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第1章 剣の磨き布

21 懐かしい街へ 2

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 馬車が森を抜けてからしばらくすると、パストーレの街の入り口が見えてきた。
 懐かしいなあ。サンズベルクの城下町に比べたら人も少なくてのどかだけど、俺の田舎はもっと何もなくて、畑ばっかりだから充分賑わって見える。

 俺たちは郊外にある高等科の前で乗合馬車を降りると、学校の石造りの塀に沿って三人で歩き出した。

「うわ、全然変わってないや。懐かしいなあ。グラディスはたまに実家に帰ったりしてるの?」
「う、うん。まあ、時々は……」

 グラディスからは気もそぞろな返事が返ってきた。落ち着かない様子で、周囲をきょろきょろと見回している。
 好きだった先生と顔を合わせるんだから、緊張しているんだろうな。

 学校の門をくぐって校舎までの道を三人で歩いていると、グラディスが急に立ち止まり、その場から動かなくなった。俺は振り返って、グラディスに声を掛けた。

「グラディス? どうしかした?」
「わ、私やっぱり会わない」
「ええ? ここまで来たのに?」
「だって、先生とパメラが付き合った話なんて、私、聞きたくないよ……」

 そう言うと、グラディスは逃げるようにして校庭に植わっている大きな木の後ろに隠れた。

「こ、ここで待ってるから!」

 俺は横にいるエミルを見下ろした。

「どうする?」
「僕は構いません。ようはレオン先生に話を聞ければいいんですから。エドガーさん、レオン先生の授業受けてたんでしょう?」
「出来の悪い生徒だったけどね」

 俺は剣術の授業を思い出して苦笑した。でもレオン先生は、剣術がさっぱりな俺にも丁寧に教えてくれた、すごく良い先生だった。

「でもグラディスがいないと、パメラとのことは聞きづらくなるな」
「仕方ありません。グラディスさんにこれ以上無理をさせるわけにはいきませんし。聞ける範囲で構いませんよ」

 お。エミルもやっぱりグラディスの事、心配してくれているんだ。正直、やり方が強引すぎるんじゃないかと思っていたけど、なんだよ、優しいところもあるじゃないか。
 嬉しい気持ちになってエミルを見ていると、エミルが怪訝な視線を返してきた。

「なにを笑っているんです?」
「いや、なんでもないよ」
「変なひとですね」

 行きますよ、と言ってエミルが歩き出す。俺はグラディスに手を振り「じゃあ行って来るから!」と言い残し、エミルと二人でレンガ造りの校舎へと足を踏み入れた。教員室までたどりついて扉をノックすると、静かに扉を開けた。

「失礼しまーす」

 扉を開けると、一番近くの机に座っていた白髪交じりの女性がこちらを振り向いた。そして、俺の顔を見るなりぱあっと明るい笑顔になった。

「あらあらまあ! エドガーじゃないの! 懐かしいわねえ」
「お久しぶりです、ハンナ先生」
「どうしたの? 里帰り?」
「街に用があったついでに、懐かしくなって寄ってみたんです。ハンナ先生、お元気そうで何よりです」
「ええ、元気にしてるわよ。さあさ、中へお入りなさいな」

 俺を教員室に招き入れたハンナ先生は、俺の背後に隠れていた人影に気づいたみたいだった。

「あら、この子は?」
「バイト先のお子さんなんです。この街に来てみたいって言うもんですから」

 エミルは俺の背後から姿をあらわすと、子供らしい仕草でお辞儀をした。

「こんにちは。僕、エミルっていいます」
「まあまあ、お人形さんみたいねえ。今、お菓子用意してあげるわ。座って待っててちょうだい」
「あ、先生、お構いなく」

 俺たちは促されて教員室に入ると、客用のソファに座った。隣に座ったエミルは子供がするみたいに、足をぶらぶらさせている。
 あ、これ演技だな。
 俺は心の中で苦笑した。
 最近、だんだんエミルのこと、分かるようになってきたんだよね。普段はこんな子どもっぽい仕草はしないもんな。

 俺は教員室の中をざっと見回して、お目当てのレオン先生の姿を探した。教員室にはいないみたいだけど、剣の授業が終わってないんだろうか。

「あの、レオン先生は剣の鍛錬場ですか? 剣術のことで少し相談があって」
 
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