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カルタゴ・ノウァ
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カルト・ハダシュトの市民のほとんどは、ヒスパニアの原住民であるイベリア人だった。バルカ一族はこの地を支配してきたが、はたして市民感情はどうだろうか、とスキピオは考えた。タラゴナで情報を集めると、どうやら金銭で懐柔しているか、武力によって従わせているかのどちらかであるらしいことがわかった。さらに、この都市には、ヒスパニアの地元部族の代表者らが三百人ほど人質として住まわされていた。ヒスパニアのカルタゴ軍は正規兵と地元部族の兵との混成軍である。カルタゴ軍は地元部族から兵を徴収し、裏切り防止のために人質をとっていたのだ。人質とされたのは部族長の親や子供、妻が多い。これを有効的に活用しない手はなかった。
スキピオはニーケーが到着して間もなく、計画していた行動を開始する。カルト・ハダシュトの守備兵や住民を全て広場に集めたスキピオは、自分たちが解放者である旨を彼らに向かってまず伝えた。そしてこの地の名称をカルタゴ・ノウァと改め、ここが生まれ変わると宣言した。
女子供は即時帰宅させ、奴隷にもしなければ身代金も一切要求しない旨も伝えた。男たちにはローマ軍の船の漕ぎ手として働くよう要請したが、強制はしなかった。高齢者や負傷者は除外され、働く者には給金も出すと伝えた。そして、ヒスパニアからカルタゴ勢力を追い出せば、彼らにも帰宅を許すと約束した。
また、この地はカルタゴ軍の本拠地として武具の生産を行ってきたため、武具職人が二千人ほど住んでいた。スキピオは彼らにこれからはローマ軍のために武具を生産してほしいと要請した。自分たちは長らく続くヒスパニアでの戦争を終わらせるためにやってきた。この地の平和をいち早く勝ち取るために、協力してほしいと訴えた。
次にスキピオは人質となっていた地元部族の面々に優しく語りかけた。
「あなたたちは自由です。この地を離れて故郷に帰るのも私たちは止めない。カルタゴ軍に協力している家族と共に、我々ローマ軍と戦い続けるというなら好きにすればよい。ただ、それは再びカルタゴ軍の人質になるということに他ならい。あなたたちの夫や息子、父、兄弟は人質を盾にされ、永久に戦い続けなくてはならない。あなたたちが彼らと会える日は果たして来るのだろうか。
ここでもう一つの選択がある。それは自由となり、我々に協力することだ。戦場に駆り出されている者たちに、ローマと同盟するよう手紙を出して欲しい。彼らに速やかにカルタゴ軍から離脱するよう勧めてほしい。ローマと同盟すれば、あなたたちだけでなく、彼らも自由だ。故郷で一緒に暮らすこともできる。ローマ軍に兵士として参加して給金を受けることもできる。我々がこの戦争に勝利すれば、ヒスパニアはあなたたちのものだ。我々はカルタゴのようにこの地が欲しいわけではない。我々はこの長引く戦争に終止符を打ち、皆で平和を享受したいだけなのだから」
横柄な態度で接してきたカルタゴ人と違い、ローマ人の物言いは丁寧だと、彼らは感じたのではないか。カルタゴ人は自分たちの自由を武力によって奪い、家族を戦場に無理やり連れて行った。戦場から帰らぬ人となった者も多い。カルタゴ人は戦死した家族に対して悔やみの言葉をかけることはなく、金を置いていっただけだった。金と力さえあればどんなことでも許されるとでも思っているように。
スキピオはカルタゴ・ノウァに居住していた裕福なカルタゴ人から奪った高価な装飾品を、地元部族の女性たちに配った。それらの品々は元々が彼女らの物だったからだ。
スキピオは一部のカルタゴ人の有力者を捕らえてローマに送還したが、それ以外の住民の自由を保障した。戦争に負けた者たちの運命は古来より奴隷にされるか殺されるかがほとんどである。スキピオのカルタゴ・ノウァの住民への措置は寛大すぎるものだと言えた。守備兵としてローマ軍と戦ったカルタゴ軍の兵士ですら、扱いは同じであった。
そんな折、カルタゴ・ノウァの有力者らが美しい娘を連れてスキピオを訪ねてきた。
「スキピオ様、今回のあなた様のはからいに対して、私たちは大変感謝しております。その気持ちを言葉では言い尽くせませんので、どうかこの娘をお納め下さい。この娘はこの街で最も美しいと評判の娘でございます」
スキピオの隣で控えるニーケーがあからさまに戸惑いの表情をしたのとは対照的に、スピキオは余裕の表情で微笑み、
「これほどの美女はローマにも数えるほどしかいません。贈り物の価値としては大きすぎて釣り合いがとれません。とても受け取れるものではありません」
と、優しい目できっぱりと断った。有力者たちは、この娘には許婚がいたがそれを反故にしてまで来たのだからと食い下がった。
「私のせいで迷惑をかけてしまった。申し訳ありません」
と頭を下げ、この娘に金貨を持たせ、部下たちに命じて元許婚の元まで送らせた。これが駄目押しとなり、カルタゴ・ノウァでのスキピオ人気は天井に到達した。
スキピオはニーケーが到着して間もなく、計画していた行動を開始する。カルト・ハダシュトの守備兵や住民を全て広場に集めたスキピオは、自分たちが解放者である旨を彼らに向かってまず伝えた。そしてこの地の名称をカルタゴ・ノウァと改め、ここが生まれ変わると宣言した。
女子供は即時帰宅させ、奴隷にもしなければ身代金も一切要求しない旨も伝えた。男たちにはローマ軍の船の漕ぎ手として働くよう要請したが、強制はしなかった。高齢者や負傷者は除外され、働く者には給金も出すと伝えた。そして、ヒスパニアからカルタゴ勢力を追い出せば、彼らにも帰宅を許すと約束した。
また、この地はカルタゴ軍の本拠地として武具の生産を行ってきたため、武具職人が二千人ほど住んでいた。スキピオは彼らにこれからはローマ軍のために武具を生産してほしいと要請した。自分たちは長らく続くヒスパニアでの戦争を終わらせるためにやってきた。この地の平和をいち早く勝ち取るために、協力してほしいと訴えた。
次にスキピオは人質となっていた地元部族の面々に優しく語りかけた。
「あなたたちは自由です。この地を離れて故郷に帰るのも私たちは止めない。カルタゴ軍に協力している家族と共に、我々ローマ軍と戦い続けるというなら好きにすればよい。ただ、それは再びカルタゴ軍の人質になるということに他ならい。あなたたちの夫や息子、父、兄弟は人質を盾にされ、永久に戦い続けなくてはならない。あなたたちが彼らと会える日は果たして来るのだろうか。
ここでもう一つの選択がある。それは自由となり、我々に協力することだ。戦場に駆り出されている者たちに、ローマと同盟するよう手紙を出して欲しい。彼らに速やかにカルタゴ軍から離脱するよう勧めてほしい。ローマと同盟すれば、あなたたちだけでなく、彼らも自由だ。故郷で一緒に暮らすこともできる。ローマ軍に兵士として参加して給金を受けることもできる。我々がこの戦争に勝利すれば、ヒスパニアはあなたたちのものだ。我々はカルタゴのようにこの地が欲しいわけではない。我々はこの長引く戦争に終止符を打ち、皆で平和を享受したいだけなのだから」
横柄な態度で接してきたカルタゴ人と違い、ローマ人の物言いは丁寧だと、彼らは感じたのではないか。カルタゴ人は自分たちの自由を武力によって奪い、家族を戦場に無理やり連れて行った。戦場から帰らぬ人となった者も多い。カルタゴ人は戦死した家族に対して悔やみの言葉をかけることはなく、金を置いていっただけだった。金と力さえあればどんなことでも許されるとでも思っているように。
スキピオはカルタゴ・ノウァに居住していた裕福なカルタゴ人から奪った高価な装飾品を、地元部族の女性たちに配った。それらの品々は元々が彼女らの物だったからだ。
スキピオは一部のカルタゴ人の有力者を捕らえてローマに送還したが、それ以外の住民の自由を保障した。戦争に負けた者たちの運命は古来より奴隷にされるか殺されるかがほとんどである。スキピオのカルタゴ・ノウァの住民への措置は寛大すぎるものだと言えた。守備兵としてローマ軍と戦ったカルタゴ軍の兵士ですら、扱いは同じであった。
そんな折、カルタゴ・ノウァの有力者らが美しい娘を連れてスキピオを訪ねてきた。
「スキピオ様、今回のあなた様のはからいに対して、私たちは大変感謝しております。その気持ちを言葉では言い尽くせませんので、どうかこの娘をお納め下さい。この娘はこの街で最も美しいと評判の娘でございます」
スキピオの隣で控えるニーケーがあからさまに戸惑いの表情をしたのとは対照的に、スピキオは余裕の表情で微笑み、
「これほどの美女はローマにも数えるほどしかいません。贈り物の価値としては大きすぎて釣り合いがとれません。とても受け取れるものではありません」
と、優しい目できっぱりと断った。有力者たちは、この娘には許婚がいたがそれを反故にしてまで来たのだからと食い下がった。
「私のせいで迷惑をかけてしまった。申し訳ありません」
と頭を下げ、この娘に金貨を持たせ、部下たちに命じて元許婚の元まで送らせた。これが駄目押しとなり、カルタゴ・ノウァでのスキピオ人気は天井に到達した。
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