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第1章 水の研究者、異世界へ
第26話 和解
しおりを挟む「……えっと、なにこれ」
「なんか仰々しいニャ」
エルフの王国へ向けてエルフたちと一緒に移動を開始したのだけど、馬で移動する俺とミーナの前後左右をエルフたちが警護するかのような陣形で移動していた。彼女らは強い警戒心を持って周囲を見渡し続けている。
ミスティナスへ続くこの森、もしかしてすごく強い魔物でも出るのだろうか? だとしても、なんでこんなに俺たちを守るような形で?
「あの、なんで俺ら囲まれてるんですか?」
「ምስ ሞትካስ ሞትካ ንሕና!」
「あなたが死んだら、私たちも道連れだから」
俺が元いた世界の言葉。こちらの世界からすると異世界人の言葉ってことになるか。それを話せるエルフの少女ララノアが通訳してくれる。
「ፍቓደኛ እየ፡ ግን ክሳብ ጽባሕየ」
「明日まではあなたを守る。お姉ちゃんは、そう言ってます」
あー、そうか。
そんな設定だったな。
とっさに思い付いた、俺たちを殺せなくなるようにするための嘘。実際彼女らに飲ませたのは無害なただの水だ。ちなみに魔力を込めた水を他人に飲ませたとしても、人体に悪影響が無いことは検証済み。俺たちを襲ってきた暗殺者たちに飲ませて何回か実験したから間違いない。
長期的な治験っぽいことはしていないので数か月、数年後の影響は分からない。それでも飲んだ水ってのはだいたい6時間で尿として体内から排出される。その後は俺の魔法が効果を発揮しないのも実験で把握していた。だから身体への影響もないものとして良いだろう。
ちなみに魔力を混ぜた水は飲ませてから5時間くらいで効果が半減してしまうというのも分かっている。確実に対象を攻撃したいなら、魔力を込めた水を飲ませてから3時間以内に発動させる必要があるようだ。
「ኣይፋልን ኣይደልን እየ」
背後からすすり泣く声が聞こえてきた。そちらに目をやると、ララノアほどではないが比較的若く見えるエルフの女性兵士が泣きながら歩いている。
「ንሊሻ ጥራይ ፍታሕዋ」
ララノアの姉が足を止め、俺に向かって何かを訴えてきた。
「あの人、リーシャっていうんですけど、彼女だけでも解放してくれませんか」
「ፈጺመ ኣይጎድኣካን እየ」
「絶対に貴方たちに攻撃しません」
「ቅልጽመይ ቆሪጹኒ።」
「その保証に、私の腕を斬ります──って、待って! お姉ちゃんやめて!!」
腰に付けていた短剣を抜き、自らの腕に向かって振り下ろそうとするララノアの姉。ララノアが止めようとするが間に合わない。俺は慌てて彼女の手首に付けたままにしておいた氷の腕輪を空中で制止させた。
何とか短剣が腕に当たる前に止めることができた。
彼女らの反抗に備えて、それぞれの利き手側の腕輪だけは残しておいたんだ。それが思わぬ役に立った。仲間のために躊躇わず腕を斬り落とそうとするとは……。
「あーもう、わかった。全員解放する。ってか、ララノアたちに飲ませたのはただの水だから、身体の中で棘を出したりできないよ」
同時に彼女らに残していた氷の腕輪も解除する。氷が水に戻り、俺の言葉を理解できないエルフたちは互いに顔を見合わせていた。
「俺が死んだら魔法が発動するってのも嘘。だから俺を攻撃しても何も起きないよ。それでも俺はどんな攻撃でも防いでみせる。その自信があるから君たちを拘束しないでおくんだ」
身体の一部でも俺が自由にできるようにしておいた方が対処が楽だからそうした。
「俺たちはララノアたちを脅したいわけでも、争いたいわけでもない。ただエルフの国で手に入るっていう薬を求めてきただけなの。みんなにそう伝えて」
「わ、わかりました」
少し離れた場所にララノアがエルフたちを集め、何かを話し始めた。俺の言葉を通訳してくれるのだと信じよう。俺たちを攻撃するための打ち合わせじゃありませんよーに。何人かがこちらの様子をチラチラ見てきたが、笑顔で手を振っておいた。敵じゃないよとアピールしておく。
しばらくすると、ララノアの姉がララノアと一緒に俺の元までやって来た。
「ሓፍተይ ክትጭወይ እያ ኢለ ሓሲበ ነይረ」
「私が攫われそうになっていると思って、攻撃してしまったと言っています。殺すつもりで矢を放ってごめんなさい、とも」
「トールの魔法が無かったら死んでたけど、ウチも悪いからもう忘れるニャ」
普通に水を空中から集めて見せるだけで良かったのに、ララノアを拘束してしまった俺も悪いんだ。最悪の事態になりかけたが、和解できそうで良かった。
「እቲትደልዮ መድሃኒት?」
「貴方たちが望む薬は何かと聞いています。お姉ちゃんが手に入れられるものなら、入手してくれるそうです」
「おぉ、それはありがたい! 彼女の身体の傷を治したいんです。上級治療薬でも治せない過去の傷も、エルフの薬なら治せるって聞きました」
ララノアがちょっと怪訝な顔をしたが、俺の言葉を姉に伝えてくれる。
「ከቢድገጥመኒ」
「過去の傷が治る薬はあります」
「ወድገጥይ እያ ኢለ ሓ」
「ただ、お姉ちゃんは入手できません」
「ፈተና ክወስዱ ኣለዎ」
「試練を受けなきゃダメなんです」
「試練?」
「エルフの王族を認めさせる試練です。内容は武力を見せるものだったり、財力を示すものだったりと様々ですが、一般の人族には厳しい内容であるものがほとんどです。でも貴方は……、普通の人族じゃないみたいなので、可能性はあるかも」
まぁ、俺は勇者召喚に巻き込まれてこの世界に来た異世界人なので普通の人族じゃないことは確かだな。試練の内容が財力だったらどうしよう。コロッセオの統治者にまた募金をお願いしなきゃいけないかも。
何かを壊してみせろとかだったらなんとかなりそうだ。攻撃を防げって課題でも大丈夫だろう。計算などで知力を試す試練だった場合、言葉が通じるならいける気がする。俺とミーナに足りないのは、治癒力かな。その治癒のための薬を貰いに行くので、それが課題になることはないだろう。
「ちょっと頑張ってみようか」
「はーいニャ」
無理だったら諦めれば良い。上級治療薬はまだ在庫があるし、ミーナの身体の傷を治す方法は他にもあるかもしれない。まずは一回目の挑戦ってことで。
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