勇者召喚に巻き込まれた水の研究者。言葉が通じず奴隷にされても、水魔法を極めて無双する

木塚麻弥

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第3章 水の研究者、勇者を還す

第86話 勇気ある者

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「ね、ねぇ。ほんとにまた、魔物と戦うの?」

 不安げな声を上げるのは松本まつもと 詩織しおり。女神によってこちらの世界に召喚された高校生のひとり。彼女は聖女という戦闘職で、死者を蘇らせることの可能な超レアスキルを与えられていた。

 また詩織のステータスは、この世界のオリハルコン級冒険者より高いものになっている。普通に戦えばドラゴンのような強い魔物であっても敵ではないのだが、良くも悪くも彼女は至って普通の女子高生だった。

「しかもこの国に向かってきてる魔物の群れって、すっごくたくさんいるって話しだよ? ほんとにそんなのと、私たちが戦わなきゃいけないの!?」

「私もシオリと同意見。いくら私たちのステータスがその辺の人より高いっていっても、たくさんの魔物と戦い続けていたら、いつかきっと怪我をする。それに助けに入っても、助けられた人は私たちを味方だって思ってくれるかな?」

 ダンジョンで魔物を倒した経験のある九条くじょう 朱里あかりも、魔物の群れと戦うことに対しては消極的だった。

 彼女らが女神から依頼されたのは魔族の討伐であり、魔物の大群から人々を守れとは言われていない。

 この世界では数百体ほどの魔物が群れをなし、村や町を襲うスタンピードと呼ばれる現象が発生することがある。しかしそれはミスリル級の冒険者パーティーがいくつかいれば対処できる。

 勇者としてこちらの世界に召喚されたやなぎ 健悟けんごに対して、女神はスタンピードの対処はしなくて良いと言った。数多の魔物を率いて単体で国すら壊滅させてしまう魔族という存在。魔族は勇者でなければ勝てないため、そちらの戦闘に集中してほしかったからだ。


「……じゃあ、ふたりはここにいて。レンもね」

「お、俺も?」

 レンと呼ばれたのは賢者という戦闘職になったたちばなれん。彼は勇者パーティーの司令塔的存在だった。率先して情報収集を行い、どこに向かうか考えて残りの3人に提案する。

 ケンゴたちはレンの提案に異を唱えたことはない。だからケンゴがこの場で待機しろと指示してきたことに驚いていた。

「シオリたちを守って欲しい。俺はひとりで魔物を倒しに行くよ」

「ひとりじゃ危ないよ!」
「うん、それはダメ」
「俺もケンゴについてく」

「みんな心配性だな。大丈夫だって。俺は勇者だよ? ちょっとダンジョンの魔物を倒しただけで、みんなよりだいぶステータスが上がった。女神様から貰ったスキルもある。だから俺なら大丈夫!」

 後衛で回復に専念していたシオリはまだ魔物を殺していない。今後も彼女は魔物を手にかけることはできないだろう。ケンゴはそれで良いと思っていた。

 初めて至近距離で魔物を殺した日、彼は仲間たちに気付かれない所で何度も嘔吐していた。自分が振るった剣で魔物の内蔵が飛び散る光景は、時間が経った今でも脳裏に焼き付いている。

 それまでは遠距離攻撃で魔物を倒してきた。

 しかしその日、ダンジョンの最下層で対峙した魔物は非常に強く、その牙がケンゴの喉もとに迫るほど接近されてしまった。焦った彼は女神から与えられた聖剣で魔物を両断したのだ。

 魔物を殺さなきゃ自分が殺されていた。頭ではそう分かっていても、簡単に割り切れるものではない。そんな悪夢のような経験を、秘かに想いを寄せる女子にやらせる必要はない。

「俺はこの王都に近づいてくる魔物を倒しに行く。ひとりでも負けるつもりは全然ない。でも俺が倒し損ねた魔物がこの国まで来ちゃうかもしれない。みんなにはそれを、この国の兵士さんたちと協力して倒してほしい」

 ケンゴたちは勇者としての活動はほとんどしていないため、まだこの国の王族との面識はない。それでも頭の良いレンなら、良い感じで衛兵たちと協力して戦ってくれるだろうとケンゴは考えていた。


「ケンゴくん。ほんとにひとりで行くつもり?」

「うん。俺には魔物と戦う力がある。それから魔物に襲われそうになってる人がいるって聞いちゃった。そんなの、放っておけないよ。もちろんシオリたちに魔物と戦えって強要するつもりはない。これは俺のエゴだから」

 ケンゴはシオリたちに背を向けて歩き出した。

「ま、待って! 行くなら私も──」

「シオリは、魔物を殺せる?」

「えっ」

「魔物を殺し続ける俺を見ても平気?」

「そ、それは……」

「俺は誰かを守るためなら魔物を殺せる。でも魔物を殺す俺を見て、シオリが嫌な気分になるなら。君に顔をしかめられたら、俺は戦えなくなる」

 ケンゴには魔物と戦う勇気があった。

 でもそれは魔物と戦うことで誰かの命を救うことができるから。他人の役に立つことができるからだ。

 魔物と戦うことで他人から責められることがあれば、彼の心は折れてしまうだろう。特に想いを寄せるシオリから冷たい視線を送られたら、それだけで彼が魔物と戦う理由は無くなってしまう。


「ゴメン。やっぱり俺は、ひとりが良い」

 こんなお別れは嫌だった。

 だけど魔物に襲われる人々を助けつつ、シオリに嫌われない方法はこれしかないと考えたケンゴは仲間と別れ、ひとりで王都から出ていった。
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