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第3章 水の研究者、勇者を還す
第89話 防衛作戦
しおりを挟む「守れないって、どういうことですか!?」
ファーラム王城の王座の間。そこにレンの声が響く。
「その言葉のままの意味です、賢者様。この国に10万を超える魔物から人々を守る術などありません。我が国の兵士の数は5万。また、この地域には弱い魔物しかいないため強い冒険者がいません。冒険者ギルドに救援を求めることができないのです」
この国の大臣のひとりがそう答える。
ここには国軍であっても、それほど精強な部隊はいない。更に、この国周辺には出現しないような強い魔物もこちらに向かってきているという情報もあった。
「もともと我々は魔物の大群が向かってきているという情報を聞き、魔族がそれを率いているのだと考えました。そしてこの国ではその攻勢に耐えられないと判断し、即座に国民の避難を始めたのです。そこに勇者様たちが現れ、一筋の希望が見えたのですが……」
「勇者がこんな子供で、がっかりしましたか?」
「い、いえ! そんなことはございません!!」
ケンゴが勇者だということは間違いない。魔物の群れから村人たちを守ったという話が王や大臣たちにも伝わっていたため、その実力も明らかだった。
「伝説に残る勇者様は、ケンゴ様のような青年であったとされています」
「我々が真に絶望したのは、アカリ様からお聞きした魔物の数があまりにも多すぎたからです。いくら勇者様がいらっしゃっても、10万を超える魔物から我が国の国民全てを守ることは難しいでしょう」
アカリは拳闘士という戦闘職だが、女神からあまり職種系統とは関係のない索敵(範囲:特大)というスキルを貰っていた。防衛作戦を立案する際の助けになるのではないかと思い、彼女は自らの索敵範囲にいる魔物の数、種類、その配置などを事細かに伝えた。
それが逆効果だったようだ。
王座の間に集まった王族、大臣たち、国軍上層部らの顔には絶望が色濃く見える。
「いくら勇者様とはいえ、守れるのは一部のみ」
「やはり国民の避難を続けるべきではないか?」
「まだ北方の海から船で逃げる道は残されておるはず」
「で、では、勇者様には国民が海路で逃げる間の時間稼ぎをしていただくというのはどうでしょうか?」
「俺はそれでも構いません」
「えぇ。俺も賛成です」
ケンゴやレンはそれで良いと思う。しかしアカリはその作戦が上手くいかないと判断した。
「ま、待ってください! この国の北方にも──」
「陛下! 急報です!!」
アカリが何か言いかけた時、兵士が飛び込んできた。
「北の海に、魔物の大群が確認されました!!」
「な、なん、だと……」
「この地方で海の魔物が群れるなど、これまで観測されたことはないぞ!」
「し、しかし間違いありません。行く手を阻まれ、避難しようとしていた船団が引き返してきています。今のところ被害はほとんどないようですが」
「アカリ。北の魔物ってどれくらいの数か分かる?」
「強い力を感じるのは数体だけど、弱い魔物の数は3万体くらい」
「3万も……。レン、そっちを俺らの力で突破できるかな?」
「無理だ。俺たちは誰も飛行系のスキルや魔法は使えないから、足場のない海での戦闘だと全力を出せない。力の出し方をミスって乗ってる船を壊したりしたら、それこそ被害が大きくなる。そもそも俺らが南から来る10万体以上の魔物を全力で止めなきゃ、南から逃げるどころじゃない」
北の海から逃げることは絶望的だった。
「でしたら私が、この王都全域に聖結界を張ります」
「おぉ!! 聖女様、そのようなことが可能なのですか?」
「はい。その結界で魔物から村を守ったことがあります」
アカリは魔物を殺したことはない。しかしそんな彼女がひとりでとある村に滞在していた時、複数体の魔物が攻めてきた。その時に彼女は村に聖結界を展開し、ケンゴたちが駆けつけてくれるまでひとりで魔物を退け続けたのだ。
「これは俺の見立てですが、聖女であるシオリの魔力量と攻めて来ている敵の強さから、3日はこの王都を守ることができるでしょう」
「み、3日だけですか……」
「いや、この王都全域を3日も守れるというのは凄いことです」
「しかし、それ以降はどうなる?」
「わ、私が魔力回復薬を飲み続ければ、もう少し延長できます!」
「でもその聖結界って、アカリが寝たら解除されるんだろ」
ケンゴは聖結界が自動で展開し続けられないことを知っていた。
「えっ!? で、では聖女様は」
「3日も寝ずに結界を維持されると?」
大臣たちから驚きの声が漏れる。
聖女のことを心配したのは大臣たちだけではなかった。
「聖女よ。そのような無理は、止めなさい」
それまでは静かに防衛作戦会議を聞いていたファーラム王が声を発する。
「我ら非力な現地人はこうした窮地に陥ると、異世界からやってこられた勇者たちを頼ってしまう。しかし貴方は我が娘と大差ない年齢だろう」
王の視線の先には、この国の姫が不安そうな顔をして立っていた。
「いくら勇者だと言っても。戦う力があると言っても、まだ若い諸君らに対して寝ずに魔物からこの国を守れなどという酷なことは口が裂けても言えぬ」
「陛下……。我ら臣下一同、そのお心に従います!」
大臣たちや軍の上層部が一斉に膝をつき、王への敬意を示す。
「勇者たちの力を借りるのは仕方ないだろう。しかしここは我らの国だ。国民を守るのは我らの責務であること、断じて忘れるでないぞ」
「「「御意!!」」」
こうして王都防衛作戦の全貌が一から見直されることになる。
「なぁ、レン。俺はこの国を絶対に守りたくなった」
「奇遇だな。俺もだよ」
「わ、私も! 回復は任せてね」
「私はもう少し詳しい魔物たちの戦力分布を伝えてくる!」
魔物の大群に突撃させられ、出来るだけ魔物を屠って来いなどという無理難題を押し付けられることも想定していた彼らは、この国の方針を聞いて逆にやる気をみなぎらせていた。
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