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第2章 水の研究者、魔族と戦う
第51話 クズしかいない
しおりを挟む「おい、バドス。誰もいねーじゃねーか」
「なっ!? そ、そんな!」
俺たちが先ほどまでいた部屋に10人ほどの男たちが入ってきた。俺は今、ミーナを抱えてバドス魔道店の屋根裏に身を潜めている。この店の店主であるバドスが連れてきたのは、衛兵のような恰好をした男たち。
この屋根裏からは店内にいるバドスや衛兵たちの会話が聞こえる。
「逃げられたのか?」
「と、扉はどこも開いていませんでした」
脱出する際、部屋の扉が店から外に出る扉がどこも開かなかった。全ての出入り口が何らかの方法で塞がれていたんだ。仕方なかったのでひとつの窓枠を水魔法で綺麗に切断し、そこから脱出した。脱出後に窓枠をはめ直しておいたので、力強く押したりしない限りそこから逃げたとは思われないだろう。
「くそ! 俺の薬に気付いたってのか!?」
「お前の薬って、獣人でも匂いに気付けないんだろ?」
「……そのはずです」
やっぱり睡眠薬が入ってたのか。激しく揺すってもミーナが全く起きなかったことから、かなり強い薬なのだと思われる。そんなものをミーナに飲ませやがって。
ふつふつと怒りが湧いてくるが、今は我慢の時。まずは情報を集めないと。
「その逃げたふたりが、ガロンヌの協力者ってのは確かなのか?」
「えぇ、間違いありません」
バドスが勝手なことを言っている。
何が間違いありませんだよ。ガロンヌさんの顔も見たことないわ!
「人族の男と女猫獣人のふたり組です。どちらもゴールドの冒険者証を身に着けていました。きっとガロンヌに材料提供している奴らっすよ」
「ゴールドの冒険者……。そいつらがガロンヌの味方だってなら、絶対に捕まえなきゃなんねーな。アイツが違法に強力な魔具を作れたのもその冒険者たちの協力があってのことだろう」
「えぇ。俺もそうだと思います」
ガロンヌさんに杖を作ってもらいたいって言っただけなのに、なんで俺らが彼の協力者ってことになってんの? それに違法な魔具って……。ガロンヌさん、貴方いったいなにやったんですか?
「と、ところで旦那。ガロンヌの協力者に関する有力な情報を提供した報奨金についてですが」
「払えるわけねーだろ! ここにその冒険者たちがいたって証拠がどこにもないじゃねーか!! お前の証言だけで報奨金をださせるか!」
……ほう。
金欲しさに俺らを売ろうとしたと。
そうか、そういうことですか。
確かに、この国ではゴールド級の冒険者であってもそれほど信頼度が高いわけじゃないらしい。だからって、ガロンヌさんのことを知りもしない俺たちを突き出したところですぐにバレるだろ。
それともあれかな。余所者でガロンヌさんの知り合いって言う奴がいたら、問答無用で投獄されたりするような状況にでもなってんのか?
「ほんとにいたんです! そ、そうだ。これを見て下さい。茶を飲んだ形跡がある。俺が配合した眠々草入りの茶です。どちらかがこれを飲んだのなら、目を覚まさせるには同じく俺が配合した解眠薬が必要。奴らがそれに気付けば、絶対にココへ戻ってきます!」
あー、そう。
死にたいらしいね。
おっけー。わかった。
「……お前、またそうやってガロンヌの知り合いをでっち上げようとしてるだろ」
「や、やだなぁ。旦那たちだって、ガロンヌの仲間を何人か捕まえなきゃいけないってノルマがあるんでしょ? 俺はそれに善意で協力してるだけっすよ」
「おい、勝手なことを言うな」
「俺らは仕事をしてるだけ」
「確かにノルマはあるけどな」
そう言って衛兵たちは笑っていた。
この世界、クズしかいないのか?
逆に考えれば、このクズたちに捕まっているガロンヌさんの方が良い人である可能性が高そうだ。善人って悪者に目の敵にされがちだから。
てことで、ガロンヌさんを助けに行こう。その前にミーナを起こすための薬を作ってもらわなきゃな。
──***──
その日の夜。
「クソが。アイツら、いったいどうやって逃げやがった」
店でひとり、魔具の整備をしながら俺たちへの悪態をつくバドス。背後にいる俺の存在にはまだ気づいていないらしい。
「水よ」
「──なっ!?」
さすが元冒険者。良い反応だ。
でも、もう遅い。
「包め」
水がバドスの頭部を包み込む。
彼は呼吸ができず、苦しそうにその場で暴れた。店の棚にある魔具がいくつも地面に落ちて瓶が割れる。
そのまま1分待った。
大抵のヒトが溺れても意識を失わない時間。脳に障害も残らず回復可能だとされる時間だが、苦しむ時間として最長なのがおよそ1分。
魔法を解除すると、バドスは苦しそうに咽こんでいる。
「こんばんわ。解眠薬を貰いにきました」
「お゛、おま゛えば、ひる゛の」
かなり水を飲み込んだらしく、まだ苦しそう。
でも俺には関係ない。
「解眠薬を作れ。断ったら殺す」
彼の目の前に水の塊を浮遊させる。
「もし俺を騙そうとしたら殺す」
「う゛、あ゛ぁ゛。だ、だす、げで」
バドスが這って外に逃げようとする。
「ちなみにお前の知り合いの衛兵たちは全員拘束してる。助けを求めても無駄だよ。この店に俺たちが戻ってくるのを待ってたんだろ?」
周辺の店舗や家屋に隠れていた衛兵たちは全員水魔法で捕縛し、近くの空き家にまとめて放り込んでいる。ここは魔導都市なんだけど、水魔法への備えが全くされていないから楽勝だった。
「もう一度いう。解眠薬を作れ」
「お、お゛れをごろ゛ぜば、ながま゛は、い゛っじょう、おぎない゛ぞ」
だいぶ肺に水が入ってるらしい。
非常に言葉が聞きずらい。
でも言いたいことは分かる。
「水よ、回れ」
バドスの顔付近で水を超高速回転させる。床に落ちていた商品の短剣を手に取り、それを彼の目の前で細切れにしてみせた。
「もしミーナが起きなければ、俺はこれでお前を指先から刻んでいく」
「ひ、ひぃぃ」
これでもコイツが拒否するのなら、エリクサーを使ってみよう。ヒトが作った睡眠薬なんてエリクサーで対処できると思う。もしダメなら世界樹に相談する。それでミーナが起きたらバドスは用済みになる。
でも一番簡単なのは解眠薬を作ってもらうこと。
「これが最後。解眠薬を作れ」
「わ、わ゛がりまじだ」
──***──
バドスは背後で監視する俺に怯えながら薬を調合した。
それが毒でないか彼に飲ませて確認した後、ミーナにも飲ませる。
「ミーナ。起きて」
「んぅ。ふ、にゃぁぁぁ」
大きな欠伸をして目を覚ました。
起きてくれて良かった。
「あ、トール。おはよニャ」
「おはよう」
まだ夜だけどな。
「こ、これで、ゆるしてくれるか?」
「うん。解放してあげる」
俺に殺されるかもしれないって恐怖から。
「水よ、弾けろ」
ミーナに薬を盛った男を許せるはずもなく、俺はバドスが飲み込んだ水を体内で弾けさせた。
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