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第1章 剣の磨き布
07 子守りのバイト 3
しおりを挟むバイト代のことを言われると辛い。今週一週間を生き延びる資金を稼がなきゃいけないし。
っていうかこの子、子供のくせに、やけに人の足元見てくるなあ。
でも正直なところ面倒事に関わり合いたくないって気持ちもあった。お人好しの性格に目をつけられて利用されることが、何度もあったからね。
迷ったあげく、俺は率直に自分の気持ちを告げることにした。エミルは頭のいい子だから理解してくれるだろう。
「あのさ、エミル。俺、学生だし、授業の他にバイトもあるから、そんなに時間取れそうにないんだよ。それに、元の持ち主って言っても実はよく知らなくて……」
「ちなみにノエルによると、この磨き布をあなたにあげた人は、あなたのことが好きだったみたいです」
「えっ」
思わず大きな声が出てしまった。
俺はこの磨き布をくれた女の子のことを思い出していた。
名前は確かグラディス。同じ街の高等科に通っていた同級生の女の子だ。苗字は……覚えていない。それくらい接点の薄い同級生だった。クラスも違ったしね。
背が高くて体格が良い体育会系で、剣の授業では男子と張り合っていたくらいだ。ひ弱で文系の俺とは真逆の女の子だったから、ほとんど話したこともなかった。
そういえば一度だけ剣の授業で対戦したことがあったけど、まったく敵わなかったんだった。
だから高等学校の卒業の日、この剣の磨き布を突然渡されたときは本当に驚いた。確か「もういらなくなったからあげる」とぞんざいに渡されたんだった。
そのグラディスが、俺のことを好きだったなんて……? いやでも、そんなそぶり、まったくなかったけどな……。
「あのグラディスが……?」
「グラディスさん、というんですね。この磨き布の持ち主がグラディスさんなら、その人が何か哀しい思いをしていたみたいですね」
「そんな風には見えなかったけどなあ……」
グラディスはいつも明るく笑っている女の子だった。この磨き布をくれたときも、特に悲しんでいる様子はなかったけど……。
「じゃあエドガーさん。一度グラディスさんに会って話を聞くってことでいいですね?」
「え。もう決定なの」
ねえ。
やっぱ君、人使い荒くない?
「物の泣き声を止めないと、妹が苦しいままなんです。僕は泣き声を止めて妹を助けたい。それにグラディスさんだって今も人知れず悲しい思いをしているかもしれません……」
エミルは悲しい顔をすると、彼の背中に張り付いているノエルの頭をなでて見せた。
「ああもう、わかったよ! グラディスが困ってるっていうなら、俺だってなんとかしてあげたいしさ」
エミルは俺のその言葉を待っていたみたいだった。俺の顔を見上げると、にっこりといい笑顔で微笑んだ。
「ありがとうございます。改めて、僕の名前はエミル。妹はノエルっていいます。どうぞよろしく」
「負けたよ、エミル。俺はエドガー・リンネ。よろしくね」
手を差し出すと、エミルの小さな手が俺の手を握り返して来た。その小さな手は俺の予想に反して、とても暖かな手をしていた。
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