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第3章 水の研究者、勇者を還す
第91話 魔族 vs 勇者
しおりを挟む「たいした力もなさそうだが……。配下を倒された礼はせんとな」
赤い目で赤い髪。赤色の角を頭部から生やした魔族が、ガジルドに右手を向ける。
その瞬間、ガジルドはこれまでの人生で身に覚えのないほど強い恐怖を感じた。
彼はゴールド級冒険者であり、これまで数多の魔物を倒してきた。直前まで魔物の大群と戦ってきたが、いくら数が多かろうが武器や回復薬などの準備が万全であれば、魔物相手に恐怖を抱くことなどなかったのだ。
そんなガジルドが手を向けられただけで動けなくなるほど、魔族が放つプレッシャーは凶悪なものだった。
「火よ、貫け」
魔族の手から炎の弾丸が放たれる。
身体が震え、ガジルドはそれを避けられない。
「避けろバカ!!」
ガジルドの異変を感じ取り、走ってきたマシンバが彼に体当たりして魔法の軌道から退避させる。
魔族が放った魔法は、ガジルドが立っていた場所を大きく焼き焦がした。
「ぼーっとすんな、ガジルド! あんな魔法、受けきれるわけねーだろ!!」
「わ、わりぃ。なんか、身体が動かなくて」
「おい、ガジルド。無事か?」
ふたりの所にダーナも近づいてきた。
「マシンバのおかげで、なんとか」
「アイツって、もしかして魔族か?」
「……あぁ、そうかもな」
魔物を率いる存在。単独で村を壊滅させる魔物を片手でひねりつぶしてしまうようなヒトの姿をしたバケモノ。それが魔族だ。
魔族はおよそ100年周期でこの世界に出現する。寿命が短い人族の彼らは、魔族を見たことはなかった。本などで魔族の姿は伝えられているが、その恐ろしさは実際にこうして対峙してみないと分からない。
「仲間は3人だけか?」
魔族の何気ない問いかけ。その声を聞いただけで、マシンバとダーナも今すぐこの場から逃げ出したくなる。
勝てないのはすぐに理解した。
それでもここを通すわけにはいかない。
「だったらどうだってんだ。この先には、死んでも行かせねーぞ!」
自分の足が震えているのが分かる。それを大声で誤魔化し、ガジルドは自らを奮い立たせて魔族に剣を向ける。
「そうか。では──」
魔族の姿が消えた。
「死ね」
「えっ?」
魔族は一瞬で音もなくガジルドたちの背後に移動し、最後尾にいたダーナの首に手刀を放つ。
狙われたダーナが振り向くより早くガジルドが動いた。
「ぐっ!!」
「が、ガジルド!!」
ダーナと入れ替わるように魔族の攻撃を受けたガジルドは、その左腕を斬り落とされてしまった。
「ほぉ。今の動きは良かったぞ。この3人の中では、お前が一番強そうだな。ということで、次は残りの右手をもらおう」
「ふざけるな! よくもガジルドを!!」
マシンバが力の限り弓を引き、全力で矢を放った。
聖水で強化された矢。魔物を一撃で消滅させるそれを、魔族は指2本で止めた。
「なん、だと」
「指が痺れる。これは、聖なる加護を受けた矢か? 流石の我もこれを喰らえば無事ではすまないな。そんな危険なもの、早急に排除せねば」
魔族が手を空に掲げた。
その放出された膨大な魔力量を感じ、魔法使いであるダーナは絶望した。ヒトの持つ魔力量とは桁が違う。どう足掻いても勝てないことを思い知らされる。
「影も残さず消えろ。火よ、焼き尽くせ」
賢者レンが放った魔法以上の魔力量が込められ、更にそれを圧縮して威力を高めた火の魔法。
ゴールド級まで登りつめた3人の冒険者たちは、死を覚悟した。
「飛空斬!!」
斬撃が火球を切り裂き、それでも消滅せずに魔族へ飛来する。
「うがぁっ! なっ、なんだ!?」
“魔を祓う者”という勇者固有スキルが発動し、この場に駆けつけたケンゴが放った攻撃は魔族に大ダメージを与えた。
「すみません、遠くまで行きすぎました」
遠方に強い魔物の気配を感じ、ケンゴはそれを排除するために魔物の大群の中を単独で突き進んでいった。無事に強い魔物は倒せたが、王都付近で魔力の高まりを感じて慌てて戻ってきたのだ。
魔族に聖剣を向けつつ、横目でガジルドの様子を確認する。
左手を失い、出血がひどい。
急いで手当てが必要そうだった。
「マシンバさん、ダーナさん。ガジルドさんを、お願いします!」
そう言ってケンゴが魔族に斬りかかる。
「でやっ!」
「き、貴様が勇者か!!」
魔族はケンゴの攻撃を空に飛んで躱した。
「飛空斬!」
「くっ!?」
聖剣を振って斬撃を飛ばし、空に逃げた魔族へ追撃を行う。
ケンゴは剣技が使えるわけではない。それでも魔族に対して有効なスキルがあり、聖剣を持つ彼の方が戦いを優位に進められていた。
「これで、終わりだ!!」
飛行する魔族より高く飛び上がり、ケンゴが上空から魔族に斬りかかる。
「雷よ、堕ちろ」
「──なっ!?」
落雷に撃たれ、ケンゴが地面に落ちる。
「ぐっ、く、クソっ。か、身体が……」
勇者の圧倒的なステータスにより致命的なダメージは負わなかったものの、膝をついたケンゴはなかなか立ち上がることができないでいた。
「お、おぉ。増援、感謝する」
「お前がここまで追い詰められるということは、あいつが勇者だな」
この場に2体目の魔族がやって来た。
それは雷魔法を使う魔族だった。
「魔王ネザフ様の御指示だ。勇者は複数で攻めて殺す」
「そうだな。我もちょうど誰か呼ぼうとしていたところだ」
魔族はみなプライドが高い。己の能力に絶対的な自信を持っている。そのため、初めにこの場所に来た魔族は単身で勇者を倒すつもりだった。
現在、ファーラム王都の付近には4体の魔族が集結している。
火魔法を使う魔族が戦い始めたことは残り3体の魔族も気づいていた。そしてとりあえず様子を見ていたが仲間の危機を感じ取り、攻撃モーションに入り回避できない状態だった勇者に魔法を放ったのだ。
「アレが勇者か」
「俺たちも加勢する」
残る2体の魔族もやって来た。
「……マジかよ」
滞空する4体の魔族を見上げ、さすがの勇者もこの状況に冷や汗をかく。
しかしこの場に魔族が集結しているということは、別の場所に魔族がいないということを意味する。
ズドンと、重い音を立てて地面が揺れた。
「な、なんだ!?」
「おい! あれを見ろ!!」
王都の東側で、巨大なキノコ雲が立ち上がっていた。
「お、俺の配下の魔物が、全滅した……」
「なにっ⁉ ぜ、全滅だと!?」
賢者レンが大魔法を使い、大量の魔物を屠ったのだ。
そしてこの場にも援軍が駆けつける。
「飛空脚!!」
「──っ!? よ、よけろぉぉお!!」
集まっていた魔族たちに向かって、拳闘士のアカリが攻撃を放った。彼女はケンゴと同様に攻撃を飛ばせるスキルが使える。
「ぐ、がっ」
「いってぇぇな!!」
2体の魔族が被弾し、ダメージを受ける。
「ケンゴ、一旦退くよ!!」
「お、おう」
魔族たちが動揺している隙に、アカリはケンゴを連れてこの場を離脱した。
「待てやゴラァ!!」
「逃がすか!!」
当然ふたりを追いかける魔族たち。
「アカリ、このままじゃ追いつかれる! 俺が奴らを止めるよ」
「大丈夫だから、私についてきて!」
魔族たちが放った魔法が、逃げるケンゴたちの身体を掠める。
「や、ヤバいって!」
「黙って走れ!!」
彼らが王都の防壁に近づいた時、城門の前にシオリの姿があった。
彼女が女神から与えられた聖杖を天に掲げる。
「光よ、障壁となれ!!」
光の膜が王都全域を包んだ。
それは聖女のみが扱うことを許された聖属性魔法。
「こ、これは?」
「おい、止まれ! この光に触るな!!」
仲間の制止を聞かず、一体の魔族が光の膜に触れた。
「ぬぐわぁぁぁあああ! お、俺の腕がぁぁぁ!!」
腕を焼かれ、悶絶する魔族。
「チッ、馬鹿が。触るなって言ったじゃねーか。これは聖女の魔法だ」
「いでぇ、いでぇよぉぉ」
「……仕方ねぇ。俺らも一旦退くぞ」
「うむ。賛成だ」
「わかった、そうしよう」
こうしてファーラム王都防衛戦の初日は、聖女が切り札である聖結界を展開するしかなくなるという最悪から数えて3番目に悪い状況で幕を閉じることになった。
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