ええ? みんなで使ったの? こっそり使えばよかったのに……」
「そういうわけにもいかないわよ。あのバーム、良い香りするでしょ? つけたら速攻でバレたの」
「ああ、そっか。ローズの香りか……」
どうやら良かれと思ってやったことが、裏目に出たみたいだ。
俺の人生って、こんなのばっかりなんだよな。はぁ。
不器用っていえばまだ聞こえがいいけど、間が悪いっていうか、空気読めてないっていうかさ。
「え、なぁに? なんの話?」
エミルを背後から抱えるようにしているグラディスが、話に乗ってきた。
「このあいだ、薬用バームを貰ったの。傷つけたお詫びにって」
「あー。エドガー、あの時結構ひどいこと言ってたもんね」
いや、ちょっと待て。
グラディスのためだったんだぞ、あれは?
「そのバームが先輩たちに好評で、すぐに使い切っちゃったのよ」
「ふぅん。バームなら私もいいの探してるんだよね。馬の世話とかで、けっこう手が荒れるし」
グラディスはため息をつきながら、自分の両手をしげしげと見つめた。
そうか、グラディスは剣術だけじゃなくて、体術や馬術も習っているんだっけ。
馬の世話みたいなキツい仕事は、一年生の役目なんだろうな。俺なんかは多少の手荒れは気にしたことないけど、女の子はやっぱりそういうの、気になるんだろう。
「それで、もし道具屋で同じ物が売ってるんなら、買いたいっていうのよ。香りも気に入ったみたいなんだけど、いつも使ってるバームよりも手荒れに効くみたいだからって」
「えっ、それ本当?」
「ええ」
嬉しさで、胸がじんわりと熱くなっていくのがわかった。
自分が作ったものが誰かの役に立つなんて、こんなに嬉しいことはないよ。
「でも、あのバームは売るためじゃなくて、あの時だけの特別レシピだったから……。同じ物は作れるけど、普段使いするとしたらかなり値が張るかも……」
「イルミナ姉さんに相談してみればいいじゃないですか。利益が出るかどうか」
口を挟んできたのは、エミルだった。
「それって、ここの商品として売り出してもいいってこと? そんなこと出来るの?」
「聞くだけなら損にはなりませんよ。日常使いができるよう材料を安価な物に変えたり、仕入れる精油の量を多くして単価を抑えたり、工夫はいくらでも出来ます。バームを買ってくれる固定客がつけば、レイツェルは損にはなりませんし、客も欲しいものを安価で手に入れられる。利害の一致です」
「そ、そうか。仕入れる量か……」
さすがエミル。飛び級しただけのことはあるな。
っていうか、あれ。
そういえば、あれ以来エミルとパメラって顔を合わせるの、初めてじゃないか?
おそるおそるパメラの横顔を盗み見ると……。
うわっ、パメラが思いっきり、眉を吊り上げてる……。
すると、パメラは聞こえるか聞こえないかの小声でぼそっとつぶやいた。
「クソガキ」
い、今のは聞かなかったことにしておこう……。
この間は「ごちゃごちゃと考えるのはもうやめる」なんて言ってたけど、そうそう簡単に折り合いをつけられる事じゃないんだろう。
「じゃ、じゃあ、とりあえずイルミナさんに相談してみるよ。パメラは、先輩たちの予算を聞いてきてくれる?」
「わかった」
とりあえずバームの話はそこで終わったんだけど、俺は早速浮き足だっていた。
だって、自分の作ったバームが商品になるんだよ? 信じられないよ。
精油も安価な物に代えると言っても、効能が落ちたら意味ないし、手荒れに良さげな精油を探さなきゃ。精油にはもともとほのかに香りがついているから、高価なローズを使わずに元々の香りを生かせばいいし。
なんて、俺がかなり先走ってバームのあれこれを考えていたとき、グラディスがエミルに話しかけた。
「ねえエミル、ノエルちゃんは今日も休んでるの?」
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