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第2章 水の研究者、魔族と戦う
第66話 賢者タイム
しおりを挟む「ウチはちょっと体調悪いから、先に寝させてもらうニャ」
ララノアたちの家に着くと、ミーナはそう言って案内された客間に閉じこもってしまった。中を覗いてみたが、毛布を頭まで被って丸まているようだ。
「ミーナさん、大丈夫でしょうか?」
「上級治療薬ならあるぞ。使うか?」
「いや、たぶんそれは効かないと思う」
拗ねて心にもないことを言い、その結果こうなってしまったことを後悔して精神的にダメージを負ってる状態なんだ。治療薬じゃ効果はない。
「ミーナ。俺は──」
「ほっといてニャ!」
これは、少し時間を置いた方が良いかもな。
静かに扉を閉めた。
「えっと、ご飯たべます?」
「うん。そうさせてもらう」
「じゃあこっちだ!」
ラエルノアに手を引かれ、ララノアに背中を押されてリビングらしき場所まで連れていかれた。
女性の部屋らしく、可愛い小物が飾られたおしゃれな部屋だった。
「どうだ、綺麗だろ。うちの妹はインテリアのセンスが良いんだ」
「やっぱりララノアか」
「やっぱりって何だ!?」
がさつな感じのラエルノアがやったわけじゃないだろうって思ってた。ララノアは短髪美少女で、ザ・活発って感じがする。その点は姉のラエルノアに似ている。
だけどララノアは言葉が丁寧だし、物腰も柔らかい。
こういう部屋を作れるのは彼女の方だろう。
「お姉ちゃんは放っておくと変なものを部屋に持ち込むので、この状態を維持するのって大変なんです」
「ララノアは偉いね」
感心したので頭を撫でてあげる。
少し照れてる様子だったが、嫌がってるわけじゃなさそうだった。
「わ、私は?」
「ラエルノアも褒めてほしいの?」
「えっ…、あ、いや。いい。別に」
褒めてほしそうだった。
前にララノアから聞いたんだけど、彼女がまだ幼い時に両親が魔物に襲われて他界したらしい。それ以来、姉妹ふたりで生きてきた。
ラエルノアはララノアの親代わりとしてずっと頑張ってきたんだろう。しかも今は
ミスティナス王都の防壁守備部隊隊長。誰かに頭を撫でて褒められるってことはほとんどなかったんだろうな。
よし、ご飯が美味しかったら褒めてあげよう。
彼女たちはエルフで、成人しているくらいに見えるラエルノアは俺より絶対に年上だ。それでも見た目は年下に見える。そして年下の子に対しては、良いことしてくれたら褒めてあげたくなるんだ。
それが、オッサンになるってこと。
──***──
ラエルノアが作ってくれた料理はおいしかった。
エルフだから人族と味覚が違ってまずいものを出されたり、生きた芋虫が皿の中を這うようなゲテモノが出てくる可能性も考えていた。
でもそんなことはなく、人族の国でも見るような普通に美味しいご飯だった。
ミーナの分も残しておいてもらった。
これはぜひ彼女にも食べて欲しい。
「ご馳走様。おいしかったよ」
「ね、言ったでしょ。お姉ちゃんの料理はおいしいって。それから、私も作るのお手伝いしたんです!」
「偉い偉い、ララノアは良い子だね」
また頭を撫でてあげる。
まるで子犬をあやしてる感じ。
少し離れたキッチンで、こちらをじーっと見ているラエルノアの視線に気付いた。
「ラエルノアもおいで」
「な、なんだ?」
「こっちこっち」
手招きすると、耳を真っ赤にしながらテテテっと小走りでやって来た。
コイツ、絶対期待してるだろ。
「美味しかったよ。今日は招いてくれてありがとう」
頭を撫でてあげると、ララノアと同じような反応をした。
それでも、どこか不満がありそうな感じ。
「わ、私は大人なんだ。だから頭を撫でるだけじゃなくて……。その、頬にキスとか、してくれてもいいんだぞ?」
うん、しないよ。
「はいはい。そーゆーのはこんなオッサンに期待しないで、同族のイケメンにでもやってもらいなさい」
好意を持ってくれてるってのはわかる。
でも俺はそれに応えられない。
種族が違う。寿命が違う。
何より俺には、ミーナがいる。
これ以上は仲良くならない方が良い。
それがお互いのためだ。
「俺はちょっとミーナの様子見てくるよ」
ラエルノアの顔は見なかった。
そのまま俺はミーナのいる部屋へ。
──***──
「ミーナ。まだ起きてる?」
「……寝てるニャ」
毛布に丸まっているミーナの隣に座る。
「ラエルノアが作ってくれたご飯、美味しかったよ」
「ウチは、料理できないニャ」
「教えてあげようか? 俺はひとり暮らしが長かったから、色んな料理を作れる」
「そんな手間かけずに、美人で料理もできるエルフ姉妹と一緒になればいいニャ」
だいぶ拗らせてるな……。
時間をおいてもダメか。
「じゃあ、料理は俺が作るよ。家事も俺がやる」
「なおさらウチがいる必要がないニャ」
「あるよ。ミーナがそばにいてくれるってだけで、俺は頑張れる。無理もできる」
毛布を捲ってみた。
泣いていたのか、目を真っ赤にしたミーナがこっちを見ていた。
申し訳ないんだけど、泣いてるミーナは世界で一番可愛い。
この子を守りたいって思う。
ミーナのためなら何でもできる。
「この世界で仲良くなったヒトは増えた。だけど俺が心から信頼してるのはミーナ、君だけだよ。俺はミーナのことが大好き。愛してる」
「な、なんでニャ。なんでウチなんか……。なんでそんなこというニャ」
大粒の涙を流すミーナの身体を起す。
「何回でも言う。俺はミーナが好き。君だけを愛してる。だから、これからも俺と一緒にいて。それだけで良い。お願い」
「ほんとうに、ウチでいいのかニャ?」
「うん。ミーナがいい」
力いっぱい抱きしめる。
ミーナも俺にしがみついてきた。
「ウチはあんまり頭良くないから、どうしても不安になるニャ。いつかトールに見限られるんじゃないか、いつか捨てられちゃうんじゃないかって怖くなるニャ。いくら言葉で言われても、不安は無くならないニャ」
ミーナの手が俺の首に回される。
キスをねだられている。
「言葉でダメなら、行動で示すよ」
ミーナの不安が消えるまで、何回でも。
──***──
気持ち良かった。
これまでで最高だった。
なんかミーナの動きがいつもより激しかった気がする。
「えへへ。こっそり見てたみたいだから、見せつけてやったニャ」
「……へ?」
見てたって、“誰が”、“何”を?
ここはララノアとラエルノアの家だ。そんな場所で盛り上がってしまったわけだが、もし俺たちの行為を覗いていたヒトが居るとすれば……。
えっ、マジ?
見られてたの?
「これでトールはウチのだって分かってもらえたはずニャ」
まぁ。ミーナが満足してるならそれでいいか。
やたらと考え方がドライになる。
無駄な思考が省かれ、いつもより頭の回転が速い気がする。
あー。
俺は今、賢者です。
体力がついたから眠くはない。
でも性的には満足してる。
食欲も満たされている。
きっと、今なら──
カンカンカン! と、けたたましく警鐘がなった。
それとほぼ同時に世界樹の念話が響く。
『トールさん! も、もう魔族が攻めてきました!!』
「そう。今すぐ行く」
コンディションは最高です。
「ミーナ、ついてこれる? 俺の雄姿を見てほしい」
「うん、ウチも行くニャ」
たった半日しかなかったが、必要な準備はできている。
最強の杖ハザクを持ち、出撃準備を整えた。
ミーナも彼女用に完璧に調整された鎧を身に纏う。
さぁ、行こう。
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