腕利きの暗殺者は芸能事務所のマネージャー ~ホロウ・アイドルズ ~

重弘 茉莉

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第1話

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「ん……」 



 憑神 明つきがみ あきらは簡素なイスに座った状態で目を覚ます。ぼやけた視界に、回らない思考。
そして辺りを見渡すと窓にブラインドが降りて薄暗い会議室のような小部屋に、正面に座る黒スーツのスキンヘッド男。


「ようやくお目覚めかね? えぇと憑神 明つきがみ あきらくん。年は28歳ね。んで、職業は暗殺者ね。殺した相手は982人って、"生ける伝説"の名は伊達じゃないってか。君のような人間が居てくれて、俺は運が良かったよ」


 スキンヘッド男は掛けていたサングラスを指で弄びながら、何かの資料を見つつ目覚めた憑神に声を掛ける。
一方で憑神は状況を掴めずにただただ狼狽えるばかりであった。


「ここはいったいどこなんですか? それにあなたは誰なんです? なんで俺はこんなところに?」


「おーおー。そう興奮するなって。まず深呼吸をしろ、良いな? とりあえず自己紹介からしようか。俺は土瑠衣 紋久どるい もんくだ」


 土瑠衣は両手を広げて憑神をなだめすかすように、ゆっくりとした口調と動作をする。
その土瑠衣の様子に少しだけ落ち着きを取り戻した憑神は、再度土瑠衣に質問を投げかける。


「えぇと、土瑠衣さん。本当にここどこなんですか? 見た感じ、どこかの会社の会議室っぽいですけど。 ……まさか、俺を誘拐したりとか」


「まあ、ある意味誘拐ってのは合ってるな。ただ、憑神くん。君は何か大切なことを忘れてないか?」


「へっ?」


「思い出せないようならヒントをあげよう。ヒント1商業ビル、ヒント2屋上、ヒント3怪物」


「あ……」


 瞬間、出来の悪いパラパラマンガのように憑神の脳裏にフラッシュバックする自身の最後の光景。
とある悪徳会社の役員を暗殺しに、ある高層マンションに潜入したところ。帰るためにエレベーターを乗ったところ。何故かエレベーターのボタンが効かずに屋上まで行ってしまったところ。
そして、そして。不審に思って屋上に出た瞬間、背後に現れた黒い人型。押され、担がれ、投げ飛ばされ。後はそれを見つめながら落ちていく己の体。

「うっ……!?」


 気がつくと憑神の額から滴る真っ赤な鮮血。
血はすぐに床に広がり、粘着質な飛沫で憑神のズボンは紅く染まっていく。だがそのような状態であっても、憑神は痛みを感じることはなかった。幾度となく見てきた光景であったが、自身の体からの大量出血しているのに痛みがないのは初めての体験だった。


「ようやく思い出してもらえたところでさっきの質問に答えようか」


 呆然としている憑神を置いて、土瑠衣はイスから立ち上がると窓辺へと近づいていく。


「まず憑神くん、君は死んだんだ。そして死んだ君を連れてきたのはこの俺だ。見込みがあったからな。そして、ここは」


 そこで土瑠衣は思いっきりブラインドを上げる。
薄暗かった会議室は一気に明るくなり、憑神の視界は真っ白になる。


「ここは煉獄界。天国と地獄の交差道だ」


 憑神の真っ白になった視界は晴れ、細目にして外の様子を見る。


「……すごい」


 そこには高層ビルが所せましと並び立ち、宙を飛ぶ大猫や朧車おぼろぐるまや天狗。そして地上に目をやるとスーツを着たサラリーマンやOLに交じって和服を着た骸骨や鬼が行きかっていた。
日常の風景に無理やり死者や妖怪をはめ込んだような光景が憑神の眼前に広がっていた。


「それで、だ。話を本題に移そうか。さっきここは天国と地獄の交差道って言ったよな。それでそれを見定めるのが君の目の前に居る俺っていうわけだ」


「俺はみんなに頼まれて殺してきたんだ。それでみんなは喜んでくれたんだ。お金のためにやってきたわけじゃない」


「ああ、そうだな、君は多くの人間を殺めてきた。普通なら1発で地獄送りだが何事にも例外はある。それでこれから君が取れる道は2つに1つだ」


「それはいったいなんです……?」


「1つ目はこのままこの部屋を出て地獄送りだ。簡単だろう? なに、1番軽い量刑の地獄送りだろうし数百年我慢すれば終わりさ」


「もう1つはなんです?」


「もう1つは、だ。この煉獄で働いて地獄送りを回避することだ。俺の下で働けば地獄送りはなしにしてやる。さっき、俺は君に”見込み”があるって言ったよな。君は昔から人ならざるものが見えていた、その能力を俺の下で使って欲しいんだ」


「それって、俺に拒否権はないと言っているようなものなんじゃ……」


「まあ、好きにしてくれ。さて、どうする。あと、君は君を死に追いやった原因について何も知らないままでよいのかね。調べていけばいつかは分かると思うが?」


「まぁ、土瑠衣さんの下で働かせていただきますよ……」


「よし、それならこの契約書にサインをしてくれ」


 土瑠衣は書類ケースから一枚の契約書と万年筆を取り出すと、机の上にそれらを置く。そこには細かく規約などが書かれており、小さい文字で紙面を覆っていた。
憑神は嫌そうにしながらもその契約書にさらさらと自身の名前をサインする。


「これで良いんですか?」


「うん、うん。上出来だ、それで君の仕事だが」


「あっ、はい」


「じゃあ、君には我が社、”芸能プロダクションZOZOZO”でアイドルたちのマネージャーをやってもらおうか」


「はいっ!?」


 憑神は自身が想像していた仕事とはまったく違うことに驚いて声を上げる。
だが土瑠衣は憑神のその反応を分かっていたようで、そのまま冷静に話を続ける。


「まあ、驚くのは分かっていたよ。だがな、この仕事はな、とても重要な仕事なんだよ。神々の大戦《ラグナロク》や世界の終末アポカリプスが起きないのもこの仕事があるからだ。一言で言えば、これは代理戦争だ。世界中の神々たちのな」


「……話が見えませんが」


「信仰の数だけ、天国と地獄は存在するのよ。さらに信者の数=信仰、つまり神の力強さだ。そして死んだ人間は、死んだ後にどの宗教の天国か地獄か選べるのよ。これがこの世界のルール”死者の信仰の自由”だな。まあ、大概は生前の信仰に従って選ぶんだが。それで生まれ変わった後も、その信仰に入るようになるのよ。だからこそ、死んだ人間の信仰が重要なんだ。そして死んだ後に別の信仰を選ぶ人間も居る」


「そのどこかに行こうとしている人たちをこっちの信仰に入ってもらうために、アイドルですか……?」


「PR活動だな。で、この煉獄街以外にも多くの別世界の煉獄があるんだが、PRしにいけるのはごく僅かだ。まずはこの世界で人気と知名度がなきゃならん。変なヤツを外に出して逆に人に逃げられたら駄目だしな。この世界に有象無象ある芸能プロダクションでトップに立てれば、この事務所と俺に多大な権力がもらえるって寸法だ。君を天国送りに出来るし、現世にも干渉出来るようになるし」


「はぁ、なんとなくは分かりました。そういえば、そのアイドルにする人ってどこに居るんです?」


「ああ、それが君の初仕事だ。現世に行って勧誘してきてくれ。無論、生きている人間以外で」


「へっ?」


「あとこれからは俺のことは社長と呼べよ、憑神マネージャー?」


 土瑠衣はニッコリと白い歯を見せながら、憑神の肩をぽんっと叩くのであった。
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