道具屋探偵ファンタジア ~古道具を売りに行ったら探偵の助手として雇われました~

荒久(あららく)

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第1章 剣の磨き布

15 グラディス、もう一度 3

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 一歩前に出たのはエミルだった。
 背の高いグラディスを見上げるエミルの顔からは、さっきまでの子どもらしい雰囲気は消え去って、意思の強い表情に変わっていた。グラディスが驚いてエミルを見返す。

「妹はずっと苦しんでるんです。それはグラディスさん。あなたが悲しみを自分で解決せずに、あの磨き布に押しつけたせいだ。そして、あまつさえ、それをさらにエドガーさんに押しつけた。あなたは辛いことに向き合わずに、ただ逃げているだけなんじゃありませんか。あなたが過去と向き合うことを恐れているから、周囲の人間が結果的に傷つくんじゃありませんか」
「ちょ、ちょっと、エミル、言い過ぎだよ……!」

 慌ててエミルを止めると、俺はグラディスを見上げた。

「ごめん、グラディス。ちょっと言い過ぎた、謝るよ。エミルは妹のノエルのことで必死だから……許してやってくれない?」

 だけどグラディスには俺の声なんて届いていないみたいだった。拳をぎゅっと握って怒りをこらえていたが、やがて震える声で言った。

「あんたたちの都合なんて知らないわよ! もう二度と来ないで!」

 グラディスは俺たちに背を向けると、神学科の建物のほうへと走って行ってしまった。
 なんだか可哀想なことをしちゃったな。無理を言って呼び出したのは、こっちだし……。あとで謝っておかないと。
 俺は平然とした顔をしているエミルに視線を落とした。

「エミル。今のは言い過ぎだよ」
「いいんですよ、これで」
「良くないよ。グラディスはわざわざ来てくれたんだから。もっと穏やかに話し合わないと、聞ける話も聞けないよ」

 するとエミルは自信たっぷりな笑顔を俺に向けてきた。

「そんなことはありませんよ」
「え? どういうこと」
「グラディスさんは悩みを打ち明けるかどうか迷ってました」
「迷ってた? グラディスが?」
「ええ。気づきませんでしたか?」

 俺は首をひねると、グラディスとの会話を思い返してみた。
 ……いやー、そんな風には見えなかったけどなあ。

「エドガーさんは心配しなくても大丈夫ですよ。種は蒔きましたから」
「種?」
「ええ。さあ、もう帰りましょうか」

 そう言うと、エミルはすたすたと歩き始めた。俺はため息をつくと、頭を掻いた。
 エミルが何を考えているのかは分からないけど、とりあえずこれ以上大学にいても仕方がない。俺はエミルを追って歩き出した。

 大学は高台に建てられていて、そのさらに上の丘には城がある。だから大学を出ると、道具屋レイツェルまではずっと石畳の坂道を下っていくことになる。

 俺は坂道を歩きながら、さっきのエミルの言葉を考え続けていた。種をまいた……。どういうことだろう。考えても全然、意味がわからないや。
 本当にエミルって何者なんだろうな。もしかして見た目は子どもだけど、俺よりずっと年上だったりして。よくおとぎ話で、見た目は若いけど実は百歳ぐらいの魔法使いで……って話もあるし。

 そんな考えにふけっていた時だった。背後から馬が駆けてくる蹄の音がした。振り向こうとしたそのとき。

「待って! そこの二人、ちょっと待って!」
「え、グラディス?」

 馬に乗ってさっそうと駆けてきたのは、なんとグラディスだった。驚いてエミルを見ると、エミルは「ほらね?」と言う顔で微笑み返してきた。
 エミル、君はいったい何者なんだい……?
 
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