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第1章 水の研究者、異世界へ
第29話 エルフ狩り集団
しおりを挟む爆炎と強い血の匂いが立ち込める。
この場所はミスティナス王都付近の森の中。王都の防壁が目視できるほどの距離だが、集落を襲撃されてここまで逃げてきたエルフたちは、ついに人族の集団に追いつかれてしまった。
王都の防壁守備部隊が異変を察知して助けに来てくれたが、エルフ側が劣勢だった。人族の集団が強すぎたのだ。
「男のエルフは殺せ! 反抗心が強すぎて、調教しても売り物にならん。だが女子供は傷つけるなよ」
高級そうではあるがセンスのない服を着た小太りの男が傭兵たちに指示を出す。その指示に従い、30人近くいる傭兵たちが手当たり次第に男のエルフを殺していく。
人族の集団には傭兵以外にも非戦闘員が20名ほど同行している。彼らは奴隷商を営む小太りの男の配下で、傭兵が捕まえてきた女エルフや幼いエルフたちに拘束具を付け、檻に改造された荷馬車へ押し込んでいた。
ここは世界樹の加護が及ぶ森であり、本来であればこの森の中でエルフの身体能力や五感、魔法が強化されるため並みの人族では太刀打ちできない。しかし奴隷商人が大枚をはたいて集めた傭兵たちは、“並みの人族”ではなかった。
たったひとりで国家存亡の危機を救うことができるともいわれるオリハルコン級の冒険者が2名。それに次ぐ実力のミスリル級冒険者が5名。その他、地方で名のあるゴールド級冒険者たちの姿があった。戦闘員の人数としては30という少数ながらも、僅か半日で小国を陥落させられるレベルの戦力が集結し、エルフの王国を襲撃していたのだ。
金で雇われたとはいえ、国家認定されている国を冒険者が勝手に攻撃することを冒険者ギルドは認めていない。その掟を破れば厳しい罰則が待っている。しかしそのリスクを背負ってでも、オリハルコン級の冒険者たちがこの“エルフ狩り”に参加したのは相応のメリットがあるから。
「無傷の女エルフひとり5,000ギル。少女は3,000、少年なら1,000ギルだ! 赤子も500で買い取ってやるぞ。どんどん捕まえろ。お前たちの腰より背の高い男エルフは全員殺せ!!」
奴隷商人の言葉で冒険者たちの目の色が変わる。
冒険者たちは奴隷商人に呼び出された時、冒険者ランクに応じて5,000ギル以上の手付金を既に受け取っている。更にエルフを捕まえれば追加報酬が支払われるというのだ。今回の襲撃がバレて冒険者ギルドから追われることになっても、国外に逃げて悠々自適な余生を送るには十分すぎる報酬が得られる。
また奴隷商も冒険者を選定してから招集している。魔物素材の裏取引や人身売買など、冒険者ギルドが禁じている犯罪に手を染めていると黒い噂のある冒険者たちに声をかけていた。
反撃してきた王都の防壁守備部隊を殺し終えた後、冒険者たちは王都に向かって逃げた女エルフたちを全力で追跡し始めた。その姿を達観しているふたりがいた。
「……なあ、アンタ。“殲滅剣士グリード” だろ? オリハルコン級の」
「ふっ。そういうお前は“灰燼魔法のゴバ” だな」
ここまでは互いの素性を隠し、フードを深くかぶってやって来た。いざ戦闘が始まれば、フードや素性など気にしていられない。エルフたちも必死に抵抗してきた。世界樹の加護が乗ったエルフの矢に当たれば、防御魔法が付与されたライトアーマーであっても一撃で破壊されてしまう。
しかしそんな激しい戦闘中も、その後も。オリハルコン級冒険者であるグリードとゴバは常に落ち着いていた。そこらの冒険者たちとは潜り抜けてきた修羅場の数が圧倒的に違う。自身が最強であるという自覚が彼らにはあった。彼らふたりには走ってエルフを捕まえるという事後処理を行わなくても十分な報酬が約束されている。
「お前がいるということは、あの奴隷商はエルフの国を灰にしたいのか」
「そこまでは言われてねーよ。ただ、邪魔をしてくる奴らが現れたら全て燃やせと言われている。全力出しても説教されるどころか報酬が増えるなんて最高だね」
「俺もだ。綺麗な顔したエルフの男が血にまみれて死んでいくのはとても良い。この剣にも魔物ばかりでなく、そろそろヒトの血を吸わせてやりたいと思っていた」
とある理由から莫大な資金を手に入れた奴隷商人。彼はそれを元手に、更なる事業拡大を狙ってエルフ狩りを決行した。噂を信じるのではなく、入念な調査を行って確実に誘いに乗ってくるであろう冒険者たちを選んで連れてきたのだ。
ここまでの道中、ミスティナスを襲えば冒険者ギルドから追われ続けることになるかもしれないと怖気づいたゴールド級の冒険者がいた。逃げ出そうとした彼を、火の魔法使いゴバが、その二つ名の通り一瞬で灰にしてしまった。それを見て、気後れしていた冒険者たちの決心がつく。
逃げようとすれば殺される。しかしエルフを捕まえれば、外国での自由な暮らしが待っている。では、やるしかない。彼らはこの狩りを楽しむことにした。
「……おい、そこそこ強いのが来るぞ」
「みたいだな。俺の肌をピリッとさせるくらい、強い殺気を放ってやがる」
エルフを追いかけていった冒険者たちを世間話しながら眺めていたグリードとゴバだが、彼らはそれぞれの感覚で強者の来訪を予見していた。
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