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第3章 水の研究者、勇者を還す
第96話 挫折、反撃
しおりを挟む「ひっ! や、やめ──」
「いぎゃぁぁああ!!」
数百という魔物が王都内に侵入し、防衛のために待機していた兵士たちに襲い掛かる。ファーラム王都の兵では、この辺りで見かけることすらない強力な魔物が相手では足止めすることも厳しかった。
「つ、強すぎる」
「無理だぁぁぁ!!」
「あ、待て! 逃げるんじゃない!!」
逃げ出した兵を指揮官が止めようとするが、それが叶わぬほど正門内側の防衛線は混乱していた。
「隊長、魔物が強すぎます」
「あの冒険者たちだって負けました」
「防衛線が、もう維持できません!」
防壁に登って来ていたのは勇者と賢者に一度殺された魔物がほとんどだった。それで押し返せていたというのが大きい。しかし現在、破壊された正門を通って侵入してきたのはほとんどが生きている魔物。それもオークファイターなどの強力な魔物が数多くいる。
このままいけば、王都陥落は確実だった。
圧倒的な戦力差に兵士たちが絶望しかけた時──
「ぜやぁぁぁあああ!!」
勇者が駆けつけた。
聖剣を振り回し、正門から中に入ってきた魔物を次々と切り殺していく。
「ゆ、勇者様だ」
「おい、勇者様が来てくれたぞ」
「すごい。あんなに強い魔物を……」
「遅くなってすみません! 怪我人を運んでください。魔物は俺が食い止めます」
ケンゴはそう言って魔物を押し返していく。
何百何千という魔物が正門から王都に入ろうと押し寄せるが、勇者ケンゴがそれを許さなかった。
たったひとりで魔物を斬り続ける。
そして正門まで何とか防衛戦を押し戻した時、彼は見てしまった。
「が、ガジルドさん!?」
正門の内側。防壁のすぐそばにゴールド級冒険者たちの死体があった。
「そんな、マシンバさん、ダーナさんも……」
防壁に近いところまで魔族の魔法で吹き飛ばされたことにより、侵攻してきた魔物の大群に踏まれることはなく、彼らの顔や服装で身元が分かる状態だった。
「お前ら、ぜってー許さねぇ!」
手から血が滲み出るほど、ケンゴは聖剣の柄を強く握りしめる。
出会いは最悪だったが、ガジルドたちに救われた人々がいるのは確かだ。この国を守るため、一緒に戦った仲間だった。彼らを死なないように守ってほしいと、とある少年から頼まれていたのに。
その約束を果たせなかった。
「飛空斬、飛空斬、飛空斬!!」
スキルを連発し、強引に魔物を王都から遠ざけていく。魔物を斬ってもその死体を越えて新たな魔物が押し寄せる。いくら倒してもキリがない。
しかしケンゴは動きを止めなかった。
「飛空斬!!」」
「土よ、障壁どなれ」
巨大な土壁が立ちのぼり、ケンゴの斬撃を止めた。
「お、オデの配下の魔物を、よぐも殺してぐれだな!!」
魔法で土壁を発生させたのはガタイの良い魔族。身長が2.5メートルほどあり、額に大きな1本の角を生やしている。
「やはり勇者か」
「今日はひとりだけのようだな」
雷魔法を使う魔族。そしてガジルドたちを殺した魔王の側近。更にもう1体。
「勇者よ、邪魔な結界が無い状態で会うのはこれがはじめてだな」
魔王ネザフもケンゴの前に姿を現した。
魔族たちは全戦力を持って、この場で勇者を殺すつもりだったのだ。
「……クソが」
さすがのケンゴでも、この状況はマズいと思う。しかし彼は引くことが出来なかった。勇者である自身が逃げれば、王都が直ぐに蹂躙されるのは分かりきっている。
「特に話すことはないか。お前ら、殺れ」
「「「御意!」」」
3体の魔族が一斉に襲い掛かってきた。
ケンゴはその攻撃を必死に躱す。
「おりゃぁぁああ!」
聖剣の大振りで魔族たちを牽制し、攻勢に出る。
「くっ!」
「流石は勇者だ、油断するな」
「前後がら挟め!! 俺ば足元を」
土魔法を使う魔族が拘束魔法を使おうと地面に手を付いた時、ケンゴが一瞬でその目の前まで移動した。
「なっ──」
「まずは1体目!」
聖剣を振り下ろす。
しかしそれは魔王の身体によって止められた。
「まっ、魔王ざまぁ゛!」
「魔王様っ! な、なにを!?」
魔王の身体を聖剣が貫いている。
聖剣は魔族に絶大な効果を発揮する。それで斬られれば、魔王と言えどタダでは済まないはず。
しかし言いようのない恐怖を感じ、ケンゴは慌てて身を引いた。
「ふん。勘が良いな」
不敵な笑みを浮かべる魔王。
その身体に付いた傷は一瞬で消えた。
ケンゴには理解できないことがいくつもあった。
「魔王なのに配下を守ったのか? それに聖剣で斬ったのに、なんで」
「今こいつに死なれると困るからな」
「魔王様……。なんと、なんと勿体ないお言葉」
この場で勇者を倒したとしても、まだ残りの聖女たちがいる。それらを確実に仕留めるため、戦力として配下を殺される訳にはいかなかった。また魔王は死体を操ることもできるが、今の彼にはそれができない理由があった。
そのため魔王は身を挺して土魔法の魔族を守ったのだ。
「あぁ、それから我は聖剣の攻撃程度で我は死なん。我が死にたいと思わない限り、絶対に死なんのだ。まぁ、過去数千年、我に死にたいと思わせるほどの攻撃を出来た勇者はおらんがな」
魔王は痛みに慣れている。
どんな傷を負っても死なない。
魔王を倒すには封印するしかなかった。
「くっ、ふざけんじゃねー!!」
ケンゴが魔王を切り刻む。
「ふはははははっ。何をしようと無駄だ。我は死なん」
女神から与えられた聖剣でも、勇者のみが持つジョブスキル『魔を祓う者』の効果でも、魔王を倒すことはできなかった。
「そ、そんな……」
一切ダメージを与えられていないような気がしてしまい、ケンゴの動きが止まる。
「良い表情だ。勇者よ、もっと絶望する顔を見せてくれ」
「ネザフ様、アウラたちが合流します。どうやら……」
耳打ちしてきた側近の言葉を聞き、魔王の表情がこれまで以上に悪意で歪む。
「ほう。それは朗報だ」
5体目、6体目の魔族がやって来た。
賢者レンと戦っていたはずの魔族たち。
彼らの手には──
「れ、レン?」
右手と下半身のない青年が、魔族に髪の毛を捕まれていた。
「アウラ。それを勇者に返してやれ」
「魔王様の仰せのままに」
魔族がレンの死体をケンゴの前に投げつける。
彼は親友に駆け寄り、その身体を起こした。
「嘘だろ。お、おい、目を開けろよレン。れぇええええん!!」
魔王はその様子を見て愉しんでいた。
この後の勇者の行動すら彼の興味の対象だ。激昂して立ち向かってくるか、あるいは仲間の死に絶望して心を折るか。
「レン、目を開けてくれよ。お前がいなきゃ、俺は……」
どうやら後者だったようだ。
それはそれで面白い。
どこまで心を折り続ければ自死を選ぶか試すのも良い。
もう勇者に抵抗する気力はなさそうだった。
「残りの仲間がふたりいるはずだ。聖女と、おそらく聖女を守っている者だろう。探し出して連れてこい。コイツの目の前で殺そう」
「「御意!」」
2体の魔族が王都の中へと飛び立とうとした。
「──ん? おい、ちょっと待て」
魔王が異変に気付き、聖女たちを探しに行こうとしていた魔族を引き留めた。
「後方の魔物が倒されている。人族の援軍か?」
「ネザフ様。この状況で人族に何ができましょう。勇者は心を折り、それなりの実力を持っていた冒険者たちも既に排除しています」
「この地方の人族が援軍に来たところで、我らの敵ではありません」
「お、オデが行っで、蹴散らじまず」
「まずは私が偵察を」
魔王の側近が空に上がり、魔物が殺されているという後方を確認した。
「どうだ? どれほどの数が来ている?」
どうせ大したことはない。そう思っていた魔王だが、側近からの返事は思いがけないものだった。
「……に、2万。いえ、3万はいるかと」
「は? 3万だと?」
「何を馬鹿なことを言っている」
魔王も飛び上がり、魔物軍の後方に視線を送る。
「なん、だと……。ど、どういうことだ」
確かに側近が言う通り、3万を超える軍勢が魔物軍に攻撃を仕掛けていた。しかもそれは、人族ではなかったのだ。
「どうして獣人族がこんな場所まで来ている!!?」
ありえない状況だった。
魔物軍を攻撃しているのは獣人だったのだ。
3万もの兵を抱える獣人の里など存在しない。つまりこの援軍は獣人の王国から派兵されてきたと言うことになる。
グラディムからここファーラムまでは、かなり距離が離れている。ましてや獣人はかつて人族に回復薬の代替品として狩られ、虐げられてきた。人族を助けるために3万もの援軍を送るなど、魔族が理解できるわけがない。
援軍に来たのは、獣人だけではなかった。
「ま、魔王様! あちらをご覧ください。あそこでも魔物たちが倒されています」
側近が指さす方角に魔王が目を向ける。
「アレは、エルフ族? まさか、そんなはずは」
こちらもあり得ない状況だった。
ファーラムから最も離れた地に暮らすエルフ族。それが軍といえる規模の集団を形成し、魔物を狩っていたのだ。数は多くて2千程度だが、この地方でかき集めた魔物では全く太刀打ちできていない。
ズドンっと、魔物軍の南西側で大きな音がした。
強力な魔法が使われたような形跡があり、数百体の魔物が焼き尽くされている。
「こ、こちらは人族……。なぜだ、なぜ3種族が同時に我が軍を攻撃できる? いったい、何が起きているというのだ!?」
「落ち着いてください、ネザフ様。人族と獣人族、エルフ族を全て合せて4万から5万程度。数では我らの魔物の方が圧倒的に多いです。強者がいたとしても、我々が対処すれば問題ありません」
側近の言葉を聞き、魔王は落ち着きを取り戻した。
確かに数の優位は変わらない。
ファーラムから人族たちが攻撃に出てくる様子もない。挟撃されないのであれば魔物軍を反転させ、やって来た援軍を全て潰してしまえば良い。
改めて配下の魔族たちに指示を出そうとした。
「水の 粒よ──」
どこからか聞こえないはずの声が耳に入り込んできた。
それは魔王ネザフの依り代となった人族の、心の奥に眠る恐怖を呼び覚ます声。
「な、なんだ今の声は!?」
ネザフは『彼』に直接会ったことなどないが、それでもその声に自然と恐怖し、身体は小刻みに震えている。
「声? なんのことでしょう?」
側近たちには聞こえていないらしい。
それもそのはず。
彼の声に超敏感になっている魔王だけが、その詠唱を聞いてしまった。
「止まれ、集まれ──」
「ほら、コレだ! 聞こえただろ!!」
「い、いえ。私にはなにも。それより、空をご覧ください」
それまで快晴だった空に暗雲が立ち込めている。
天候を支配する最強の魔法使いがやって来た。
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考え得る最高峰の素材で自らの膨大な魔力に耐える杖を作り、水の大精霊から水魔法の攻撃力などが全て2倍になる加護を貰った。
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「降り注げ」
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