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第3章 水の研究者、勇者を還す
第94話 防衛戦 3日目
しおりを挟む「ご、ごめんね。私、もう……」
目の下に大きなクマを作り、今にも眠ってしまいそうな声で聖女のシオリが目の前にいるアカリに謝った。
「うん、うん。もう十分だよ。シオリは頑張った。あとは私やケンゴたちで何とかする。だから、聖結界を解除しても良いよ」
本来ならシオリが展開している聖結界は3日ほど維持できる計算だった。しかし聖結界に対して魔王が魔物たちに強力な攻撃をさせ続けたため、予想以上に彼女への負荷が大きくなってしまったのだ。
聖結界を展開してからまだ半日ほどしか経過していないが、今のシオリは1週間以上不眠不休で聖結界を維持し続けたのと同程度の疲労や眠気と戦っていた。
「聖女様。も、もうお休みください」
「複数の黒竜による攻撃を一晩中防ぎ切って頂いたのです。聖結界を解除したとしても、誰も貴女を責めたりはしません」
王都防衛作戦の本部となっている王座の間に集まった大臣や貴族たちが見ても、聖女の疲労具合は尋常でなかった。彼女にこれ以上無理を強いることなどとてもできない。
「聖女よ、本当に良くやってくれた。そなたたちに頼りきることはしないと言ったのに、結局はこうして助けられてしまった。もう休みなさい」
ファーラム王もシオリを労い、侍女を呼んで彼女を仮眠室へと案内させた。
──***──
その頃、王都西側の防壁上にて。
「そろそろだな」
「あぁ、準備はいいか?」
「俺はいつでもいける。援護よろしくな、レン」
「おう、任せとけ。雑魚は近づけさせないから」
ケンゴとレンが、魔物軍の上空でこちらの様子を偵察している1体の魔族に狙いを定めていた。
アカリがスキルで把握した情報によると、昨晩の時点でこの王都周辺に現れた魔族の数は8体。女神の情報では、この世界に現れる魔族の数は最大で13だという。ケンゴたちはそのうち5体をトールが既に倒していることを知らない。
まだ追加で魔族が出てくる可能性も考えつつ、少しでもその数を減らすことを優先する作戦に出た。
「来た、合図だ!」
王城から一筋の白煙が上がった。
シオリが限界を迎え、聖結界を解除するという合図だ。
これが王都を囲む魔族たちの隙をつける唯一のタイミング。魔族たちは聖結界がいつ消えるか分からない。それを利用した。
単独行動している魔族の位置を把握し、その中でも最も王都に接近している西側防壁の魔族を標的にした。
防壁を蹴ってケンゴが空に飛び出す。
彼が結界から出た直後、聖結界は消滅した。
「ん? なっ──」
「飛空斬!!」
防御の隙すら与えず、ケンゴは聖剣の一振りで魔族を真っ二つに切り裂いた。
「や、やったか?」
「フラグ立てんな! いつ復活するなんてわかんねーんだ! とりあえず今は魔族の数を減らす。次は北西の魔族いくぞ!!」
「そーだな。了解!」
胴を斬られた魔族は黒い塵となって消えていった。それがどのタイミングで魔王に復活させられるのかは分からない。だから今は身体を動かすことにしたふたり。
レンの風魔法に乗り、高速で王都の北西まで移動する。
「ぜやぁぁぁああああ!」
「っく!? 貴様、勇者か!!」
そこにいた魔族はケンゴの初撃を防いだ。
「不意打ちとは、卑怯な」
「お前らだって大群で攻めて来てんじゃん。だから俺たちも」
「雷よ、貫け!」
「い゛っ!? うぎゃぁぁぁあああ!」
声を上げて突撃したケンゴとは逆に、気配を殺して背後から接近したレン。彼が放った雷魔法が魔族の腹部を貫通した。
「複数でお前らを狩る。飛空斬!!」
ケンゴの攻撃で2体目の魔族を消滅させた。
「よし、あと6体!」
「だ、ダメだ。王都防壁の方がヤバい!!」
守りの要である勇者と賢者が攻めに出れば守備が手薄になるのは当然のこと。
王都の防衛が危機的状況にあることを知らせる狼煙が上がっていた。
防衛作戦立案の中心となったレンの考えでは、できればこの勇者賢者タッグによる攻勢で魔族の過半数は倒しておきたかった。しかし作戦本部から出された狼煙による合図は、王都正面の大門が破られそうであることを示していた。
「急いで戻るぞ! レン、また風魔法で運んでくれ!!」
「ケンゴ、俺はここに残るよ」
そう言ったレンの視線の先には2体の魔族が滞空していた。
「貴様ら、良くも我が同胞を」
「地中深く埋めてやる」
風魔法を使う魔族と、土魔法を使う魔族。
それぞれが右手をレンたちに向ける。
「風よ、切り裂け」
「土よ、拘束せよ!」
鉄をも切り裂く旋風が吹き荒れ、地面から土がまるで人の手の様に盛り上がり、ケンゴたちに襲い掛かった。
「火よ、障壁となれ」
レンが巨大な炎の壁を出現させる。
強烈な炎により上昇気流が発生して風魔法は拡散し、炎の熱で土は結晶化して固まってしまった。
「なにっ⁉」
「我らの魔法が」
「ここは俺が何とかする。お前は王都の正面を守れ!!」
「……分かった。死ぬなよ」
ステータス確認というスキルを持つレンがこの場を任せろと言うのだ。勝機があるのだろうと信じ、ケンゴは走り出した。
「さて、死ぬ気で頑張りますか」
幼い頃からの親友の姿が見えなくなった時、レンが呟く。
彼には魔族たちのステータスが見えていた。
アウラ (風の魔族)
物理攻撃力:1876
物理防御力:1307
魔法攻撃力:24420
魔法防御力;1199
グラル (土の魔族)
物理攻撃力:876
物理防御力:13689
魔法攻撃力:420
魔法防御力;18397
対して、レンのステータスは──
レン (賢者)
物理攻撃力:784
物理防御力:556
魔法攻撃力:6542
魔法防御力;3920
勝算などなかった。
賢者の4倍近い魔法攻撃力を有する風の魔族。そしてケンゴの物理攻撃でも、レンの魔法攻撃でも敵わない防御力を持つ土の魔族。
先に消滅させた2体の魔族は、これほどのステータスではなかった。
新たに現れたこの2体が相手では戦闘に時間がかかると判断し、足止めするためにレンはひとりで残る選択をしたのだ。
ステータスの値だけでは絶対に勝てない。スキルを駆使し、魔法の相性を常に見極め、最適な魔法を放つ必要がある。何かひとつ判断をミスれば死に直結する戦い。
それでもレンは、臆せず立ち向かう。
親友が向かった先にはおそらく4体の魔族がいるが、彼ならなんとかしてくれるはず。今までもそうだった。ケンゴでダメなら諦めよう。しかし彼が立ち向かうのなら、自分が先に折れるわけにはいかない。
「かかって来い。賢者の力を、見せてやる!」
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