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第2章 開かない箱

09 ミシェル 1

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 俺はミシェルさんが持ち込んだ小箱やノエルのことを、馬鹿正直に話すことにした。

 ノエルが「物に染みついた泣き声を聞くことの出来る特殊な子」であること。
 そしてミシェルさんが持ち込んだ開かない小箱が「泣いている」こと。
 そして、その泣き声を止めるためには、持ち主の悲しみを止めなければいけないこと。

 なんとなく、ミシェルさんはこの信じられないような話を信じてくれるような気がしたからだ。

 ミシェルさんは表情を変えずに俺の話を聞き終えると、女性っぽい仕草で小首を傾げた。役に入り込むタイプなのかな。

「ふうん。あの小箱が泣いている、か……」
「俺たちはノエル……エミルの妹のために、その小箱の泣き声を止めたいんです。それでミシェルさんにぜひ協力してもらいたいと思って、今日は来ました。それにもしかしたら、泣き声を止める課程で、その箱を開けることができるかもしれないですし」

 ミシェルさんは俺の話を聞き終わると、突然カラカラと声を上げて楽しそうに笑い出した。
 俺は呆気に取られてミシェルさんを見つめた。やっぱりこんな馬鹿げた話、信用できないってこと……?

 ミシェルさんはふ、と小さく息を吐くと顔を上げた。

「それはつまり、僕の哀しみを癒やしてあげようってこと? 随分と余計なお節介だね」
「き、気に障った言い方をしたならすみません。でも、お節介とかじゃないんです。エミルの妹のために、ミシェルさんに無理なお願いをしているだけで……」
「でも、結果的に持ち主の哀しみを癒やすんだから、お節介じゃない?」
「そ、そうかな……。すみません、でしゃばってますよね……」

 ミシェルさんは紅茶を一口飲むと、綺麗な瞳で俺をまっすぐに見た。穏やかな、だけど芯の強い視線が俺を見据える。

「僕たち旅芸人は、哀しみを手放すことはできないんだよ。哀しみは芸の肥やしだからね。哀しみがなければ、歌も、劇も、説得力を持たない。歌や曲芸で観客を笑わせたり泣かせたり出来るのも、哀しみを背負っていてこそなんだ。だから、僕の哀しみは放っておいてほしいんだ。それに、どんなに手を尽くしたって僕が積み重ねてきた哀しみは消えやしない。いや、誰にも奪わせない」

 こんなに綺麗な人ならどんな人生の大波もやすやすと乗り切れそうだと勝手に想像していたけど、ミシェルさんは俺なんかには想像もつかないような人生を送ってきたみたいだ。

 俺はテーブルの上の紅茶に視線を落とした。
 まだ人生経験の浅い俺たちが、ミシェルさんのような深い人生を歩んできた人の哀しみをどうにかしようだなんて、やっぱり傲慢な事なんだ……。

 俺は隣でおとなしく座っているエミルを盗み見た。
 さっきから妙におとなしいのが、逆に気になっていた。
 また相手を挑発するような過激な発言をしなきゃいいけど。俺はもう、この間のパメラの一件で懲りたんだから。

 とは言ってもなあ。
 ここでミシェルさんを説得できないとノエルの苦痛は止められないし。
 分かってたけど、とんでもないバイトを引き受けちゃったもんだ。
 こうなったらいっそ、バイト代からエミルたちの子守りの分、差し引いてもらったほうが……。
 いやでも、ノエルを見捨てるってわけにもいかないし……。

 俺があれこれ考え込んでいると、目の前のミシェルさんがくすくすと笑い出した。

「ああ、ごめん。君の百面相がおもしろくて、つい」
「あ、か、顔に出てました?」

 うぁ、恥ずかしい!
 恥ずかしさで全身がカーっと熱くなる。それを誤魔化すようにへらへら笑いながら慌てて紅茶を口に運んだけど、たぶん全然隠せてないな。俺、今、きっと顔が真っ赤だと思う。

「でも、面白そうかも」
「え?」

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