勇者召喚に巻き込まれた水の研究者。言葉が通じず奴隷にされても、水魔法を極めて無双する

木塚麻弥

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第3章 水の研究者、勇者を還す

第97話 天災

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 上空から高速で落下してくる巨大な雹が魔物を潰していく。

 魔法使いや賢者の大規模魔法に対処するため、魔物軍はそこまでの密集隊形ではない。しかし雹が降る範囲が広大で、更にその量があまりにも多すぎるため魔物たちはほとんど逃げることもできずに潰されていった。


 数分で雹は止んだ。

 ファーラム王都を囲んでいた魔物の約1割がこの攻撃で絶命し、約3割が行動不能に陥っている。20万いた魔物軍。そのうち8万体がたった一発の魔法で壊滅した。

 魔物軍のみに降り注いだ無数の雹は、水魔法使いであるトールの魔法。

 彼は獣人族3.1万とエルフ族2千、そして人族2万人を引き連れ、この地まで魔王討伐にやって来た。

「それじゃ、グレイグ。あとはよろしくね。できるだけ魔物の数を減らして」

「承知致しました、トール様。お気を付けて」

「ミーナ、アレン。行くよ」
「はいニャ!」
「は、はい!!」

 ガレアスという人族の王国に、世界最大級のコロッセオがある。そこの統治者がグレイグという男だ。彼はトールに忠誠を誓っていた。

 トールとミーナ、そして元奴隷だったアレンが水魔法でファーラム王都の方へ飛んで行った。その様子を見届け、グレイグが配下の私有軍や追加で雇った冒険者たちに指示を出す。

「今こそ我が忠誠を示すとき! トール様の命令に従い、魔物を殲滅せよ! 全軍、かかれぇぇぇええ!!」

 2万の軍勢が魔物軍に突撃した。

 この人族軍として参戦した者たちの士気は非常に高い。
 
 実は当初からそうだったわけではない。この戦場に付いた時、20万もの魔物の軍隊を見て多くの私有兵たちは尻込みした。こちらの戦力は2万。違う場所で獣人やエルフが戦っていると聞いていても、戦力が10倍もの敵に立ち向かうというのは勝ち目がなさ過ぎた。

 しかしトールの魔法を見て、彼らは変わった。

 天候を支配し、何万という魔物をたった一発の魔法で倒してしまう規格外の魔法使いが味方にいると気付いたからだ。

 更にこの人族軍には、グレイグが大金を支払って雇ったオリハルコン級冒険者が8人、ミスリル級冒険者が50人も参加していた。その冒険者たちが先頭に立ち、まだトールの攻撃を受けて混乱が収まらない魔物を蹂躙していく。

 獣人軍やエルフ軍も同様に魔物軍を粉砕していった。


 一方、その頃──

「ネザフ様、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だ。グラルたちが身を呈して守ってくれた。ダメージを負った者は?」

「私たちは全員無傷です。しかし、魔物たちが……」

 魔族は6体とも雹による攻撃を防ぐか回避をしていたが、多くの魔物がやられてしまったことに驚きを隠せない。

「な、なんだったのだアレは」

「王都や魔物軍の背後から攻めて来ている人族たちには降り注いでいなかったようです。つまり先ほどのアレは、何者かによる私たちへの攻撃と考えるべきでしょう」

「馬鹿な! そんなことできるとしたら、賢者以外にいるわけなかろう」

 魔王が地上を見る。そこにはレンを抱きかかえて身をかがめる勇者ケンゴがいた。賢者は確かに死んでいる。それは間違いなかった。

 そもそも雹は王都の防壁ギリギリの場所まで降り注いでいた。にもかかわらず、王都を守備していた人族がそれの被害を受けた様子がない。勇者の周りにも雹が落ちていなかった。

 もしあの雹を降らせたのが何者かの魔法だとすると、その人物は魔族や魔物だけを狙って攻撃したことになる。

 天災級の魔法を行使しつつ、そのコントロールを完璧にするなど到底ヒトのなせる業ではない。魔族ですらそんなこと不可能。ありえない、あってはいけないのだ。


「おい、あれは何だ? いつからあんなものが」

 いつの間にかケンゴとレンを囲むようにドーム状の氷が張られていた。

 氷という物質は魔王や魔族たちも知っている。だがそれを魔法で発生させられる魔法使いの存在など見たことも聞いたこともなかった。

「ま、魔王様。何かが近づいてきます」

 雹から魔王ネザフを守ったグラルという防御特化の魔族が来訪者の存在に気付いた。この世界で空を飛べるのはハーピーなどの鳥人タイプの魔物や魔族だけ。

 歴代最強と呼ばれた賢者も空を飛んでいたが、この時代の賢者はもう死んでいる。 飛んでこの場にやってくるという時点で、普通の存在でないことは明らかだった。

「お下がりください、ネザフ様」

 側近が魔王の前に出て、王を守るようにグラルと並ぶ。

 30メートルほどの距離をあけてトールと魔族たちが対峙した。

「……貴様、何者だ?」

「はじめまして。俺はトールって言います。こっちがミーナで、彼はアレン。では自己紹介も終わったので──」

 トールが杖を構える。

 その瞬間、魔族たちは自身がまるで捕食者を前にした草食動物であるかのような感覚に陥った。自分が喰われる側だと理解するのに十分すぎるプレッシャーを感じた。

 特にトールの声を至近距離で聞いた魔王は身体の震えを止められなかった。


水よマイン──」


 彼は魔物を攻撃するためだけに数多あまたの雹を落としたわけではない。

 トールの詠唱に呼応するように、この戦場に落とされた数万もの雹が溶けて水になる。その水が彼の周りへと集まっていく。

 魔族たちはもはや、目の前の男が天災級の魔法を使った魔法使いであるということを疑っていなかった。しかし彼の扱う魔力が常識の範疇を越えている規模であったため、唖然として動くことができなかった。


貫けクフィツァ

 膨大な量の水が一本の巨大な槍となり、魔族に向かって放たれた。


「ふぐっ!?」

 トールの魔法は魔王を守るように構えていたグラルの腹部を貫いた。

 賢者レンが女神から貰ったスキルを駆使して攻撃し続けても一切ダメージを与えられなかった防御特化の魔族を、トールは苦も無く撃破する。

 それでも彼の魔法は勢いを落とさず、グラルの背後にいた魔王へと突き進む。

「魔王様!!」

 震えて動けなかったネザフの身体を雷魔法を使う魔族が突き飛ばした。魔王の代わりに魔法の攻撃範囲に入ってしまった彼も水に身体を貫かれてしまった。

 胴を貫かれたぐらいで魔族は死なない。

 しかし彼らを攻撃したのは、トールの魔力が含まれた水。その水が魔族の血と混ざり合い、腹部を貫かれた魔族たちの行動を制限している。

「な、なぜだ。身体が」
「思うように、動かない」

 魔力で強引に身体を動かそうとする。

 しかし全身の血管を流れる血液がそれを許さない。

「貴様! 我が同胞に何をした!?」

 仲間が動けなくなっているのは目の前の魔法使いの仕業であると判断した魔王の側近が、仲間を解放するためにトールに突撃する。

 それを防ぐと同時に攻撃に転じるため、トールが新たな魔法を発動した。

水よマイン包めラトゥーフィア

 雹が溶けて空に浮かぶ水は、まだいたるところに残されている。その一部が飛来し、魔族たちに襲いかかった。

 側近はまだ動けない魔王を連れて回避した。

 腹にダメージを負った魔族2体と、土魔法を使う魔族が避けきれずに全身を水に捕らえられてしまう。

 水中でもがき苦しむ3体の魔族たち。溺死でも魔族は復活できるが、彼らの敵である最強の魔法使いは一切手を抜かない。

水よマイン回れディスドーヴ

 巨大な水球に捕らえられた魔族たちが、その水球内で発生した水流によって身体を切り刻まれる。もはや彼らに助かる道は残されていなかった。


「魔王様を頼む! こいつは俺が止める!!」

 側頭部に真っ黒な角を持つ魔族がトールの前に立ちはだかった。彼がこれからやろうとしていることを悟り、側近はまだ身体を震わせる魔王を連れて地上へ退避した。


「俺はこの高さから落ちても平気だが、お前らはどうかな?」

 魔族の言葉に嫌な予感がしたトールが鞄に手を入れる。

魔力よコア拡散せよリコーフ!!」

 魔法を構成する魔力が拡散し、トールたちの身体を空中で支えていた氷が水に戻されてしまった。

 魔法を消す魔法が行使されたのだ。

 上空から落下していくトールたち。

 この世界で闇魔法を使えるのは魔王とこの魔族のみ。そして魔法を消す魔法はこの魔族しか使うことができない。

 発動させてれば自身もおよそ1日は魔法が使えなくなってしまうが、賢者や魔法使いが相手であれば圧倒的優位に立てる。

「ぐはっ」

 闇魔法を使った魔族が地面に落下した。落下の衝撃でダメージを負いながらも、すぐに立ち上がる。そして辺りを見渡し、脅威が取り除かれたのか確認する。


「なん…だと……?」

 トールとミーナ、アレンはまだ空中にいた。

 魔法が使えなくなっているはずの効果範囲内で、トールが再使用した魔法によって彼らは空を飛んでいたのだ。

「あっぶねー。シャルロビさんから貰った魔具が効いて良かった」

「ぞわっとしたニャ」
「怖かったです」

 ガロンヌという魔具師が魔力を拡散させ、魔法の発動を防ぐ魔具を発明した。彼の師匠であるシャルロビがその魔具の効果を打ち消す魔具を発明し、トールに渡していたのだ。それが今回、彼らの命を救った。


「やっぱ地面にいた方が良いな」

 ゆっくりと降りてきたトールたち。

「なぜだ! なぜ俺の魔法が!! 闇よホゼフ貫けクフィツァ!」

 闇の魔族が魔法を唱えるが、それは発動しなかった。

 彼自身の魔法で魔力が拡散してしまう。

水よマイン貫けクフィツァ

「なん、で──」

 トールの魔法は発動し、魔族はそれに貫かれた。

 動きを止めた魔族の身体を、水球が包み込む。


 これで残す魔族は2体のみ。

 残りの魔族を探すためにトールが索敵魔法を展開する。

「……あれ、いないな。逃げたのか?」

 水の大精霊との契約により、広大な範囲の水流を把握できるようになった彼は、その水流を使って広範囲の索敵も可能になっていた。

 少なくともこの戦場付近に、魔族の気配は感じられなかった。

 8体の魔族と20万もの魔物に襲撃されたファーラムだったが、なんとか6体の魔族を倒し、残る2体も撃退することができた。


「魔族はいなくなったけど、魔物がまだたくさん残ってるニャ」

 トールと魔族の戦いを離れて見ていた魔物たち。指示を出す魔族がいなくなったことで、それぞれが暴れ始めていた。種族が違う魔物を無理やりひとつの軍として率いてきたのだ。強力な指揮官が消えれば統率がとれず、元仲間同士で殺し合うのも無理はない。

 とはいえ放置はできなかった。

 生き残った魔物が、ファーラム王都に向かう可能性は十分にあるからだ。


「もちろん全部倒すよ」

 そう言ってトールが杖を前方に翳した。

水よマイン地に浸透しハディラ──」 

 魔法を打ち消された時、滞空させていた水の多くが落下し、地面に吸い込まれてしまった。しかしまだ残っている水もある。トールはその水を操作して、操作不可能となった水と混ぜて地面を緩くしていく。

 準備が整った。


揺れ動けナドニディラ


 地面が大きく揺れ出した。

 魔物たちが立っている足元が緩くなり、次第に地面に飲み込まれていく。

 走って逃げることは不可能だった。

 飛行できる魔物以外がこの魔法から逃れるすべはない。

 
 およそ1分後。

 死体を含む約18万体の魔物が、地の底へと葬り去られた。
 
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