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第2章 魔王軍四天王 リベルタ
第十一話
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闘技場の祭り当日。闘技場の入り口はたくさんの人で賑わっている。
俺とシエルも、入り口に着いたのだが、人々の波に流されないようにするので精一杯である。ちなみに、ラルフは屋台を詳しく見て回りたいそうで、ここにはいない。
この祭りの案内人が、大きな看板を持って誘導する。
「出場する方はこちらに、観覧する方はあちらにお進みください。」
やがて、人の波がゆっくりと動いていく。
俺はシエルと別れ、出場者の部屋のほうへと向かう。
部屋の中に入ると、屈強な者達が揃っていた。筋骨隆々な者、腕に、足に自信のある者など、俺の後からも、続々と集まってくる。
しばらく待っていると、先ほどの案内人と同じ格好をした人物がやって来た。
「そろそろ入場です。準備してください。」
俺はしっかりと気合いを入れ、入場口へと歩みを進めるのだった。
「さあさあ、今年も始まります! 障害物競走!」
若く元気な司会らしき男の声が、闘技場に響き渡る。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
ウォォォと、今度は観客の声が響き渡る。
「それでは、出場者の入場です!」
俺たちはその指示で入場し、段差の上にあるスタートラインの前に立った。
その先には、大きな網だったり、崖だったり、綱だったり様々な障害物がある。これらをすべて乗り越えた先にゴールがあるようだ。
「出場者の皆さんも気合い十分…です…ね。この先には、さまざまな困難が…ありますが、がんば…って乗り越えましょう!」
ときどき、音声に砂嵐のような音が入る。
何か問題でもあったのだろうか。
出場者の中にも、俺と同じく疑問を持っている人がいるようだった。
それでも、司会は言葉を続けている。
「さあ……み…な…さん、せ……っさた…くまし……てが…………」
とうとう、司会の声が消え、砂嵐の音だけになってしまった。
観客も出場者も、全員、戸惑いの表情を見せている。中には、不安な声を出す人もいた。
少し経つと、砂嵐の音が消え、声が聞こえてきた。
「はぁーい、人間の諸君。」
しかし、それは先ほどの司会の声ではなかった。
「ワタシが誰かって? ワタシの名前はトイファ。この祭りを乗っ取った魔族だよっ。ぱちぱち~。」
その声を聞き、皆、ざわざわし始める。
乗っ取った、というさっきの言葉から、トイファが良いやつとは思えない。魔族と言っていたところを考えると魔王軍の一員だろう。
もし、この推測が正しければ、こうして人間の営みを乗っ取ってしまえるぐらい魔王軍は人間に紛れることができるということになる。
トイファは、笑っていた。
「アハハ! 慌てふためいてるねぇー。そうだ! ワタシから出場者の皆にプレゼントがあるんだよね。今のままじゃ、つまらないだろうから、こんなものを用意しました!」
トイファの声に合わせて、新たな障害物が現れる。そのどれもが、かかってしまえば、無事ではすまない罠ばかりだ。
あまりの恐怖に、俺の隣にいた男が叫んで、この場から逃げようとした。観客のほうでも、逃げ出そうとする人達がいる。
しかし、その誰もが、見えない壁に阻まれた。
「ざんね~ん。逃げられないよ。ワタシが既に『バリア』を張っているからね。このまま、競技を眺めるだけでもいいけど……それだけだと、つまんないし……。」
逃げようとした男は、絶望にうちひしがれて、膝から崩れ落ちる。
トイファはう~ん、と何かを考え込んでいたようだが、思い付いたらしく楽しげな声をあげた。
「あっ、そうだ! もし、出場者の中から誰か一人でもゴールできたら、観客を皆無事で解放してあげるね。逆に、皆脱落したら、観客も皆生きて帰さないよ?」
ざわめきがより強くなる。
そのとき、通信装置に反応があった。観客席にいるシエルからである。
「アルバ様。」
「シエル、無事か?」
「はい。閉じ込められているだけで、他には何ともありません。ただ、助けを求めるために、外にいるラルフ様に連絡しようとしたのですが、繋がらないのです。おそらく、このバリアの影響と考えられます。」
「そうか……。」
シエルの推測が正しければ、外からの助けは絶望的だ。まあ、まだラルフが通信装置に気づいていないだけという可能性もある。
いろいろ考えてみても、最終的には一つの結論へとたどり着く。
「ここは、俺たちが何とかするしかなさそうだ。シエル、トイファの居場所の特定を頼む。」
「はい、できるかどうかはわかりませんが、やってみます。」
辺りを軽く見ても、トイファが居そうな運営室は見当たらない。
魔法で見えないのか、少し遠い場所から見ているのかはわからない。どこから、こちらを把握しているのだろうか。
考えていると、突然、トイファの声がした。
「はいはーい。そろそろ、はじめて良いかなぁ。良いよね? 出場者の皆は自分の為にも、観客の為にも、頑張って乗り越えてね。それじゃ、スタート!」
競技が始まっても、誰も先に進む人はいなかった。
当たり前だ。一度進んでしまえば、後戻りはできないし、一歩間違えれば死んでしまうのだから。
誰も行くわけないだろ、という声が聞こえたが、トイファは言った。
「あ、そうそう、言い忘れてたけど……。」
後ろから、ガシャン、と大きな音がする。
振り返ると、少し離れた場所に、びっしりと針が並んでいる壁があった。針はこちらを向いている。
よく見ると、少しずつこちらに近づいてきている。
「遅い人達は、この針で、チクッ、とされちゃうから、気をつけてね。それじゃあ、改めて……スタート!」
壁の速度が上がる。
うわあぁぁと、一斉に皆が進む。
俺も、遅れないように急ぎつつ、慎重に進むのだった。
◇ ◇ ◇
競技場を一望できるそこは、トイファのいる運営室。
トイファは、見える景色を『ズーム』し、競技場の中を詳しく見ることができる画面のようなものを空中に浮かび上がらせていた。
その画面を見て、トイファは微笑む。
「クッフフ……。」
「何だか、面白いことをしているね。」
トイファ以外、誰もいないはずの運営室で、後ろから声がする。
驚いて、トイファは振り返る。
この部屋の扉の側には、見知った人物が立っていた。
「へぇー、アンタもここに来ていたんですね、リベルタさん。」
リベルタと呼ばれた人物は、その言葉に頷く。
「そう、仕事でたまたま訪れたから、様子を見に来たんだ。どう? 順調?」
「はい。ちょうど今、競技が始まったところですよ。」
彼の問いかけに、トイファが画面を一瞥してから答える。
そのとき、ふと何かを思い付いたらしく、微笑んでトイファが言う。
「あっ、そうだ! リベルタさんも競技に障害物を設置しませんか? アンタの技術ならここから設置できるでしょう?」
その言葉を聞き、リベルタは少々考えてから、答える。
「それも面白そうだけど、僕はやめとくよ。このゲームに水を差すわけにはいかないからね。」
「へぇ、ワタシは出来るのに、アンタは出来ないんですか。やっぱり、ワタシの方が優れてますね。」
リベルタの返答に、トイファが嘲笑う。
しかし、彼はトイファの言葉に笑い出す。
「あれれー、ちゃんと伝わんなかった? こんな素人の罠の中に、僕の罠を入れたら、君の罠がすべて劣って見えてゲームがつまらなくなる、って言ったんだけど。」
あからさまに馬鹿にされて、トイファは激怒する。先程の笑みは消え、リベルタを睨む。
「この半人前が。調子にのるなよ。」
「その半人前に負けてるのは、どこのどいつかな?」
リベルタは先程からずっと笑顔のまま、表情を変えていない。その態度がトイファの癇に触る。
トイファは魔王軍四天王ではない。
一方、リベルタは魔王軍四天王の1人。つまり、魔王に優秀さを認められたということである。トイファではなく、リベルタが。
トイファは、その事実が認められないのだ。しかし、魔王の決定は絶対である。
どれだけ怒ろうが、リベルタの言葉に返す言葉が見つからなかったトイファは、フンッ、と息を吐いてそっぽを向く。
そんなトイファの態度を気にせず、思い出したように、リベルタが言う。
「あ、そうそう。君にアドバイスだけど、勇者達は君の手に追えないだろうから、早めに逃げた方がいいと思うよ。たぶん、こんなにも大規模な殺しをしようとした君を許さない。」
「ご丁寧に忠告ありがとうございます。まあ、逃げるつもりはありませんが……って、アンタが他人に興味を持つなんて珍しい。」
勇者達がどう動くのか予測をたてられるほどに、リベルタは彼らの行動を気にしているということだからだ。
「まあ、ね。」
リベルタが競技の様子が映っている画面を見る。
そこには、勇者が頑張って障害物を避けている姿が映っていた。
それを見て、リベルタは目を細め、不敵な笑みを浮かべる。
「彼らは、僕の獲物だ。」
俺とシエルも、入り口に着いたのだが、人々の波に流されないようにするので精一杯である。ちなみに、ラルフは屋台を詳しく見て回りたいそうで、ここにはいない。
この祭りの案内人が、大きな看板を持って誘導する。
「出場する方はこちらに、観覧する方はあちらにお進みください。」
やがて、人の波がゆっくりと動いていく。
俺はシエルと別れ、出場者の部屋のほうへと向かう。
部屋の中に入ると、屈強な者達が揃っていた。筋骨隆々な者、腕に、足に自信のある者など、俺の後からも、続々と集まってくる。
しばらく待っていると、先ほどの案内人と同じ格好をした人物がやって来た。
「そろそろ入場です。準備してください。」
俺はしっかりと気合いを入れ、入場口へと歩みを進めるのだった。
「さあさあ、今年も始まります! 障害物競走!」
若く元気な司会らしき男の声が、闘技場に響き渡る。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
ウォォォと、今度は観客の声が響き渡る。
「それでは、出場者の入場です!」
俺たちはその指示で入場し、段差の上にあるスタートラインの前に立った。
その先には、大きな網だったり、崖だったり、綱だったり様々な障害物がある。これらをすべて乗り越えた先にゴールがあるようだ。
「出場者の皆さんも気合い十分…です…ね。この先には、さまざまな困難が…ありますが、がんば…って乗り越えましょう!」
ときどき、音声に砂嵐のような音が入る。
何か問題でもあったのだろうか。
出場者の中にも、俺と同じく疑問を持っている人がいるようだった。
それでも、司会は言葉を続けている。
「さあ……み…な…さん、せ……っさた…くまし……てが…………」
とうとう、司会の声が消え、砂嵐の音だけになってしまった。
観客も出場者も、全員、戸惑いの表情を見せている。中には、不安な声を出す人もいた。
少し経つと、砂嵐の音が消え、声が聞こえてきた。
「はぁーい、人間の諸君。」
しかし、それは先ほどの司会の声ではなかった。
「ワタシが誰かって? ワタシの名前はトイファ。この祭りを乗っ取った魔族だよっ。ぱちぱち~。」
その声を聞き、皆、ざわざわし始める。
乗っ取った、というさっきの言葉から、トイファが良いやつとは思えない。魔族と言っていたところを考えると魔王軍の一員だろう。
もし、この推測が正しければ、こうして人間の営みを乗っ取ってしまえるぐらい魔王軍は人間に紛れることができるということになる。
トイファは、笑っていた。
「アハハ! 慌てふためいてるねぇー。そうだ! ワタシから出場者の皆にプレゼントがあるんだよね。今のままじゃ、つまらないだろうから、こんなものを用意しました!」
トイファの声に合わせて、新たな障害物が現れる。そのどれもが、かかってしまえば、無事ではすまない罠ばかりだ。
あまりの恐怖に、俺の隣にいた男が叫んで、この場から逃げようとした。観客のほうでも、逃げ出そうとする人達がいる。
しかし、その誰もが、見えない壁に阻まれた。
「ざんね~ん。逃げられないよ。ワタシが既に『バリア』を張っているからね。このまま、競技を眺めるだけでもいいけど……それだけだと、つまんないし……。」
逃げようとした男は、絶望にうちひしがれて、膝から崩れ落ちる。
トイファはう~ん、と何かを考え込んでいたようだが、思い付いたらしく楽しげな声をあげた。
「あっ、そうだ! もし、出場者の中から誰か一人でもゴールできたら、観客を皆無事で解放してあげるね。逆に、皆脱落したら、観客も皆生きて帰さないよ?」
ざわめきがより強くなる。
そのとき、通信装置に反応があった。観客席にいるシエルからである。
「アルバ様。」
「シエル、無事か?」
「はい。閉じ込められているだけで、他には何ともありません。ただ、助けを求めるために、外にいるラルフ様に連絡しようとしたのですが、繋がらないのです。おそらく、このバリアの影響と考えられます。」
「そうか……。」
シエルの推測が正しければ、外からの助けは絶望的だ。まあ、まだラルフが通信装置に気づいていないだけという可能性もある。
いろいろ考えてみても、最終的には一つの結論へとたどり着く。
「ここは、俺たちが何とかするしかなさそうだ。シエル、トイファの居場所の特定を頼む。」
「はい、できるかどうかはわかりませんが、やってみます。」
辺りを軽く見ても、トイファが居そうな運営室は見当たらない。
魔法で見えないのか、少し遠い場所から見ているのかはわからない。どこから、こちらを把握しているのだろうか。
考えていると、突然、トイファの声がした。
「はいはーい。そろそろ、はじめて良いかなぁ。良いよね? 出場者の皆は自分の為にも、観客の為にも、頑張って乗り越えてね。それじゃ、スタート!」
競技が始まっても、誰も先に進む人はいなかった。
当たり前だ。一度進んでしまえば、後戻りはできないし、一歩間違えれば死んでしまうのだから。
誰も行くわけないだろ、という声が聞こえたが、トイファは言った。
「あ、そうそう、言い忘れてたけど……。」
後ろから、ガシャン、と大きな音がする。
振り返ると、少し離れた場所に、びっしりと針が並んでいる壁があった。針はこちらを向いている。
よく見ると、少しずつこちらに近づいてきている。
「遅い人達は、この針で、チクッ、とされちゃうから、気をつけてね。それじゃあ、改めて……スタート!」
壁の速度が上がる。
うわあぁぁと、一斉に皆が進む。
俺も、遅れないように急ぎつつ、慎重に進むのだった。
◇ ◇ ◇
競技場を一望できるそこは、トイファのいる運営室。
トイファは、見える景色を『ズーム』し、競技場の中を詳しく見ることができる画面のようなものを空中に浮かび上がらせていた。
その画面を見て、トイファは微笑む。
「クッフフ……。」
「何だか、面白いことをしているね。」
トイファ以外、誰もいないはずの運営室で、後ろから声がする。
驚いて、トイファは振り返る。
この部屋の扉の側には、見知った人物が立っていた。
「へぇー、アンタもここに来ていたんですね、リベルタさん。」
リベルタと呼ばれた人物は、その言葉に頷く。
「そう、仕事でたまたま訪れたから、様子を見に来たんだ。どう? 順調?」
「はい。ちょうど今、競技が始まったところですよ。」
彼の問いかけに、トイファが画面を一瞥してから答える。
そのとき、ふと何かを思い付いたらしく、微笑んでトイファが言う。
「あっ、そうだ! リベルタさんも競技に障害物を設置しませんか? アンタの技術ならここから設置できるでしょう?」
その言葉を聞き、リベルタは少々考えてから、答える。
「それも面白そうだけど、僕はやめとくよ。このゲームに水を差すわけにはいかないからね。」
「へぇ、ワタシは出来るのに、アンタは出来ないんですか。やっぱり、ワタシの方が優れてますね。」
リベルタの返答に、トイファが嘲笑う。
しかし、彼はトイファの言葉に笑い出す。
「あれれー、ちゃんと伝わんなかった? こんな素人の罠の中に、僕の罠を入れたら、君の罠がすべて劣って見えてゲームがつまらなくなる、って言ったんだけど。」
あからさまに馬鹿にされて、トイファは激怒する。先程の笑みは消え、リベルタを睨む。
「この半人前が。調子にのるなよ。」
「その半人前に負けてるのは、どこのどいつかな?」
リベルタは先程からずっと笑顔のまま、表情を変えていない。その態度がトイファの癇に触る。
トイファは魔王軍四天王ではない。
一方、リベルタは魔王軍四天王の1人。つまり、魔王に優秀さを認められたということである。トイファではなく、リベルタが。
トイファは、その事実が認められないのだ。しかし、魔王の決定は絶対である。
どれだけ怒ろうが、リベルタの言葉に返す言葉が見つからなかったトイファは、フンッ、と息を吐いてそっぽを向く。
そんなトイファの態度を気にせず、思い出したように、リベルタが言う。
「あ、そうそう。君にアドバイスだけど、勇者達は君の手に追えないだろうから、早めに逃げた方がいいと思うよ。たぶん、こんなにも大規模な殺しをしようとした君を許さない。」
「ご丁寧に忠告ありがとうございます。まあ、逃げるつもりはありませんが……って、アンタが他人に興味を持つなんて珍しい。」
勇者達がどう動くのか予測をたてられるほどに、リベルタは彼らの行動を気にしているということだからだ。
「まあ、ね。」
リベルタが競技の様子が映っている画面を見る。
そこには、勇者が頑張って障害物を避けている姿が映っていた。
それを見て、リベルタは目を細め、不敵な笑みを浮かべる。
「彼らは、僕の獲物だ。」
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