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ハンニバルの帰還
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ウティカの陣営地に戻ったローマ軍は、季節が秋に入るということで冬越しの準備に入っていた。今のところカルタゴが兵を出したという情報はなく、このまま冬の自然休戦期間に入ると思われた。ヌミディア王国との同盟で、補給と騎兵戦力の当てができたことはスキピオには大きかった。王国の復興を実現してマシニッサが援軍にかけつけてくれれば、カルタゴとしても脅威に他ならないだろう。カルタゴには戦力を整えるお金はあっても、時間も人員もないように思えた。
カルタゴはハンニバルを帰還させるかもしれない。その予感は的中していた。スキピオの狙い通りとなった。
カルタゴは紀元前二〇五年、ローマ海軍の隙をついてハンニバルの弟マゴを、一万四千の兵と戦象と共に北イタリアに上陸させた。しかし、北イタリアのガリア人がローマ優勢と見て味方につかなかったこともあり、マゴは兄との合流を果たせないままローマ軍に敗北して重傷を負い、その場に留まっていた。
カルタゴ政府はバグラデス川での敗北を知り、ついにイタリアにいるマゴとハンニバルに帰還命令を下した。マゴは帰国途中で戦場での傷が原因で帰らぬ人になったが、その軍勢は無事に首都カルタゴに到着することになる。ハンニバルも政府の要請を受け、帰国の準備に入った。
そんな中、スキピオの元にカルタゴからの使節団が到着した。カルタゴ使節団はローマとの講和を望み、それに向けた交渉を行いたいと伝えてきた。スキピオの知るところではなかったが、カルタゴ政府はローマとの講和か戦争続行かで意見が割れていた。ハンニバルを帰還させるのも、ローマ軍を撃退させるのが目的である。つまり、カルタゴ政府は講和と戦争続行の二つを同時に進めていたということだ。
スキピオはカルタゴ政府に講和の条件を提示した。それは、イタリアのハンニバル兄弟の退去に始まり、ヌミディア王国の承認、ヒスパニアでの利権放棄、二十隻を除いた軍船をローマに引き渡すなど複数にのぼり、賠償金の支払い要求も含まれていた。カルタゴ政府はそれらを受け入れられるよう準備するとして、ローマとカルタゴは休戦して講和交渉に入った。これでこの戦争はようやく終わる。スキピオが胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
イタリアからのハンニバル撤退を知ったローマは歓喜に沸いた。いや、イタリア中が歓喜に沸いた。アフリカでは救国者スキピオが講和交渉をしており、この長きに渡る戦争が終結しようとしている。ローマの同盟都市もこの報せに沸かないはずがない。ローマはまるでお祭りのような騒ぎが数日続き、次に神殿に向かって長い長い行列ができた。戦いが終わったことを神に感謝するとともに、この戦争で死んでいった者たちの家族や友人が、亡き人に戦争の終わりを報告しようとしたのだ。
元老院の第一人者で、これまでずっとこの戦争に対応してきた老ファビウスは、この報せを受けてから一か月後に静かに息を引き取った。その死に顔は安らかなものだったと言う。ハンニバルの侵攻からローマを守ってきたのは、間違いなくこの男だった。
元老院も市民集会も、救国者スキピオがカルタゴに対して提示した講和条件を承諾した。ただ、元々講和と戦争続行との二枚舌で進めているカルタゴ政府の動きは鈍かった。
後はカルタゴ政府からの最終回答を待つのみとなったある日、ローマ軍の補給船が嵐にあい、首都カルタゴに程近い海岸に漂着した。休戦中にもかかわらず、その船団をカルタゴ軍は襲い、積み荷を略奪するという行為に走った。スキピオは当然これに抗議し、奪ったものを直ちに返還するよう求めたのだが、カルタゴ政府はそれを拒否したのである。
ハンニバルの帰還を知ったカルタゴ政府が、ついに戦争続行に舵を切ったのだ。講和交渉は打ち切られ、再びローマとカルタゴは戦争状態になる。
カルタゴには信義がないのか。スキピオは悪態をついた。そして、これが理想と現実の違いというものであり、人がいかに愚かな生き物であるのかを思い知らされた。
この戦争でさらに多くの人が死ぬだろう。しかも、彼らには何の罪もない。一部の人間が決めた無意味な戦争に巻き込まれ、無意味に命を落としていく。全く馬鹿らしい話だ。この戦争の勝者は何を得ると言うのだろうか。土地か奴隷か、財か、それがいったい何になるのだろうか。彼らはいったい何のために好き好んで戦争をするのだろうか。スキピオには考えてもわからなかった。自分は全知全能でもなければ、ただの未熟な男に過ぎないのだから仕方がないと、彼は諦めるしかなかった。
どうすれば戦争のない世の中にできるのかはわからないが、この戦争は終わらせる。終わらせて見せる。スキピオはハンニバルとの戦いを覚悟した。
ハンニバルはローマ海軍を警戒して、大きく迂回する航路をとった。首都カルタゴから遠く離れた南方のハドゥルメトゥムに到着したハンニバルは、そこで冬越しをする。首都カルタゴからマゴが率いていた兵が到着し、イタリアから連れてきた兵と合わせて五万にもなった。さらに、戦象が八十頭加わり、騎兵戦力の増強のためにシファチェの息子に参戦を要請する。もちろん、ローマ軍との戦いに勝利した後には、ヌミディア王国を取り戻すことに助力すると言う餌を撒いた。これに対して国を追われているシファチェの息子は、二千の騎兵を引き連れて参戦することを約束する。
カルタゴはハンニバルを帰還させるかもしれない。その予感は的中していた。スキピオの狙い通りとなった。
カルタゴは紀元前二〇五年、ローマ海軍の隙をついてハンニバルの弟マゴを、一万四千の兵と戦象と共に北イタリアに上陸させた。しかし、北イタリアのガリア人がローマ優勢と見て味方につかなかったこともあり、マゴは兄との合流を果たせないままローマ軍に敗北して重傷を負い、その場に留まっていた。
カルタゴ政府はバグラデス川での敗北を知り、ついにイタリアにいるマゴとハンニバルに帰還命令を下した。マゴは帰国途中で戦場での傷が原因で帰らぬ人になったが、その軍勢は無事に首都カルタゴに到着することになる。ハンニバルも政府の要請を受け、帰国の準備に入った。
そんな中、スキピオの元にカルタゴからの使節団が到着した。カルタゴ使節団はローマとの講和を望み、それに向けた交渉を行いたいと伝えてきた。スキピオの知るところではなかったが、カルタゴ政府はローマとの講和か戦争続行かで意見が割れていた。ハンニバルを帰還させるのも、ローマ軍を撃退させるのが目的である。つまり、カルタゴ政府は講和と戦争続行の二つを同時に進めていたということだ。
スキピオはカルタゴ政府に講和の条件を提示した。それは、イタリアのハンニバル兄弟の退去に始まり、ヌミディア王国の承認、ヒスパニアでの利権放棄、二十隻を除いた軍船をローマに引き渡すなど複数にのぼり、賠償金の支払い要求も含まれていた。カルタゴ政府はそれらを受け入れられるよう準備するとして、ローマとカルタゴは休戦して講和交渉に入った。これでこの戦争はようやく終わる。スキピオが胸を撫で下ろしたのは言うまでもない。
イタリアからのハンニバル撤退を知ったローマは歓喜に沸いた。いや、イタリア中が歓喜に沸いた。アフリカでは救国者スキピオが講和交渉をしており、この長きに渡る戦争が終結しようとしている。ローマの同盟都市もこの報せに沸かないはずがない。ローマはまるでお祭りのような騒ぎが数日続き、次に神殿に向かって長い長い行列ができた。戦いが終わったことを神に感謝するとともに、この戦争で死んでいった者たちの家族や友人が、亡き人に戦争の終わりを報告しようとしたのだ。
元老院の第一人者で、これまでずっとこの戦争に対応してきた老ファビウスは、この報せを受けてから一か月後に静かに息を引き取った。その死に顔は安らかなものだったと言う。ハンニバルの侵攻からローマを守ってきたのは、間違いなくこの男だった。
元老院も市民集会も、救国者スキピオがカルタゴに対して提示した講和条件を承諾した。ただ、元々講和と戦争続行との二枚舌で進めているカルタゴ政府の動きは鈍かった。
後はカルタゴ政府からの最終回答を待つのみとなったある日、ローマ軍の補給船が嵐にあい、首都カルタゴに程近い海岸に漂着した。休戦中にもかかわらず、その船団をカルタゴ軍は襲い、積み荷を略奪するという行為に走った。スキピオは当然これに抗議し、奪ったものを直ちに返還するよう求めたのだが、カルタゴ政府はそれを拒否したのである。
ハンニバルの帰還を知ったカルタゴ政府が、ついに戦争続行に舵を切ったのだ。講和交渉は打ち切られ、再びローマとカルタゴは戦争状態になる。
カルタゴには信義がないのか。スキピオは悪態をついた。そして、これが理想と現実の違いというものであり、人がいかに愚かな生き物であるのかを思い知らされた。
この戦争でさらに多くの人が死ぬだろう。しかも、彼らには何の罪もない。一部の人間が決めた無意味な戦争に巻き込まれ、無意味に命を落としていく。全く馬鹿らしい話だ。この戦争の勝者は何を得ると言うのだろうか。土地か奴隷か、財か、それがいったい何になるのだろうか。彼らはいったい何のために好き好んで戦争をするのだろうか。スキピオには考えてもわからなかった。自分は全知全能でもなければ、ただの未熟な男に過ぎないのだから仕方がないと、彼は諦めるしかなかった。
どうすれば戦争のない世の中にできるのかはわからないが、この戦争は終わらせる。終わらせて見せる。スキピオはハンニバルとの戦いを覚悟した。
ハンニバルはローマ海軍を警戒して、大きく迂回する航路をとった。首都カルタゴから遠く離れた南方のハドゥルメトゥムに到着したハンニバルは、そこで冬越しをする。首都カルタゴからマゴが率いていた兵が到着し、イタリアから連れてきた兵と合わせて五万にもなった。さらに、戦象が八十頭加わり、騎兵戦力の増強のためにシファチェの息子に参戦を要請する。もちろん、ローマ軍との戦いに勝利した後には、ヌミディア王国を取り戻すことに助力すると言う餌を撒いた。これに対して国を追われているシファチェの息子は、二千の騎兵を引き連れて参戦することを約束する。
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