勇者召喚に巻き込まれた水の研究者。言葉が通じず奴隷にされても、水魔法を極めて無双する

木塚麻弥

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第3章 水の研究者、勇者を還す

第93話 魔王の力

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 レンは理解ができなかった。

「お、俺は昨日、跡形もなく魔物たちを焼却したんだ。なのに……、なんで魔物が減ってないんだよ!? それに聖剣はアンデッドに対しても絶大な効果があるはず。その聖剣で切り刻んだ魔物が立ち上がるなんて、どう考えてもおかしいだろ!!」

 賢者という魔法戦闘系の最上位職になった彼は、魔法攻撃の威力に補正のかかる神杖を用いて魔物を殲滅した。

 この世界にはアンデッドがいて、更に死んだ魔物をアンデッド化できる魔物がいるということを知っていたから、レンは確実に魔物の数を減らせるようにと全力で魔法を放っていたのだ。

 それでも魔物の数が減っていないなど、はいそうですかと納得できるはずがない。


「俺だって昨日、あれだけ斬ったのに……」

 遠距離から魔法を放つレンとは違い、勇者ケンゴは聖剣で魔物を切り裂いていた。スキルで遠方にいる敵までまとめて斬ってはいたが、それでも接近してから放った方が一度に倒せる魔物の数が多くなる。

 ケンゴは昨日、大量の魔物の返り血を浴びながらも奮闘した。ファーラム王都を守るため、本当は避けたかった接近戦をしてでも魔物の数を減らそうとしたのだ。

 その成果が無に帰した。

 体力も、魔力的にもまだ余裕はある。昨晩は聖女シオリが展開した聖結界のおかげでゆっくりと休むことができた。

 しかし念入りに倒したはずの魔物が戦線に復帰しているという現状は、勇者たちを精神的に追い詰めていた。

 
 魔王が使う闇魔法の力。これが倒しても減らない魔物を作り出していたのだ。

 その闇魔法により、魔王は不死の軍団を率いるとされている。ここでいう不死の軍とは、聖剣による攻撃で魂が解放されれば動かなくなるただのアンデットとは全くの別物。

 この世に魂を縛り、魔王の許しを得られるまで何度でも強制的に蘇生させられる。例えその身が灰になろうと、魂が周囲の塵芥を集めて肉体らしきものを形作る。

 魔物や同族からも恐れられる闇魔法により、魔王は魔族の王として君臨する。



「良い。実に良い表情だ」

「──なっ!?」
「ま、魔族か!」

 ファーラム王都の防壁上で魔物軍を見ていたケンゴとレンの前に1体の魔族が現れた。彼らは聖女が展開した聖結界を間に挟んで対峙している。

 現れたのは頭部に2本の大きな角を持った魔族。

 トールから逃げた興行師がこの世界に復活させてしまった存在で、魔族が恐れて付き従う魔族。魔王ネザフと呼ばれる個体だった。

「我の魔法で蘇った魔物を見て、絶望を感じているようだな」

「お前が、魔物を?」
「ぶっ殺してやる!!」

 目の前に最優先で倒すべき敵が現れた。ケンゴは聖剣を手に飛び掛かろうとしたが、それをレンが引き留める。

「ケンゴ、待て! 今はまだシオリの聖結界がある」

「で、でもアイツを倒さなきゃ」

「分かってる。でもお前が勝てなきゃ終わるんだ。今はまだ戦うべきじゃない」

 聖結界を維持したまま中にいるヒトが外に出ることは可能だ。しかし再び中に入ろうとすると、結界全体を一度解除する必要があった。そして解除された聖結界はインターバルの半日が経過するまで再展開することはできない。

 ファーラム王都内にある戦力で勝てる見込みが薄い以上、今はシオリに限界が来るまで聖結界を維持してもらうしかないのだ。

「くはははっ。我が魔族だと分かっていて攻撃しようとするとは。やはりお前が勇者か。その顔、しかと覚えたぞ」

 高笑いし、魔王が離れていく。

「この忌々しい結界も、そう長くは持たんのだろう? 結界が消えた時、それがお前たちの死期となる。勇者であるお前さえ消せば、我が率いた7の魔族と20万の魔物を止められる者などこの世界に存在しない!」

 配下の魔族から勇者と思われる強者がいると聞いた魔王ネザフは、自ら勇者の存在を確認しにやって来た。聖結界が展開された今、中から勇者が出てくることはないと判断しての行動であった。

 もし勇者が出てくればそれでも良い。付近に待機させていた魔族たちと協力して勇者を殺す。その手はずだったが、レン止められてケンゴは聖結界から出なかった。

 今日は勇者を殺せなかったが、数日のうちに聖結界は解かれるだろう。過去数千年遡っても、大都市を覆う聖結界を1週間以上維持し続けられた聖女はいないのだ。

 勇者からは確かに強い力を感じたが、それでも歴代勇者と大差ない。魔族が複数で同時に攻めれば殺すことができる。最初に攻めた国に勇者がいたのは誤算だったが、ここで終わらせてしまえば良いと魔王は考えていた。


「ただ待つだけではつまらん。これはささやかだが、我からの贈り物だ」

 魔王ネザフが手を翳すと、空間を引き裂き数体の黒竜が現れた。その黒竜たちが、王都に向かいブレスを吐く。聖結界がそれを防いだが、全体が大きく揺れていた。

 聖結界は魔物を拒む力があるが、強い攻撃が加えられるとそれを維持しているシオリにかかる負荷が増してしまう。

「や、やめろぉぉおお!!」

「ふははははっ。止めたければ止めれば良いではないか。聖結界から出ればこの程度の魔物、勇者であるお前なら容易く倒せるであろう。気が変われば、いつでも出てきてくれて構わんぞ。我らは歓迎しよう」

 ケンゴを煽り、聖結界を攻撃し続ける黒竜を残して魔王は姿を消した。
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