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第3章 水の研究者、勇者を還す
第95話 唯一の希望
しおりを挟む聖結界が解除されて数分後。
「くっ、もう城壁の上まで魔物が」
「押し返せ!!」
「絶対中に入れるんじゃねーぞ! 飛んでくる魔物にも注意しろ!!」
ファーラム王都防壁の上で、ガジルドたちゴールド級冒険者が魔物相手に奮闘していた。彼らの雄姿を見て、この国の兵士たちも士気を高める。
「いっけぇぇぇえええ!」
「くっそ、登ってくんな!!」
「落とせ落とせ! 一回死んでる魔物なら、俺たちでも倒せるぞ」
前日、勇者と賢者が殺した魔物は魔王の力で蘇ってはいるものの、その動きは遅く耐久力も格段に落ちていた。数は脅威ではあるが、防壁に登ってくる魔物程度なら一般兵たちでも倒すことができる。
彼らは王都を必死に防衛していた。
今日を耐えれば、他国からの援軍が来てくれるかもしれない。
それが唯一の希望だった。
このファーラムから一番近い国が馬で1週間ほどの距離にある。その国に対して、4日前には緊急の援助要請が出されたことは兵士たちも噂で知っていた。
最速で援軍が来てくれたとして、騎馬兵が2000騎程度かもしれない。20万の魔物軍に対しては心もとないが、この国の兵たちにはそれを心の拠りどころとするしかなかった。
勇者や賢者、聖女、拳闘士となった異世界の青年たちが最前線で奮闘してくれていることはもちろん知っている。しかし大人として、この世界で魔物と戦ってきた兵士として、力がある勇者とはいえまだ子供の彼らにこれ以上頼ることはできなかった。
勇者を希望として縋ることはできない。
「この国は俺たちが守るんだ!」
「今日を耐え抜くぞ!!」
「「「うぉぉぉおおおおお!!」」」
聖女の聖結界によって2日間も守られた。
あと1日ぐらいは自分たちの力で耐えきってみせると意気込む兵士たち。3日目の開戦直後は順調に魔物の侵攻を防いでいた。
矢の数は十分で、回復薬などの備えもある。戦闘で傷付けばすぐに交代要員が防壁に登って来てくれる。
この調子なら、国を守り切れるかもしれない。兵士たちの多くがそんなことを考えていた。
しかし、魔王はそれを許さない。
ある兵士が異変に気付いた。何故か壁を登ってくる魔物の数が減っていたのだ。彼は不思議に思い、防壁の縁から下を覗いた。
「ん? なんだ、あいつ」
魔物の大群の中を、ひとりで歩いてくる男がいた。魔物たちはその男が近づくと道を開けるように動いている。
彼は普通の人族の様に見えた。ただ、そいつの頭部には緑色の角が生えていた。
魔王の指令を受けた1体の魔族が、王都防壁の正門を破りに来たのだ。
「お、おい! あれって魔族じゃないか!?」
「魔族? あっ、あれか!」
「ヤバいぞ、正門に向かってる!!」
今日はケンゴたちが正門側にはいないため、防衛部隊は外に出ていない。
「魔族を近づけるな!」
「あるだけ矢を放て! 魔法も!!」
兵士たちが矢と魔法を放つが、それらは魔族を守るように壁になった魔物たちによって阻まれてしまう。
「おい、正門が破られるぞ!」
防壁の上にいた指揮官のひとりが、正門裏で待機する兵士たちに声をかけた。
一瞬で緊張が広がる。
正門が突破されれば、王都内に魔物の群れがなだれ込んでくる。正門の内側に防衛柵も設置しているが、正門と比べると防御力は格段に低い。なんとしても正門を守る必要があった。
「俺が下に行く」
「ガジルド、本気か?」
「お前、腕を治してもらったばっかじゃねーか」
魔族と戦い、ガジルドは腕を切断された。斬られた腕は聖女に治癒してもらえたが、魔族と対峙した時の恐怖は彼の身体を震わせていた。マシンバたちが心配するように、ガジルドはとても戦える状態ではなかった。
「結局あのガキどもに頼っちまうことになるが、勇者が来てくれるまでは俺が魔族を止めてみせる。お前ら、今までありがとな」
そう言ってガジルドは防壁から飛び降りた。
正門前に立ち、悠然と歩いてきた魔族に剣を向ける。
「この門を通すわけにはいかないんだ。俺を──」
「俺らを倒してから通れ」
「ま、簡単にはやられねーけどな」
マシンバとダーナも降りてきて、ガジルドの横に並ぶ。
「……お前ら」
「今日まで一緒にやって来たんだ。ひとりでかっこつけるなよ」
「最期までついてくぜ」
武器を構える3人を前にして、魔族はゆっくりと右手を彼らに向けた。
「私の使命はこの門を破壊し、魔物を中に入れること。邪魔するなら殺す」
「やってみろや!」
「ここは通さねぇ!!」
「風よ、切り裂け」
風魔法を使う最強の魔族だった。
魔王の側近を務める実力者。
彼が放った風魔法は──
「かはっ」
「うそ、だろ…」
「──っ」
3人の冒険者を上下真っ二つに切り裂き、そのまま正門を破壊した。
「邪魔だ」
魔族がガジルドたちの死体を風魔法で吹き飛ばす。
「さぁ、魔物どもよ。人族を蹂躙せよ」
魔族の命令に従い魔物が押し寄せる。
破壊された正門から、ファーラム王都に大量の魔物が侵入していった。
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