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第2章 開かない箱

08 マルヴォー一座 3

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「えっ……?」

 そこに立っていたのは、ドレスを着た綺麗な女性だったからだ。
 俺が驚いて何も言えなくなっていると、ミシェルさんが苦笑した。

「ああ、これはね、劇で着る衣装さ。今、劇で女性の役を演じてるんだよ。旅芸人は女性が少ないからね」
「そ、そうだったんですか……。すみません、また大げさに驚いてしまって」
「構わないよ。どう? 僕、女性に見える?」
「じょ、女性にしか見えませんよ……」

 ドレスを着たミシェルさんがくるりとその場で回ってみせると、長いドレスの裾がふわりと空気をはらんで膨らんだ。
 はっきり言ってそこら辺の女性よりもずっと綺麗で女性らしかった。こんなこと、さすがに口に出しては言えないけど。

 でも「僕」ってことは、やっぱりミシェルさんの性別は男性なんだな。
 直接「あなたは男性ですか? 女性ですか?」なんて聞くのも失礼だと思ってこの間は聞けずじまいだったから、今のは大収穫だ。

「なんだ、ミシェルの知り合いか。紛らわしい」

 大柄の団員は、俺たちがミシェルさんの知り合いだとわかると、舌打ちをしてその場から立ち去っていった。

「なんだかすみません。ご迷惑お掛けしちゃって……」
「いや、いいさ。ところで君は?」

 そう尋ねるミシェルさんの視線の先には、エミルがしれっとした顔で立っていた。

「僕、道具屋の息子でエミルっていいます。エドガーさんが旅芸人の一座の人に会いに行くっていうので、一座の様子を見てみたくて一緒についてきました」
「あの美人の店長さんとよく似てるけど、店長の息子さん?」
「店長のイルミナ姉さんは僕の母の妹で、店を経営してるのが僕の母なんです」
「そう。じゃあ店長さんの甥っ子なんだね。店長に似て頭が良さそうな顔してる」
「そんなことは……」

 出た、エミルのいい子ぶりっこ。その演技、今回はいつまで続けるつもりなんだろう。
 それに、エミルのお母さんがあの店の経営者だなんて、俺、初めて聞いたぞ。たぶんとっさについた嘘なんだろうけど、あとで確かめなくちゃ。

 しかしまあ、そういうでまかせがスラスラと出てくるもんだなあ。
 俺が呆れながら感心していると、ミシェルさんが「ちょっと待ってて」と言い残し、馬車の中に入っていった。
 次に馬車から出てきたとき、ミシェルさんはあの小箱を手にしていた。

「これの件だろう? とりあえず、宿屋のほうがいいかな」

 ミシェルさんが俺たちを促すようにして宿の方へと歩き出す。
 ミシェルさんに続いて宿屋に入ると、カウンター前のラウンジ(っていう程立派なところじゃないけど)のテーブルに向かい合って腰掛けた。

「さっきはびっくりしただろう? 旅芸人は荒くれ者が多いんだ」
「いえ、俺のほうこそ勝手に馬車を覗いちゃってすみません。旅の一座の馬車なんて初めて見たので、つい好奇心で……」

 俺を馬車を見ようと誘った張本人のエミルは素知らぬ顔をして、出された紅茶を飲んでいる。
 まったく、損な役割はいつも俺に押し付けるんだから。

「知ってると思うけど、旅芸人っていうのは地位が低くてね。でも、僕たちはまだマシなほうなんだ。団長がかなり努力をしてくれて……。去年、王の御前で叙事詩を詠うことが許されてから、僕たちが差別されることは前よりずっと少なくなったんだ」

 旅芸人たちの事情は、俺はあまり詳しくない。でも、彼らの地位は乞食と変わらない下賤なものだというのが、世間一般の認識だった。

「それで、今日は何か用があって来たんだろ?」
「は、はい。実は……」
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